米国の最強探索者(Sランク)が殴り込みに来たが、畑の案山子(ガーディアン)に勝てずに詰んでいる件
日本上空、高度一万メートル。
音速で飛行するプライベートジェットの機内でその男は眼下の雲を見下ろしていた。
「もうすぐだな……」
レオナルド・バーンズ。
米国探索者ランキング不動の1位にして、『爆炎』の二つ名を持つ男。
彼は今、かつてないほどの怒りに燃えていた。
「待っていろ、リンカ。俺が必ず、その洗脳を解いてやる」
彼が愛してやまない日本の「剣姫」如月凛華が、どこの馬の骨とも知れぬ農夫に餌付けされている。
あの配信映像は彼のプライドをズタズタに引き裂いた。
「それに、あのドラゴンとフェンリル……。あんなものが実在してたまるか。すべては高度なホログラムとトリックだ」
レオは自信家だが馬鹿ではない。
もしあれが本物なら単身で乗り込むのは自殺行為だ。
だが、彼の経験則が「あんな長閑な映像はフェイクだ」と告げているのだ。
「Boss、そろそろ降下地点です」
「よし、ハッチを開けろ!」
「えっ!? 着陸してからでは……」
「Too slow!(遅すぎる!)」
レオは部下の制止を聞かず機体のハッチをこじ開けた。
強烈な風圧が機内に吹き荒れる。
「ヒャッハァー! 俺の炎で焼き尽くしてやるぜ!」
レオは躊躇なく空へと飛び出した。
全身に魔力を纏い、自身をロケットのように加速させる。
目指すは埼玉県西部の山岳地帯。
あの忌々しい農家がある座標だ。
ドォォォォン!!
レオは隕石のような勢いで山の中腹に着地した。
周囲の木々が衝撃波でなぎ倒される。
「ここか……魔素が濃いな」
立ち上がったレオの前に早速歓迎の使者が現れた。
『シャアアアアッ!!』
体長五メートルはある「アシッド・コブラ(Aランク)」だ。
普通の探索者なら即死級の猛毒を持つ蛇だがレオは鼻で笑った。
「Get out of my way!(失せろ!)」
彼が指を鳴らすと、爆炎が渦を巻き一瞬で大蛇を炭に変えた。
「ふん、雑魚ばかりだ。やはりこの山は大したことない」
レオは確信した。
ネットで騒がれている「SSSランクダンジョン」説もあの配信者が流したデマに違いない、と。
彼は悠々と山道を歩き始めた。
その足取りはこれから起こる悲劇など微塵も予期していなかった。
一方その頃。
俺、雨宮海人は家の前の畑で工作に勤しんでいた。
「うーん、こんなもんかな?」
目の前に立っているのは竹と藁で作った「案山子」だ。
着古した作業着を着せ、顔には半紙を貼り付け、筆で大きく『へのへのもへじ』と描いてある。
どこからどう見ても田舎によくある普通の案山子だ。
「最近、野菜泥棒(小鬼ゴブリンなど)が多いからなぁ。これで少しはビビってくれるといいんだけど」
俺は満足げに頷いた。
作り方は生前の祖母に教わった通りだ。
『いいかい海人。案山子というのはただ立っているだけじゃダメなんだ。魔を払う気迫と、ちょっとした仕掛けが必要なんじゃよ』
そう言って祖母が教えてくれたのは、芯材に「黒い硬い木(千年樹の心材)」を使い、服の中に「余った鉄くず(オリハルコンの板)」を仕込むというやけに頑丈な作り方だった。
まあ、風雨に耐えるためだろう。
「サクラ、どうかな? ちゃんと強そうに見える?」
俺は、空中を飛んでいる光の球に尋ねた。
ホログラムのサクラが現れ小首をかしげる。『
分析完了。……マスター、これのデザインセンスは「昭和」ですが、内部構造のエネルギー値が異常です。自律駆動型のゴーレムとして認識されますが、よろしいですか?』
「ゴーレム? 大げさだなぁ。ただの案山子だよ。カラス除けになれば十分」
俺は笑い飛ばした。
サクラは何か言いたげだったが『マスターがそう言うなら』と微笑んだ。
「さて、俺は裏の畑を見てくるからサクラはこの辺の定点カメラ映像をよろしく頼むな」
「了解しました。不審者が現れた場合は自動で録画・配信を開始します」「
はは、こんな山奥に不審者なんて来ないって」
俺は鍬を担いで裏山へと向かった。
平和な午後。
まさかその数分後に日米決戦が始まるとは露知らず。
ザッ、ザッ、ザッ。
レオナルド・バーンズは森を抜けた先に広がる光景に足を踏み入れた。
「ここか……」
彼はサングラスを外し周囲を見渡した。
のどかな日本家屋。
手入れされた畑。
そして微かに漂う肥料の匂い。
「なんという貧相な場所だ。ここが世界を救った拠点のわけがない」
レオは嘲笑った。
そして、畑の中央に立っている「それ」に気づいた。
『へのへのもへじ』の顔をした粗末な案山子だ。
「Hah! Are you kidding me?(ふざけてんのか?)」
レオの額に青筋が浮かんだ。
この案山子はまるで自分を馬鹿にしているかのような間の抜けた顔をしている。
「まずは手始めにこのふざけた人形から燃やしてやる。警告代わりにな!」
レオは掌を案山子に向けた。
「Burn!(燃えろ!)」
手加減なしの中級魔法『ファイア・ボール』が放たれた。
岩をも溶かす高熱の火球が一直線に案山子へと向かう。
その瞬間。
空中に浮かんでいた「光の粒子」が集まりサクラの声が響いた。
『警告。ランクSの敵対的魔力反応を検知。エリア防衛システム、作動』
『ライブ配信、緊急スタート』
世界中のD-Tubeユーザーのスマホに通知が届いた。 【緊急配信】畑に不審者が来たので、案山子が対応します
「What!?」
レオが驚く間もなく、火球が案山子に着弾――しなかった。
パァンッ。
乾いた音がした。
案山子の「腕(竹の棒)」が、目にも止まらぬ速さで動いたのだ。
まるで蚊を払うかのように火球を裏拳で弾き飛ばした。
火球は明後日の方向へ飛び森の上空で爆発した。
「……は?」
レオは我が目を疑った。
「弾いた……? あの藁人形が俺の魔法を?」
『ピピッ。対象の排除を開始します』
サクラの無機質なアナウンスと共に案山子の『へのへのもへじ』の顔が、風もないのにゆらりと揺れた。 まるで「やるのか?」と言っているようだ。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
え、また始まった?
