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「庭の薪割りをします」と言って、物理無効のSランク魔樹を一刀両断してみた件

ふぅ、と息を吐く。

額から流れる汗を軍手の甲で拭った。


畑の入り口付近に密集していた「オオナキマンドラゴラ・アビス」の群生地は、一時間ほどの作業ですっかり更地になっていた。

積み上げられた根っこの山は時折ピクピクと痙攣しているが、もうあの耳障りな悲鳴を上げることはない。

俺は腰をトントンと叩きカメラに向かって爽やかな笑顔を向けた。


「いやあ、思ったより根が深くて手こずりました。でも、これでとりあえず野菜を植えるスペースは確保できたかな」


スマホの画面を確認する。

驚いたことに同時接続者数が『50人』を超えていた。


最初は0人だったのが、草むしりをしているだけでこれだけ増えるとは。

田舎暮らしの需要というのは、俺が思っている以上に高いのかもしれない。

コメント欄もさっきからすごい勢いで流れている。


ーーーーー


【コメント欄】


ダンジョンマニアLv.55:

おかしい なんでマンドラゴラの群れを素手で処理して無傷なんだ

しかも全部「良質」状態で抜きやがった


通りすがりの剣士:

あれ一本で都内にマンション買えるぞ それを……ゴミ捨て場に……?


錬金術師の弟子:

うわあああああ! 燃やさないで! それ調合すれば万能薬になるのに!


名無しの視聴者:

↑お前ら設定に乗っかるの上手いなw 配信者の兄ちゃん、演技うまいね。

草の小道具とかリアルすぎ


相変わらず視聴者さんたちのノリが良い。

「設定」とか「小道具」とか言っているあたり、俺の配信を「ファンタジー風のドラマ」として楽しんでくれているのだろう。


マンドラゴラだの万能薬だの、みんなゲームのやりすぎだ。

これはただのちょっと生命力が強くてうるさい雑草である。


「あはは、そんな高く売れるなら市場に出したいですけどね。ただの草ゴミなんで、あとで燃やして灰にしますよ。いい肥料になるんで」


俺の返答にコメント欄が阿鼻叫喚の嵐になるが、俺は喉の渇きを覚えていた。


「さて、一仕事終えたら喉が渇きましたね。せっかくなんで庭でお茶でも沸かして休憩しましょうか」


俺はカメラを手に持ち母屋の裏手へと移動する。

そこには、昔ながらの石組みのかまどと、薪割りをするためのスペースがある。

しかしここで一つ問題が発生した。


「あちゃー……薪のストック、全部腐っちゃってるな」


軒下に積んであった薪は湿気と虫食いでボロボロになっていた。

これでは火がつかない。


山に入って拾ってくるのも面倒だ。

俺は周囲を見回し、庭の隅に立っている「一本の枯れ木」に目をつけた。


「お、あれなんか良さそうですね」


それは高さ三メートルほどの奇妙な木だった。

葉は一枚もなく、樹皮はどす黒い鋼鉄のような色をしており、幹には人の苦悶の表情を浮かべたようなウロ(穴)がいくつも空いている。

以前から「気味の悪い木だな」と思っていたが、完全に枯れているようでカサカサに乾いている。


「ちょうどいい枯れ木がありました。あれを薪にしましょう」


俺は納屋から年代物の「薪割り斧」を持ち出した。

刃渡り三十センチほどある無骨な大斧だ。

祖母が愛用していたもので、ずっしりと重いが手に馴染む。


ーーーーー


【コメント欄】


ダンジョンマニアLv.55:

おい待て あの木、まさか


森の賢者:

間違いない。「エルダー・トレント(吸血古木)」だ。しかも変異種


魔法使い見習い:

は? 嘘でしょ? あれ物理攻撃無効だぞ 剣で斬ろうとすると逆に剣が折れるやつ


通りすがりの剣士:

逃げろ配信者! そいつは死んだふりをしてるだけだ! 近づいたら枝で串刺しにされるぞ!


コメント欄がまた騒がしくなったが、俺は「みんな心配性だなあ」と苦笑した。


「大丈夫ですよ。完全に枯れてますから。見ててくださいいい音しますから」


俺は斧を肩に担ぎ、その木――エルダー・トレント(らしい)の前に立った。

近づくと心なしか周囲の温度が下がった気がする。


気のせいか、幹に空いたウロの奥から赤い光がギロリとこちらを睨んだように見えた。


『……グゥゥ……オォォォ……』


地底から響くような低い呻き声が聞こえる。

風の音が幹の空洞に反響しているのだろう。


「よし、まずは手頃な枝から」


俺は足を開き腰を落とす。

祖母の教えその四、『薪割りは重力と仲良くなれ』。


力任せに振るのではない。

斧の重さを利用し、さらに「インパクトの瞬間」にだけ全身のバネを集中させる。


「ふんっ!」


俺は太い枝の付け根めがけて斧を振り下ろした。


ガキィイイイイイイッ!!


普通なら木を切る音ではない、金属同士が衝突したような甲高い音が響き渡る。

火花が散った。

しかし。「


――せいッ!」


俺がさらに踏み込み、手首のスナップを効かせた二撃目を叩き込むと物理法則を無視した切断力が生まれた。


ズバァアンッ!!


鋼鉄よりも硬いはずの枝がまるで発泡スチロールのように弾け飛んだ。


『ギ……ギャアアアアアアアアアッ!?』


凄まじい絶叫。

切断面からは樹液……にしては赤すぎる、鮮血のような液体がドクドクと噴き出した。


「うわっ、すごい樹液。やっぱり中は生きてたのかな? まあ、よく燃えそうだ」


俺は返り血(樹液)を避けながら怯むことなく幹本体へと狙いを定める。

木がガサガサと枝を振り回し俺に襲いかかろうとしているように見えたが、ただの枝の揺れだろう。


危ないので早めに倒してしまうに限る。


「本番いきます。……ていっ!」


ドォォォォォン!!


