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最強の火炎使いに「お風呂沸かして」と頼んだら、全力を出しても「ちょうどいい湯加減」だった件

「……Ugh……Where am I……?」


レオナルド・バーンズが目を覚ました時、最初に見えたのはすすけた天井と太いはりだった。

頭がガンガンと痛む。

記憶が混乱している。

確か俺は日本へ飛び、あの農家に降り立ち、そして……。


「あ、案山子……!」


レオは跳ね起きた。

そうだ、あのふざけた顔の案山子に指一本触れることもできずにデコピン一発で沈められたのだ。


「Oh my god... 俺が、Sランクの俺が鳥除けの人形に負けた……?」


屈辱と恐怖で震えるレオの耳にのんきな声が届いた。


「お、目が覚めましたか?」


引き戸が開き洗面器を持った青年が入ってきた。

雨宮海人だ。

レオは反射的に身構えた。


「Stay back! 殺す気か!」

「殺しませんよ。怪我、大丈夫ですか? ポーション塗っといたんで、もう治ってると思いますけど」


海人はニコニコと笑っている。

殺気など微塵もない。

レオは自分の体を確認した。

泥だらけだが、痛みは消えている。


「……貴様、何者だ? あのゴーレム(案山子)の使い手か?」

「ゴーレム? ああ、案山子のことですか。あれはばあちゃんの作り方を真似ただけで、ただの藁人形ですよ」

「藁人形があんな動きをするか!」

「風が強かったですからねぇ」


海人はサラリと言ってのけた。

レオは戦慄した。

この男とぼけているのか、それとも本気で言っているのか。

どちらにせよ底が知れない。


「まあ、細かいことはいいじゃないですか。それより泥だらけでしょ? お風呂沸かしたんで入っていってください。お詫びの印です」

「Bath(風呂)?」

「ええ。うちは露天の五右衛門風呂なんですけど景色はいいですよ」


海人に案内されたのは母屋の裏手にある岩場だった。

そこには巨大な鉄釜が据え付けられた、野趣あふれる露天風呂があった。

だが問題が一つあった。


「あちゃー……火が消えちゃってるな」


海人が釜の下の焚き口を覗き込んで困り顔をする。


「さっき着火したんですけど風で消えちゃったみたいです。マッチも切れちゃったしなぁ」


海人はチラリとレオを見た。


「そういえば、レオさんって魔法使いなんですよね? さっき手から凄い炎出してましたけど、火種とかお願いできます?」

「……Hah?」


レオは耳を疑った。

世界最強の火炎魔導師である自分に「種火」を頼むだと?


「You must be joking. 俺の魔法は戦略兵器だぞ? ここで使えばこの家ごと山が消し飛ぶ」

大丈夫ですよ。釜は頑丈だし、薪もちょっと湿気ってるから強めにお願いします」


海人は平然と言い放ち焚き口に薪をくべた。

その薪は先日海人がへし折った「エルダー・トレント」の残骸だ。

普通の炎では焦げ目すらつかない超高級燃料である。


「……後悔するなよ」


レオはプライドを刺激された。

舐められたままで終わってたまるか。

俺の炎の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる。

家が爆発しても知ったことか。


「Burn to ash!!(灰になれ!!)」


レオは焚き口に向かって掌を突き出し、詠唱破棄で『エクスプロージョン・フレア』を放った。

本来なら戦車大隊を一撃で蒸発させるほどの熱量が、狭い焚き口の中に注ぎ込まれる。


ドォォォォォォォン!!


猛烈な爆炎が巻き起こる――はずだった。

しかし。


「お、いい火力ですね!」


海人が嬉しそうに言った。

レオの放った業火は釜の下で渦を巻いているが、釜そのものを溶かすどころか赤熱させることすらできていない。

それどころか、薪(トレント材)が「パチパチ」と心地よい音を立てて燃え始めただけだった。


「N-No way...(馬鹿な……)」


レオは愕然とした。

この黒い釜一体何の金属でできている?