検証班A:
映ってるの、爆炎のレオじゃね!?
名無しの視聴者:
うわ本物だ! なんで海人の家にいるんだ
初見さん:
タイトルwww 「案山子が対応します」ってなんだよ
「Don't mess with me!(舐めるなよ!)」
レオは激昂した。
プライドの高い彼にとって、たかが案山子に攻撃を防がれたのは屈辱以外の何物でもない。
「本気を出させてくれたな! 灰になれ! 『プロミネンス・インフェルノ』!!」
レオの全身から太陽の如き業火が噴き出した。
周囲の空気が瞬時にプラズマ化し地面が溶解する。
それはSランクダンジョンのボスすら一撃で葬る、彼の最大奥義だった。
渦巻く炎の竜巻が案山子を飲み込む。
「Hahahaha! これで終わりだ!」
レオは高笑いした。
しかし。
『冷却モード、展開』
炎の渦の中から冷ややかな機械音声(実際には案山子に組み込まれた祖母の氷結術式)が響いた。
シュウウウウウウ……。
凄まじい蒸気と共に炎が一瞬で消え去った。
後に残ったのは少しも焦げていない作業着姿の案山子。
そして、その手にはなぜか「柄杓」が握られていた。
近くの水桶から水をすくい、まるで「火の用心」と言わんばかりにレオに向かって水を撒いたのだ。
バシャッ。
「……あ?」
レオの顔面にただの水がかかる。
ジューッという音と共に、彼の纏っていた魔力障壁ごと熱気が冷やされた。
「つ、冷たっ……!」
世界最強の炎使いが、ただの水ごときでずぶ濡れになり震えている。
その水は、クロ(ドラゴン)が水やり用に吐いた「聖水」だったため、レオの魔法効果を強制的にキャンセル(無効化)したのだ。
「Why……? Why can't I burn it!?(なんで燃えないんだ!?)」
レオはパニックに陥った。
ありえない。
俺の炎は全てを焼き尽くすはずだ。
それが藁一本燃やせないなんて。
案山子はゆらりと動き出し、一本足(木の杭)でホッピングするように近づいてきた。
『へのへのもへじ』の顔が今は死神のスマイルに見える。
「S、Stay back!(来るな!)」
レオは反射的に拳を突き出した。
魔力を込めた渾身の右ストレート。
案山子はそれを避けようともせず、胸板(鉄くず入り)で受け止めた。
ガゴォッ!!
「Gyaaaaaaah!!(ギャアアアアッ!!)」
砕けたのは案山子ではなくレオの拳の方だった。
「H-Hard...(硬い……)」
レオは涙目で右手を抑えてうずくまった。
オリハルコンの板を素手で殴れば当然の結果だ。
案山子は、うずくまるレオを見下ろしその竹の腕を振り上げた。
攻撃ではない。
「デコピン」の構えだ。
お仕置きの時間である。
パァンッ!!
「Oh my goooooooood!!」
額に一撃を受けたレオは文字通り「星」になった。
キリモミ回転しながら吹き飛び、野菜畑の泥の中へと頭から突き刺さる。
二本の足だけが地面から突き出し、ピクピクと痙攣していた。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
クッソワロタwww
検証班A:
あのレオが……手も足も出ず……案山子に……
名無しの視聴者:
この家のセキュリティどうなってんだよ
サクラ:
『害獣の無力化を確認。配信映えする素晴らしい飛びっぷりでした』
スパチャ:
¥100,000 「レオの治療費」
「……あれ? なんか騒がしいな」
そこへ裏山から海人が戻ってきた。
鍬を担ぎのんびりとした足取りで。
「サクラ、配信つけてるのか? おーい、みんな元気?」
海人はカメラに手を振りふと畑の方を見た。
そこには泥に突き刺さっている派手な服の男と、いつものように立っている案山子の姿があった。
「うわっ、人が倒れてる! 大丈夫ですか!?」
海人は慌てて駆け寄りレオの足を持って引っこ抜いた。
「ぷはっ! ……げほっ、げほっ!」
泥だらけの顔で咳き込むレオ。
サングラスは割れ、自慢の赤髪は泥でペシャンコになっている。
「あなた、大丈夫ですか? 派手な格好ですけど……もしかして、空から落ちてきたんですか?」
海人は心配そうにレオの背中をさすった。
レオは薄れゆく意識の中で目の前の青年を見た。
魔力を全く感じない。
ただの優しそうな青年だ。
だがその背後に立つ案山子が、青年に向かって「敬礼」しているのが見えた(気がした)。
(コイツが……主なのか……?)
レオは悟った。
勝てない。
この場所には神が住んでいるのだと。
「……Water……Please……」
「水? ああ、今持ってきますね。冷たい麦茶でいいですか?」
こうして全米最強の男の日本侵攻作戦は、開始からわずか十分で案山子による完全勝利で幕を閉じたのだった。




