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第3話 音楽室の決断(その3)

 ボレロがスマホを操作すると別の肖像が暗転して波形を表示する。

 その波形を見上げながら、ボレロがスマホに話しかける。

「ワンピ姐さんっすか。ボレロっす」

「おう、どうした」

 新たな波形が揺れるのに合わせて若い女の声が粗っぽく返す。

「イートンのことなんすけど、いろいろあって参加できそうなんす。ただ善行ポイントがゼロで参加することについてワンピ姐さんの同意がほしいんす」

「オレの同意だと?」

「どうっすか」

「セーラーはどう言ってんだ」

「セーラー姐さんには、これから訊くっす」

「セーラーがいいんならオレはいいぜ」

「わかったっす。あざーっす」

 ボレロが改めてスマホを操作する。

 さらに別の肖像が波形表示に切り替わった。

「セーラー姐さんっすか。イートンの参加について同意がほしいんすけど」

 そして、これまでの経緯を告げる。

 しかし、返った言葉は。

「……ボレロ」

 若い女の声ではあるがどこか威厳を含んだような声に、一瞬、充駆は背筋が伸びるのを感じた。

「はいっす」

「お前はバカなのか」

「は?」

 戸惑うボレロに声が続ける。

「私たちにとって大会てのは遊びじゃない。その参加者が減って喜ぶことはあっても増えて喜ぶバカがどこにいる」

 ボレロの表情が一転する。

「そ、それは本気っていうか……本心っすか」

 ボレロの表情は不満というよりも悲しみや寂しさを湛えているように、充駆には見えた。

「わっしたちにとってセーラー姐さんは憧れっす。高貴なセーラー姐さんがそんなことを本気で言うはずないっす。わっしは信じないっす」

「……」

 不意に訪れた静けさの中で、それまでフラットだった最初の波形が揺れて男の声が問い掛ける。

「どうしました。セーラー?」

 セーラー姐さんが“最初の声”に回線をつないだらしい。

「イートンの参加について問いたい点がふたつある」

 声が促す。

「……どうぞ」

「まず、確認なんだが、イートンの身体に“人間の男”が入ってることについて不問としたのは本当か?」

 ボレロとイートンが息をのむのを感じながら、充駆自身は“そりゃそうだよな。そこに突っ込むよな”と思う。

 本来の参加者がイートンであるならば、その身体に充駆の意識で参加することの是非こそが他の参加者にとって最大の関心事となって当然なのだ。

 イートンの身体に入っているのが“人間の男”充駆である以上、その参加は純然たる“イートンの参加”とは呼べないという解釈があたりまえに成立するのだから。

 しかし、声の答えはあっけなく。

「問題ない」

 耳を澄ませているようにフラットだったセーラー姐さんの波形が「ほう」という感心するような声とともにぴくりと揺れた。

「さっきイートンとボレロに話した通り、イートンの身体と“人間の男”の身体を使い分けるような不正は認められませんが、参加が“イートンの身体限定”であれば問題ありません」

 声が続ける。

「イートンの身体でイートンの体機能を駆使するのであればそれはイートンの参加とみなします。逆にイートンの体機能をイートンの意思で駆使するとしてもその肉体が“人間の男”のものであれば却下即断ですがね」

 要するに見た目がイートンなら構わないということらしい。

 それはそれで充駆としては釈然としないものがないわけではないけれど、口を出す立場ではないので黙って聞く。

 セーラー姐さんの波形が改めて揺れる。

「なるほど。ではもう一点。善行ポイントに関してはどういう位置づけで捉えているのか、ということですが」

「位置づけ……ですか?」

 ずっと淡々としていた声が初めて戸惑った。

 セーラー姐さんが補足するように言いなおす。

「善行ポイントが規定量に達していなければ参加させない――とのことですが」

 声が答える。

「当然でしょう。納得がいきませんか?」

「ボレロの話ではイートンが善行ポイントを喪失したのは転落死した人間を救うためとか。さらに自身の思念エネルギーまで供出したとのこと」

「それは事実です。で? それがどうかしましたか」

「これは、自己犠牲までともなった立派な善行と言えるのでは?」

 なにかを考えているような間を置いて、声が答える。

「……なるほど」

 セーラー姐さんが続ける。

「これ以上の善行はないと考えれば、保持しているポイントがゼロだから参加させないという考え方こそ運営規約に抵触するのでは? そもそもポイントとは実績を数値化したものに過ぎず、本来重視されるべきは行った善行そのものであるべきはず。大会の由緒も権威も厳正な運営規約に基づいてこそ。規約の表記だけをなぞって本質を蔑ろにした大会に価値はあるだろうか?」

 滔々と続くセーラー姐さんの主張に男の声が苛立つ。

「なにが言いたいのです?」

 少しの間を置いて。

「そのような大会であれば私は参加を見送ろうかと」

 そこへ新たな肖像が波形表示に切り替わり、現れた波形が乱高下する。

「ちょっと待ってくださいまし」

 新たに割って入った声にセーラー姐さんが返す。

「ブレザー。聞いてたのか」

「もちろんですわ。それよりも参加見送りとは聞き捨てなりませんわね。今回の大会を前回優勝者のわたくしが連覇することで、わたくしへの支持を盤石なものとする心づもりでいましたのに。中でも優勝候補筆頭にしてわたくしへのリベンジに燃えているセーラー、あなたが参加しないんじゃあ意味はありませんわ」

「そっちの事情など知ったことではない」

 冷たく言い放つセーラー姐さんにブレザーが呆れたような声で。

「まあ! まあまあまあまあ。なんてひどいことをおっしゃるのでしょう。いいでしょう。セーラー、あなたが不参加ならわたくしも不参加とさせていただきますわ」

 ボレロから“ワンピ姐さん”と呼ばれたさっきの波形表示が同様に乱高下する。

「セーラーが出ないってマジか。ならオレも出ねえ」

 ボレロが複雑な表情で続く。

「じゃあ、じゃあ、わっしも出るわけにはいかないっす。出ないっす」

 セーラー姐さんがぼそりと。

「ということは、裏を返せば全員がイートンの参加に同意するってことか」

 一転して表情を輝かせるボレロだが、最初の声がささやく。

「いや、もうひとり残っていますよ。意思を表明してない人が」

 ボレロが指を折る。

「わっし、イートン、ワンピ姐さん、セーラー姐さん、ブレザー……あと誰っすか?」

 それを見ながら充駆はようやくそれぞれの名前が制服のデザインであることに気付く。

 イートンがイートンタイプの制服を着用して、同様にボレロがボレロタイプの制服を着用している。

 ということはまだ声しか知らないセーラーとワンピとブレザーもそれぞれがそれぞれの名前に応じたデザインの制服を身にまとっているのだろう。

 そんなことを考える充駆だが不意に放たれた言葉に我に帰る。

「“人間の男”――高見充駆の意思は確認しなくていいのですか?」

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