家の基礎を直すためにハンマーを振るったら、ついでに地球の崩壊が止まって世界が救われた件
「いくぞぉぉぉぉッ!!」
俺、雨宮海人の気合と共に特大ハンマーが振り下ろされた。
狙いは一点。
庭に突き立てた黒鉄の杭の頭だ。
全身の筋肉が軋み、血液が沸騰するような熱さを感じる。
祖母直伝の農作業フォームは伊達じゃない。
足のつま先から腰、背中、そして腕へと伝わった運動エネルギーがハンマーの打撃面に一点集中する。
『農具の呼吸・奥義――天地開闢・杭打ち』
本来は固い岩盤を砕き畑の水路を拓くための技だが、今は「家の傾き」を直すために使う。
頼む、耐えてくれ俺の家!
築百年の意地を見せろ!
ガァァァァァァァァンッ!!!!!!!
世界から音が消えた。
いや、あまりの衝撃音に鼓膜の処理能力が追いつかなかったのだ。
ハンマーが杭に接触した瞬間、接触点から眩い黄金の光が迸った。
それは衝撃波となり同心円状に広がっていく。
「くっ、うおおおおおお!?」
杭を支えていたレオくんと凛華さんが光の奔流に耐えながら叫ぶ。
リリスとアリシアさんの展開した防御魔法障壁がミシミシと悲鳴を上げる。
杭はまるで豆腐に突き刺さる針のように、ズブズブと大地深くへと飲み込まれていった。
一メートル、三メートル、五メートル……!
「入れぇぇぇぇぇ!!」
俺は最後の一押しを込めた。
ドォォォォォォン!!
杭の頭が地面と面一になるまで叩き込まれた瞬間。
俺の腕を通して伝わった衝撃が地下深くまで――それこそ、マントルを越えて星の核まで届いたような手応えがあった。
カチッ。
そんな巨大なスイッチが入るような音が世界中の人々の脳裏に響いた。
その直後だった。
ピタリ、と。
あれほど激しく揺れていた大地が静止した。
空を覆っていた紫色の亀裂がまるで再生されるビデオテープのように修復されていく。
黒く染まっていた太陽が再び黄金の輝きを取り戻す。
隆起していたクリスタルの棘は光の粒子となって霧散し、元の美しい緑の山肌が戻ってきた。
「……え?」 凛華さんが、へたり込んだまま空を見上げた。「止まった……? 世界の崩壊が……?」
「No way... 信じられない……」
レオくんが震える手で地面を触る。
「地脈の乱れが完全に消えている。いや、むしろ以前より安定している……。Masterの一撃が星のエネルギー循環を強制的に正常化させたんだ……」
「お兄ちゃん、すごいのじゃ……。惑星を『修理』したのじゃ……」
リリスが口をあんぐりと開けている。
アリシアさんはもはや拝んでいた。
「神よ……いいえ、海人様……」
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
ファッ!?
名無しの視聴者:
おい、外見てみろ! 空が晴れたぞ! モンスターも消えた!
世界政府:
各地のダンジョン係数、オールグリーン。スタンピード反応消失。……助かったのか?
検証班A:
解説不能。物理的な打撃で、ダンジョンシステムの暴走プログラムを書き換えたとしか思えない。物理でバグ修正すな
サクラ:
『観測結果報告。マスターの打撃による波動が惑星全土のレイラインを通過。全てのダンジョンコアを「強制再起動」させました。世界は救われました』
同接:
50億人(世界人口の過半数)
「ふぅ……。なんとかなったか」
俺はハンマーを地面に置き額の汗を拭った。
周囲を見渡す。
家は……うん、無事だ。柱の軋みも止まっている。
「よかったぁ。これで今夜も屋根の下で寝られるよ」
俺は心底ホッとしてみんなの方を振り返った。
「みんな、手伝ってくれてありがとう! おかげで基礎がしっかり固まったよ。これで震度7が来ても大丈夫だ」
俺が爽やかに笑いかけると、全員が「そうじゃない」という顔で絶句していた。
「海人さん……貴方って人は……」
凛華さんが涙目で立ち上がり俺に抱きつこうとしたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……。
再び地鳴りが響いた。
しかしさっきのような破壊的な揺れではない。
もっと局所的な俺たちの足元――いや、さっき杭を打ち込んだ「庭の地下」から響いてくる振動だ。
「ん? まだ余震があるのかな?」
俺が首を傾げるとポチとクロが全身の毛を逆立てて、杭のあった場所に向かって低く唸り始めた。
『グルルルルッ……!』
『シャァァァッ!!』
彼らだけではない。
レオくん、凛華さん、リリス、アリシアさん。
全員がさっきの世界崩壊の時以上に青ざめ、ガタガタと震え出したのだ。
「な、何だこの気配は……!?」
レオくんが脂汗を流して後ずさる。
「濃い……! さっきの『グランド・カタストロフィ』が子供遊びに思えるほどの圧倒的な魔力の塊……!」
「来る……! 何かが、下から上がってくるわ!」
凛華さんが聖剣(包丁)を構える手が震えている。
バキィッ!!