俺の炎を受けて変形一つしないだと?

それにこの薪は何だ?

俺の魔力を吸ってむしろ燃料にしているのか?


「もう少し強くてもいいかも。お湯、まだぬるいんで」


海人が湯加減を見ながら言った。


「……Kuh!」


レオはムキになった。


「Ooooooooh!!」


魔力を全開にする。

髪が逆立ち全身が発光する。 S

ランクの全力。

東京ドーム一つを更地にできるエネルギーをただの「湯沸かし」に注ぎ込む。


ゴォォォォォォッ!!


炎の色が赤から青、そして白へと変わる。


「おおっ! すげぇ! 一気にお湯が沸いた!」


海人が親指を立てた。


「ありがとうレオさん! 君、人間ガスバーナーだね! めっちゃ便利!」

「……Convenient(便利)……?」


レオはその場に膝をついた。

魔力切れによる目眩だけではない。

俺の……生涯をかけて磨き上げた破壊魔法が……。

この男にとってはただの「ガスコンロ」と同レベルなのか……。

圧倒的な敗北感。

そして、同時に湧き上がる畏敬の念。

この環境、この設備、そしてそれを平然と使いこなすこの男。


(He is the real deal... こいつこそが本物だ……)


「さ、沸きましたよ。一番風呂どうぞ」


海人は屈託のない笑顔で手招きした。

レオはふらふらと立ち上がり服を脱ぎ捨てて釜に入った


「……Hot」


熱い。

だが、心地よい。

トレント材の魔力が溶け出したお湯は枯渇したレオの魔力回路を瞬時に修復していく。

空を見上げると満天の星空。

そして、釜の横ではポチ(フェンリル)が風呂上がり用の牛乳を冷やしている。


「……This is Paradise(ここは楽園か)……」


レオの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

憑き物が落ちた瞬間だった。


風呂上がり。

海人が冷蔵庫から冷えたコーヒー牛乳を取り出しレオに渡した。


「はい、どうぞ。腰に手をして飲むのが作法ですよ」

「Thanks...」


レオは素直に従った。

美味い。

五臓六腑に染み渡る。


「さて、レオさん。これからのことですけど」


海人が切り出した。

レオは緊張して背筋を伸ばす。

不法侵入に器物損壊未遂(案山子への攻撃)。

警察に突き出されても文句は言えない。


「君、いい腕してますね。火加減のコントロールが絶妙でした」

「……え?」

「うち、プロパンガス代が高くて困ってたんですよ。もしよかったらしばらくうちにいて、お風呂とか料理の火種係やってくれませんか? 部屋と食事は出しますから」


海人からのまさかのスカウト。

普通なら「Sランク探索者を雑用にするな」と激怒するところだ。

だが、今のレオにはそれが「天啓」のように聞こえた。


この男の側に居れば。

この「深淵」のような強さの秘密が分かるかもしれない。

それに、あの案山子に勝てるようになるかもしれない。


レオはコーヒー牛乳の瓶を置きその場に片膝をついた。

騎士の礼。

最上級の敬意を示すポーズだ。


「Master(師匠)!」

「えっ、マスター?」

「Please teach me! 貴方の強さの秘密を俺に教えてください! そのためなら火種でも薪割りでも何でもやります!」

「いや、強さとかないけど……。まあ、農業体験希望ってことかな?」


海人はポリポリと頬をかいた。


「まあ、人手が増えるのは助かるし、いいですよ。じゃあ明日からよろしくね、レオくん」


「Yes, Master!」


こうして、世界最強の火炎魔導師は雨宮家の「住み込みバイト(火担当)」として採用されたのだった。


翌日の昼。

雨宮家の庭には奇妙な光景が広がっていた。


「Seiyaaaaa!!」


レオが上半身裸で薪割り斧を振り下ろしている。


ガキンッ!!