もはや伐採というより爆破に近い音がした。

斧の一撃が幹の中央を貫き衝撃波が裏側へと突き抜ける。


『ア……ガ……』


エルダー・トレントとおぼしき巨木は断末魔を残すこともできず真っ二つに裂けた。

ズシン……と重い音を立てて倒れる巨木。

俺は残心を行いゆっくりと息を吐いた。


「ふぅ。やっぱり古木は硬いですね。でも、これだけあれば一ヶ月分の薪にはなりそうです」


俺は手早く木を細かく解体し竈へと放り込んだ。

ライターで枯葉に着火すると、その木は恐ろしいほどの火力で燃え上がった。

炎の色が普通の赤ではなく、青白く揺らめいているのが幻想的だ。


「さ、お湯が沸くまでコメント見ますね」


俺は火の番をしながらスマホを覗き込んだ。

同接数は『500人』に急増していた。


ーーーーー


【コメント欄】


ダンジョンマニアLv.55:

(絶句)


魔法使い見習い:

物理無効のエルダー・トレントを一撃……? しかも魔法エンチャントなしの、ただの斧で?


検証班A:

今の映像をスロー解析した。斧が当たる瞬間、空気が歪んでる。ただの腕力じゃない。局所的な衝撃波の集中……「極大・インパクト」のスキル持ちか?


通りすがりの剣士:

いや、あれはスキルじゃない。純粋な身体能力だ。バケモノかよ


初見さん:

ここCGすごいって聞いて来ました。映画の撮影?


名無しの視聴者:

兄ちゃん、その火の色「霊火」だぞ。お湯沸かす火力じゃねえよ!


「CG褒めてくれてありがとうございます。あ、お湯沸きましたね」


俺は青白い炎で沸かしたお湯でインスタントコーヒーを淹れた。

一口啜る。


「うん、美味い! 労働の後のコーヒーは格別ですね」


背景では解体されたトレントの残骸がまだピクピクと動いているが、俺は気にせず優雅なティータイムを楽しんだ。

俺はまだ気づいていない。

この配信がとある組織の監視網に引っかかったことを。


ーーーーー


場所は変わって、東京・千代田区。

巨大なビルの一角にある、内閣府直轄・ダンジョン管理協会(JDA)の「高魔力反応監視室」。

無数のモニターが並ぶ薄暗い部屋で一人の女性オペレーターが悲鳴に近い声を上げた。


「室長! 異常値を検知しました! 関東エリア、コード・レッドです!」

「なんだと? 誤作動じゃないのか。今日はスタンピードの予兆はないはずだぞ」


初老の室長がコーヒーカップを置いてモニターに駆け寄る。

画面には、日本地図上のとある一点――埼玉県西部の山岳地帯に真っ赤な警告マークが表示されていた。


「誤作動ではありません! 魔素濃度測定器マナ・カウンターが振り切れています! 推定魔素レベルは『測定不能オーバーフロー』……SSSランク相当です!」

「SSSランクだと!? 日本国内にそんな未発見ダンジョンがあるわけがない!」

「そ、それが……この座標から強力な電波信号も発信されています。これを見てください!」


オペレーターが震える指でメインモニターに映像を出力した。

そこに映っていたのは、薪割り斧を片手に持ち青白い炎の前でコーヒーを啜る青年の姿。

そして、その背後に転がる「エルダー・トレント」の惨殺死体だった。


「……動画配信サイト、D-Tubeのライブ配信です。タイトルは『庭の薪割りをします』……」

「馬鹿な……。エルダー・トレントは深層エリアにしか生息しないSランクモンスターだぞ。それを庭で薪割りだと?」


室長は絶句した。

映像の解析データが表示される。

青年の振るった斧の運動エネルギー量は、戦車砲の直撃に匹敵するという数値が出ていた。


「こ、この男は何者だ? 登録済みのランカーか?」

「いえ、顔認証に該当なし。完全な一般人です。名前は『海人』と自称していますが……」

「一般人が深層でキャンプをしているというのか? それともこれは高度な合成映像か?」


室長が頭を抱えそうになったその時、オペレーターがさらに驚愕の声を上げた。


「し、室長! 映像の端を見てください! なにか……とんでもないものが近づいています!」


モニターの中。

青年の背後、鬱蒼とした森の闇の奥から。

二つの巨大な金色の瞳が光っていた。

その瞳の主が放つプレッシャーは死んだトレントの比ではない。


「まさか……あれは『銀の絶望』……フェンリルか!?」

「現場の魔素濃度が急上昇しています! このままだと、この青年は……!」


室長は叫んだ。


「すぐに『剣姫』如月凛華に連絡を取れ! 場所を特定し救助に向かわせるんだ! これは国家レベルの緊急事態だぞ!!」


そんな大騒ぎになっているとは露知らず。

俺、海人はコーヒーカップを置き、ふと背後の森に気配を感じて振り返った。


「ん? ガサガサ音がするな」


森の奥から、銀色の毛並みを持つ巨大な「何か」がこちらを覗いていた。

大型犬……にしてはずいぶん大きい。


ハスキー犬の親分みたいな見た目をしている。

お腹を空かせているのか、よだれを垂らしてこちらを見ていた。


「なんだ野良犬か。……おーい、どうした? お腹減ってるのか?」


俺は警戒心ゼロでその伝説の魔獣へと歩み寄っていった。

次回の配信タイトルが『野良犬を拾ったら、懐きすぎて困ってます』になることをこの時の俺はまだ知らない。

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