俺が打ち込んだばかりの黒鉄の杭が内側から弾き飛ばされた。
神話級のアーティファクトである杭がまるで爪楊枝のように宙を舞う。
そして開いた穴から眩い光と共に「それ」は現れた。
ゆらり、と。
光の中から姿を現したのは一人の女性だった。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、古風だが豪奢な着物を纏っている。
年齢は二十代半ばだろうか。
絶世の美女だ。
だがその身から放たれるオーラは、美しさよりも「畏怖」を感じさせるものだった。
彼女がただそこに立っただけで、周囲の空間が歪み、重力が彼女にかしずくようにひれ伏す。
Sランク探索者であるレオくんたちがそのプレッシャーだけで呼吸困難になり、地面に膝をつく。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
なんだあれ
検証班A:
測定不能。測定不能。計測器が壊れた
名無しの視聴者:
ラスボス? 魔王? いや、もっとヤバい何かだ
サクラ:
『個体名特定……アクセス権限確認……。ま、まさか……』
女性はゆっくりと目を開いた。
その瞳は深淵のような紫色。
彼女は周囲を見渡し、最後に俺を見てふわりと微笑んだ。
その笑みだけで、空の雲が散り、風が止まった。
「……ふあぁ。よく寝たのう」
彼女が口を開くと、その声は鈴の音のように美しく、しかし腹の底に響く威厳があった。
「誰じゃ、昼寝の邪魔をする不届き者は。……あんな大きな杭で頭を叩かれれば、誰だって目が覚めるわ」
彼女は俺の方へと歩いてくる。
一歩踏み出すたびに庭の花々が一斉に開花し、枯れていた木々が緑を取り戻す。
生命の管理者。
歩くパワースポット。
凛華さんが声を絞り出した。
「海人さん、逃げて……! あれは……勝てない……! 次元が違う……!」
「Master! Get away!!」
仲間たちが必死に叫ぶ。
しかし俺はその場から動かなかった。
逃げる? なんで? 俺は、その女性の顔をよーく見た。
若くて、肌もツヤツヤで、美人だ。
でも、その目つき。
立ち振る舞い。
そして何より纏っている「畑の土の匂い」。
見間違うはずがない。
「……あれ? ばあちゃん?」
俺のその一言に世界中の時が止まった。
「……え?」
凛華さんが固まる。
「Grandmother...?」
レオくんが口を開けたまま固まる。
【コメント欄】
視聴者全員: は?????
