庭でバーベキューをしていたら伝説の邪竜が肉を狙ってきたので、ゴムパチンコで撃ち落としてみた件
ジュウウウウウウッ……!
芳ばしい音と共に脂の乗った肉が焼ける匂いが庭に充満する。
俺、雨宮海人は、庭に設置したバーベキューコンロ(U字溝を並べたもの)の前でトングを振るっていた。
網の上で踊るのは厚さ五センチはある霜降りステーキだ。
「はい、焼けましたよ。熱いから気をつけて」
俺は焼けたばかりの肉を皿に取り分け凛華さんたちに渡した。
「あ、ありがとうございます……」
凛華さんは恐る恐るその肉を見つめている。
無理もない。
さっきまで「アース・ドラゴン」という恐ろしい名前で呼ばれていたトカゲの尻尾なのだから。
だが、意を決して彼女が肉を口に運んだ瞬間。
「……んッ!?」
彼女の瞳が輝いた。
「美味しい……! 何これ、口の中で溶けた……!?」
「でしょ? こいつ脂身が甘いんですよ。岩塩だけで十分いけます」
「それに魔力が……食べた瞬間に体内の回路が活性化してる。これ一切れで最上級ポーション十本分のエネルギーがあるわ」
凛華さんはブツブツと分析しながらもフォークを動かす手が止まらない。
部下の男性たちも「うめぇ!」「力が湧いてくるぞ!」と涙を流しながら食らいついている。
ポチも足元で自分用の巨大な肉塊をガツガツと食べてご満悦だ。
「ふふ、みんな喜んでくれて良かった」
俺も自分の分の肉を頬張る。
やっぱり労働の後の焼肉は最高だ。
空は茜色から群青色へと変わり星が瞬き始めている。
なんて平和な夜だろう。
そう、俺が思った瞬間だった。
ザァァァァァァァッ!!
突如突風が吹き荒れた。
庭の木々が激しくしなり、バーベキューの炭火が舞い上がる。
「わっ、なんだ? 急に風が強く……」
俺が皿を押さえた時、ポチが食事を中断し空に向かって吠えた。
『ガァァァァァァッ!!』
さっきまでの甘えた声ではない。
本気の警告音だ。
「ポチ? どうした?」
「海人さん、上を! 空を!!」
凛華さんが悲鳴のような声を上げて立ち上がった。
彼女の視線を追って俺も夜空を見上げる。
そこには星空を塗りつぶすほどの「巨大な影」があった。
翼を広げればジャンボジェット機ほどもありそうな漆黒の飛翔体。
それはゆっくりと旋回し、俺たちの頭上へと降下してくる。
月明かりに照らされたその姿は全身が黒曜石のような鱗に覆われ、四本の角が生えた凶悪なトカゲ――いや、ドラゴンだった。
「嘘……でしょ……」
凛華さんがガタガタと震え出し手から皿を取り落とした。
カチャン、と乾いた音が響く。
「あれは……『終焉を告げる黒翼』……エンシェント・ドラゴン……!」
部下の男たちが腰を抜かしてへたり込む。
「終わりだ……。Sランクどころじゃない、SSランク……いや、災害指定クラスだぞ」
「なんでこんな所に空の王者が……」
「そうか、匂いだ! アース・ドラゴンの焼ける匂いに釣られて来たんだ!」
絶望する彼らとは対照的に俺は空を見上げて眉をひそめていた。
「あー、また来たのか」
俺は呆れたように溜息をついた。
この山には時々こういう「大きなカラス(鳥?)」が飛んでくるのだ。
以前も、干していた柿を全部持っていかれたことがある。
どうやら今回は、バーベキューの匂いを嗅ぎつけて横取りしに来たらしい。
「マナーの悪い鳥だなぁ。人が楽しく食事してるのに」
俺が呟くと凛華さんが血相を変えて俺の腕を掴んだ。
「海人さん、逃げて!!」
「え?」
「あれは勝てない! 私が囮になります! その隙に、あなたはポチと一緒に結界の中に……!」
彼女は震える手でボロボロの剣を構えようとする。
その目には涙が浮かんでいた。
自分も怖くてたまらないはずなのに俺を守ろうとしてくれているのだ。
なんていい人なんだろう。
でも、せっかくの焼肉パーティーを解散させるわけにはいかない。
それにカラス一羽のために逃げ回るなんて癪だ。
「大丈夫ですよ、凛華さん。囮なんて必要ありません」
「でもっ!」
「ちょっと追い払うだけですから。ポチ、お前は肉を守っててくれ」
俺は凛華さんを背中に庇い一歩前へ出た。
上空のドラゴンがギョロリと赤い目をこちらに向けた。
『グオオオオオオオオオオオオッ!!』
大気を震わせる咆哮。
その衝撃波だけで庭のビニールハウスが飛びそうになる。
「うるさいっ!」
俺はポケットから愛用の「飛び道具」を取り出した。
Y字型の木の枝に、ゴムチューブを括りつけただけの手作りパチンコだ。
子供のおもちゃに見えるかもしれないが、ゴムの部分には以前この山で見つけた「めちゃくちゃ伸びる蛇の皮(実は神話級大蛇の皮)」を使っている。
弾丸はその辺に転がっている石ころだ。
「柿泥棒の次は肉泥棒か。躾が必要だな」
俺は石をセットしゴムを限界まで引き絞った。
狙うはドラゴンの鼻先。
殺す必要はない。
痛い目にあわせて「ここはお前の餌場じゃない」と教えてやればいい。
上空でドラゴンが大きく口を開けた。
口の奥でどす黒い炎が渦を巻いている。
ブレスを吐くつもりだ。
「させないわ!」
凛華さんが飛び出そうとする。
「シッシッ!」
俺は構わずゴムを放した。
パニュッ。
間の抜けた音がした。
だが、その直後だった。
ズドンッ!!!!!!