昨日の海人と同じように硬いトレントの枝に挑んでいるのだが、斧は表面に浅く食い込んだだけで止まってしまう。


「Damn it! 硬すぎる! なんでマスターはこれを豆腐みたいに切れるんだ!?」


レオは汗だくだ。

物理攻撃力は専門外とはいえ、Sランクの腕力強化魔法を使っているのに枝一本へし折れない。


「腰が入ってないよ、レオくん。斧の重さを友達にするんだ」


海人は隣で鼻歌交じりに巨大な丸太をスパスパと薪にしている。

その動きには一切の無駄がない。


(Magic isn't everything... 魔法が全てじゃない。これが『農具の呼吸』か……!)


レオは海人の所作を目に焼き付けようと必死だ。


そこへ。


バタバタバタバタ……。


上空からヘリコプターの音が近づいてきた。


「ん? お客さんかな」


海人が空を見上げる。

ヘリは庭の広いスペースに着陸し、そこから一人の女性が飛び出してきた。

白いワンピースにつば広の帽子。

手には菓子折りを持っている。


「海人さん! こんにちは!」


キラキラした笑顔で駆け寄ってきたのは如月凛華だ。

今日は休日らしく、探索者の鎧ではなく私服姿である。


「おや、凛華さん。いらっしゃい」

「ふふ、また来ちゃいました。これ、駅前で買ったケーキです。……って、え?」


凛華は海人に駆け寄ろうとして、その横で斧を握りしめている「赤髪の筋肉質な男」に気づき、足を止めた。


見覚えのある派手な髪色。

しかしその顔つきは、彼女の知る傲慢なそれとは違い真剣そのものだ。


「……レ、レオ……?」


凛華が恐る恐る名前を呼ぶ。

レオは顔を上げ、凛華を見て爽やかに汗を拭った。


「Hi, Rinka. 元気か?」

「は……? なんであなたがここに……? しかも、その格好……」


凛華は混乱した。

全米No.1のレオがなぜ日本の山奥で上半身裸で薪割りをしているのか。

レオは斧を肩に担ぎ誇らしげに胸を張った。


「俺は今、Master Kaitoの一番弟子として修行中だ。Fire keeper(火の番人)の任を仰せつかっている」 「一番弟子……? 火の番人……?」


凛華は海人を見た。


「あはは、レオくん、すごく便利なんですよ。指パッチンでコンロに着火できるし、害虫も焼いてくれるし」


海人は「便利な家電を手に入れた」くらいのテンションで言った。


「……海人さん、あなたって人は……」


凛華は頭を抱えた。

あのプライドの塊だったレオをたった一日でここまで忠実な下僕(弟子)に変えてしまうなんて。


(やっぱり、この人は規格外だわ……)


凛華は呆れると同時に胸の内で安堵していた。

レオが敵対するのではなく、仲間になったのならこれほど心強いことはない。

それになんだか今のレオは、以前よりも憑き物が落ちていい顔をしている。


「まあいいわ。それより海人さん! 今日は鍋パーティーをするって配信で言ってましたよね?」

「ええ。収穫したばかりの野菜とダンジョン黒豚オークキングの肉がありますよ」

「やった! 私、食べるの手伝います!」

「Me too! 昨日の労働で腹がペコペコだ!」

「ワンッ!(我も!)」

「キュウ!(僕も!)」


ポチとクロも小屋から出てきて海人の周りに集まる。

最強の剣士、最強の魔導師、最強の魔獣、そして最強の農夫。

奇妙で最強の「家族」がちゃぶ台を囲む準備は整った。


だが、この平和な鍋パーティーの最中に世界を揺るがす「警報」が鳴り響くことになる。

世界中のダンジョンが一斉に活性化する『スタンピード(大収穫祭)』の予兆。

それは、海人の畑から逃げ出した「ある野菜」が引き金となるのだが――。


「さあ、みんな! 鍋奉行はレオくんに任せるから、ジャンジャン食べてくれ!」

「Yes, Master!」


今はまだ、湯気の向こうの幸せな時間を楽しもう。

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