目の前の美女――雨宮トメ(全盛期Ver)はニヤリと笑った。
「久しぶりじゃのう、海人。少し見んうちに随分と男前になったじゃないか」
「やっぱりばあちゃんだ! 生きてたの!?」
俺は駆け寄った。
死んだと聞いていた祖母が地下から出てきたのだ。
幽霊かとも思ったがこの足音は生きている人間のそれだ。
「生きてたも何も、ちと『ダンジョンの核』の調整をするために仮死状態で潜っておっただけじゃよ。地上では葬式まで出したそうじゃが人が悪い冗談じゃ」
祖母はカカカと豪快に笑った。
「それにしてもばあちゃん、随分と……その、若作りしたね?」
俺は祖母の顔をまじまじと見た。
記憶の中の祖母は腰の曲がったシワシワのおばあちゃんだった。
それが今はモデルも裸足で逃げ出すような美女になっている。
「整形? それとも高い化粧水使った?」
俺が失礼なことを聞くと祖母のこめかみにピキッと青筋が浮かんだ。
「……海人や。久しぶりの再会で第一声が『若作り』とはどういう了見じゃ?」
「いや、だって二十代くらいに見えるし」
「これはワシの『全盛期』の姿じゃ! 魔力循環を最適化したら勝手に戻ったんじゃよ! 若作りとは失礼な!」
祖母は俺の頭をポカッと殴った。
軽い一撃に見えたが、その衝撃は「エルダー・トレント」を粉砕する俺の石頭にたんこぶを作った。
「いっつ! 相変わらず手加減ないなぁ」
俺は涙目で頭をさすった。
この容赦のなさ。
間違いなく俺をスパルタ教育で育て上げた祖母・トメだ。
「……嘘でしょ」
凛華さんがフラフラと立ち上がった。
「あの方が……海人さんのお祖母様……?」
「Wait. つまり、この家の強さのルーツ(根源)ってことか……?」
レオくんが戦慄する。
祖母は俺の背後にいる仲間たちに目を向けた。
「ん? なんじゃ、賑やかじゃのう。見慣れん顔ばかりじゃ」
祖母の視線が、ポチ(フェンリル)とクロ(エンシェント・ドラゴン)に止まる。
その瞬間。
『キャインッ!!』
『キュウウッ!!』
神話級の二匹が即座に腹を見せて服従のポーズをとった。
恐怖で失禁寸前だ。
彼らは本能で理解したらしい。
この女こそがこのダンジョンの真の支配者であると。
「ほう、フェンリルに古代竜か。海人、お前また変なものを拾いおって。ちゃんと餌はやってるのか?」 「やってるよ。二人とも優秀な農業パートナーだよ」
「ならよい。……で、そっちの人間たちは?」
祖母の紫色の瞳が、凛華、レオ、リリス、アリシアを射抜く。
「剣聖の家系に、爆炎の申し子、魔王の血族、それに聖女か。……ふん、どいつもこいつも未熟じゃな」
祖母は鼻で笑った。
「ひっ……!」
全員が蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「まあ、海人の友人というなら客として扱ってやろう。……おい、海人」 「何? ばあちゃん」 「久しぶりに地上に戻って腹が減った。飯はまだか?」 世界を揺るがす覇気を出しながら、言ったことは「飯の催促」だった。 俺は苦笑した。 やっぱり、この人は変わらない。
「分かったよ。ちょうど誕生日パーティーの残りがあるから準備するね」
「誕生会か。それはめでたいのう。じゃあワシも祝ってやろう」
祖母は着物の袖から何やらキラキラ光る「石」を取り出した。
それは、さっきレオくんがくれた「ヴォルケーノ・コア」よりも遥かに高純度な、虹色に輝く結晶だった。
「『ダンジョン・オリジン(根源の核)』じゃ。これがあれば国の一つや二つ、一瞬で消し飛ばせるエネルギー源になる。やるぞ」
「えー、そんな物騒なものいらないよ。漬物石にするには軽そうだし」
「馬鹿者! これは無限の魔力バッテリーじゃ! スマホの充電くらい一秒で終わるぞ!」
「あ、それは便利だね。ありがとう」
俺は国宝級どころか、星の心臓レベルのアイテムをモバイルバッテリー代わりに受け取った。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
もうダメだこの家族
検証班A:
『ダンジョン・オリジン』……? 神話に出てくる、世界創造の触媒では?
名無しの視聴者:
ババア(美女)が強すぎる
世界政府:
雨宮家を『特級隔離指定区域』から『神域』に格上げします。手出し無用。絶対に怒らせるな
サクラ:
『マスターの祖母、雨宮トメ様のアカウントを作成。管理者権限(Admin)を付与します……拒否されました。権限レベルがサクラより上です』
こうして世界崩壊の危機は去り、代わりに「最強の祖母」が我が家に帰還した。
俺の平穏な(?)スローライフはまだまだ落ち着きそうにない。
むしろここからが本当の「試練」の始まりだったのだ。
「海人よ。お前、最近修行をサボっとらんだろうな?」
「え?」 ステーキを食いながら、祖母がギロリと俺を見た。「杭打ちのキレが悪かったぞ。あれでは腰を痛める。……よし、食事が終わったら久しぶりに『組み手』をするぞ」
「ええー! やだよ、ばあちゃんの組み手って、死にかけるんだもん!」
「問答無用! 世界を救った(つもりの)英雄がその程度でどうする! 庭に出ろ!」
新たな「災害」の発生に世界中が同情と興奮の涙を流す中。
俺の誕生日は史上最大の親子喧嘩――もとい、祖母と孫のスキンシップで幕を閉じるのであった。