大砲をゼロ距離で発射したような、
轟音が夜空を切り裂いた。
俺が放った小石は音速を遥かに超え、赤い流星となって空を駆けた。
ドラゴンの吐きかけたブレス(極大消滅魔法)の中央を突き破り、炎を霧散させ、そのままドラゴンの眉間に吸い込まれる。
『ギャッ――!?』
ドラゴンは悲鳴を上げる暇もなかった。
石が直撃した瞬間衝撃波が頭蓋を揺らし、脳震盪を起こさせたのだ。
巨大な体躯が空中で硬直する。
そして、糸が切れた操り人形のようにきりもみ回転しながら落下を始めた。
ヒュルルルルル…… ズドォォォォォォォォン!!
庭の隅、ちょうど堆肥を作っていた穴のあたりにドラゴンが墜落した。
凄まじい地響きと共に土煙が高く舞い上がる。
「……へ?」
凛華さんが剣を構えたポーズのまま固まっている。
部下の人たちも口をあんぐりと開けている。
「あーあ、堆肥置き場がめちゃくちゃだ」
俺はパチンコをポケットにしまい墜落地点へと歩み寄った。
土煙の中、ドラゴンは白目を剥いてピクピクしていた。
即死はしていないようだ。
やはり図体がデカイだけあって頑丈だ。
「おい、生きてるかー?」
俺が足先でドラゴンの頬をツンツンとつつくと、ドラゴンは『うぅ……』と呻いて目を開けた。
赤い瞳が俺を見る。
そこには先程までの暴虐な覇気はなく、あるのは純粋な「恐怖」のみだった。
こいつは理解したのだ。
この縄張りの主(俺)には勝てないと。
体は大きいが、縮こまって震えている様子は叱られた後のポチとそっくりだ。
「分かったら、もう悪さするんじゃないぞ」
俺はため息をつき、手に持っていた皿から焼けたばかりのステーキを一切れ掴んだ。
「ほら。腹が減って暴れたんだろ? これ食って山に帰れ」
俺は肉をドラゴンの口元に放り投げた。
ドラゴンはビクッとしたが、肉の匂いに抗えず恐る恐るそれを舌で巻き取った。
咀嚼する。
その瞬間ドラゴンの瞳孔が開いた。
『ウ、ウマッ……!?(なんだこれは、至高の味がする……!)』
ドラゴンがガバッと顔を上げ尻尾をブンブンと振り始めた
「なんだ、お前も現金なやつだな。おかわり欲しいのか?」
『クゥン!(御意!)』
ドラゴンは巨大な頭を地面に擦り付けて服従のポーズをとった。
どうやらポチに続いて二人目のペット候補が誕生してしまったらしい。
「おーい、凛華さん! このカラス反省したみたいなんで、一緒に肉あげませんかー?」
俺は庭の向こうで石化している凛華さんたちに明るく手を振った。
「……カラス?」
凛華さんは膝から崩れ落ちた。
「あれが……カラス……?」
「隊長、もう考えたら負けです」
「そうね……。ゴムパチンコでエンシェント・ドラゴンを撃墜して餌付けする……。これがこの人の『日常』なのね……」
彼女は諦めと尊敬が入り混じったような、何とも言えない表情で笑った。
そして、フラフラと立ち上がり俺の隣に並んだ。
「海人さん。私、もう何が起きても驚かない自信がつきました」
「それは良かった。じゃあ、こいつの名前何にします? 黒いからクロでいいかな?」
「……ネーミングセンスだけは、Sランク級にシンプルですね」
こうして俺の家の庭に、番犬に加えて、番鳥が住み着くことになった。
翌日、この映像の切り抜き動画が『【衝撃】カラスを追い払ったらドラゴンだった件』というタイトルで拡散され、世界中のサーバーをダウンさせることになるのだが、それはまた別の話である。




