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第3話 音楽室の決断(その2)

 整然と並ぶ机とイス――そこは確かに教室だった。

 ただ、教室と聞いて連想する室内と様相が違うのは床がカーペット敷きであること、正面の教壇が少し広めのステージになっており、ピアノとオーディオセットが置かれていること、そして、壁に音楽家の肖像が並んでいること。

 充駆がつぶやく。

「音楽室?」

 そのとなりでボレロが改めて手の中に出したスマホを操作すると、掲示されている肖像の一枚が暗転し、オシロスコープのように波形を表示する。

 なにが起こるのかと呆然状態の充駆に構わずボレロがスマホに話しかける。

「わっしっす。ボレロっす。すげえことが起こったっす」

 肖像画だった波形表示の中で波形が大きく揺れる。

「どうしたのです?」

 穏やかに問い返したのは男の声だった。

「イートンの姿が戻ったっす。これで大会に参加させてほしいっす」

 充駆がどこからかの視線を感じた直後に。

「確かに戻っていますね。どうやったのです?」

 答えたのはイートンの声。

「それが、よくわからないんです」

「……調べてみましょう」

 男の声に続いて充駆の全身に悪寒が走った。

「なるほど。今、走査サーチしたところではイートンと高見充駆なる“人間の男”が思念エネルギーを橋渡しするような形で存在を共有しているような現象が見られますね」

 もちろん充駆にはなにを言ってるのかわからない。

 声が続ける。

「アレは出せますか」

 イートンが答える。

「はい。やってみます」

「あれってなに?」

 戸惑う充駆にささやく。

「充駆さん、右手に意識を集中してください」

 言われるまま集中する。

 そこに光の粒子が集束して、なにかが形を成そうとしている。

 やがてそれはマンガで見るような巨大なハンマーになった。

「うおうっ」

 驚く充駆のとなりで――

「やったっ。できたっす」

 ――ボレロが表情を輝かせる。

 男の声が淡々と告げる。

「なるほど。消してもらって結構です」

「充駆さん、ハンマーが光の粒になって四散する様子を想像してください」

 イートンの言葉通りにやってみる。

 同時にハンマーが消えた。

「おおっ」とまたしても感嘆の声を上げる充駆とは対照的に、男の声が迷っているように「ううむ」とうなる。

 そこへまるで空気を読んでないボレロが結論を促す。

「参加できるっすね? ね?」

「確かに得物は使えますし、走査した結果では外見だけでなく体機能もイートンのままのようですが――」

 声が促す。

「――“人間の男”に姿を戻すことは可能ですか」

「は、はい」

 イートンが答えて充駆を促す。

「お願いします」

 しかし、充駆は戻らず問い返す。

「いや、戻っても大丈夫なのか?」

「はい?」

「イートンの身体じゃないと入れなかったじゃないか」

 この校舎自体が充駆の身体を拒否しているのではないか?――そんなことを漠然と思っていた。

 その不安を察したらしい声が答える。

「大丈夫ですよ。反応するのは校門のセキュリティだけです」

 その声はさっきまでイートンやボレロと接していた時とは違って少し冷たく、苛立って聞こえた。

「じゃあ……」

 ならば拒否する理由はない。

 次の瞬間、見下ろした両手も両足も身体も充駆のものに戻っていた。

 そのかたわらには十センチのイートンがふわふわと浮いている。

 改めて充駆の全身を悪寒が走る。

 戻った充駆の身体を改めて走査したのだろう。

 声が相変わらず淡々と。

「なるほど。こっちはごくふつうの人間ですね。もういいですよ。イートンの姿に戻ってください」

 言われるまま姿をイートンに切り替える。

 ボレロが改めて結論を促す。

「とにかくこれで参加可能っすね? ね? ね?」

 しかし、声の答えは。

「いや、今の様子から不正が可能であることがわかりました」

「不正っすか?」

 一転してボレロがぽかんと訊き返す。

 イートン姿の充駆と、充駆と身体を共有しているイートンも“思わぬ言葉”の続きを待つ。

 男の声が答える。

「肉体はイートンと“人間の男”のものに切り替え可能で、イートンの姿になった時はその体にイートンと“人間の男”の意識が共存している。そして、外見がイートンの時も“人間の男”の時もその肉体を動かせるのは“人間の男”だけ……でまちがいないですね」

 質問の意味は分かるが意図がわからないイートンの声が緊張気味に答える。

「そ、そのようです」

「“ふたつの精神”はまだ許容できても“ふたつの肉体”はアドバンテージとして大きすぎると思いませんか? 同時ではないにせよ交替でダメージを分散させたり相手をかく乱させたりする戦法を採りうるということです。それはエントリーした本来のイートンの能力ではありません。もちろん他の参加者の誰も得ていない独自の能力ということでもあります。それを認めていいものか」

 ボレロが声を上げる。

「イートンはそんな不正はしないっす。もし、したらその時点で反則負けにすればいいっす。それで足りなければわっしも一緒に四十年後の次大会への参加権を剥奪してもらっていいっす」

 声が返す。

「なるほど。では、肉体の件についてはイートンの身体でのみの参加を認めるとして、参加条件である善行ポイントについてはどう考えているのです?」

 イートンがいまさら気付いたように「あ……」と小さな声を漏らす。

 同時にボレロが渋い表情で舌を出す。

「わ、忘れてたっす」

 声が畳みかけるように。

「大会に参加するために参加者全員が善行ポイントを集めてきました。それを持たないものが参加できるというのなら、それは努力してきたすべての参加者への裏切りであり嘲笑ではありませんか」

 その言葉に充駆は“善行ポイント”というのが大会への参加条件らしいと悟る。もっとも、大会自体がなんなのかはわからないままだけれど。

 ボレロが両手をばたばたと上下させて返す。

「じゃあじゃあじゃあじゃあ、他の参加者が同意すればいいっすか」

「そうですね。それなら認めましょう」

「わかったっす。さっそく同意を集めるっす」

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