家に押し入ってきた聖女様が『浄化の光(極大魔法)』を放ってきたけど、肩こりにちょうど効く暖かさだった件
「はい、こんにちは。海人です。昨日の大根騒動も落ち着いたので、今日は縁側でまったりお茶配信をしています」
俺、雨宮海人はスマホに向かってのんびりと語りかけた。 ポ
カポカとした陽気。
隣では新しく家族になったリリス(魔王の娘)が、レオくんが焼いたクッキーを頬張っている。
「んむ、んむ……。レオよ、焼き加減が絶妙じゃ。褒めて遣わす」
「Thank you, Lilith. 火力調整の修行になるからな」
赤髪のSランク探索者、レオくんはエプロン姿で紅茶を注いでいる。
平和だ。
画面の向こうの視聴者たちもこの穏やかな時間に癒やされているようだ。
【コメント欄】
名無しの視聴者:
平和すぎて草
ダンジョンマニアLv.55:
背景に映ってるのSランク探索者(給仕係)と魔王の娘(幼女)とフェンリル(枕)なんだよな……
初見さん:
ここが世界一安全な魔境ですか?
検証班A:
魔素濃度が安定してる。昨日のスタンピードが嘘みたいだ
「あ、そうそう。今日はこの後、みんなでゲームでもしようかと……」 俺が言いかけたその時だった。
ドォォォォン!!
突然、我が家の正門(丸太製)が爆音と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
俺は飛び上がった。
カメラが揺れる。
「Enemy!?(敵襲か!?)」
レオが即座にフライパンを構え、ポチが『グルルッ』と唸り声を上げる。
土煙の向こうから凛とした声が響き渡った。
「見つけましたよ、邪悪な魔王の眷属たち! この聖女アリシアが神に代わって浄化します!」
煙が晴れるとそこには一人の女性が立っていた。
金色の長髪に透き通るような碧眼。
純白の法衣に金の刺繍が入った、見るからに高そうな服を着ている。
手には黄金の杖(錫杖)。
背後には銀色の鎧を着た騎士たちがズラリと並んでいる。
ものすごい威圧感だ。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
は?
聖光教徒:
え、嘘でしょ? アリシア様!?
名無しの探索者:
本物の聖女アリシア・サンクチュアリだ! なんでこんな所に!?
サクラ:
『警告。ランクSの敵対的魔力反応。所属は聖光教・異端審問官です』
「……誰だ?」
俺は目をぱちくりさせた。
綺麗な人だけどいきなり門を壊すなんて常識がない。
リリスが俺の袖を引っ張る。
「お、お兄ちゃん……あれは『聖女』じゃ。魔族の天敵じゃ……!」
リリスが青ざめて震えている。
そうか、リリスは設定上「魔王の娘」だからこういう「勇者キャラ」が苦手なのか。
「安心しろリリス。俺が守ってやる」
俺は立ち上がり女性の前に進み出た。
カメラを持ったサクラ(自動撮影モード)が俺の後ろを追尾する。
「あの、すいません。いきなり人の家の門を壊さないでくれますか?」
俺が注意すると、聖女――アリシアさんは厳しい目で俺を睨みつけた。
「貴方が、魔王の娘を匿っている男ですね。その身から溢れる邪悪な気配……隠しても無駄です」
「邪悪? いえ、俺はただの農家ですけど」
「嘘をおっしゃい! この辺り一帯の異常な魔素、そして従えている凶悪な魔獣たち……貴方が魔王軍の幹部であることは明白です!」
アリシアさんは杖を突きつけた。
どうやら相当な勘違いをしているらしい。
最近は悪質な訪問販売や宗教勧誘が多いと聞くが、ここまで手の込んだ劇団員を連れてくるとは。
「帰ってください。うちは間に合ってます」
「問答無用! その穢れた魂、私が洗い流してあげましょう!」
アリシアさんが詠唱を始めた。
「天にまします我らが主よ、迷える子羊に救いの光を……!」
杖の先端が太陽のように眩しく輝き始める。
レオが顔色を変えた。
「Master! Run! 那は『聖なる裁き(ホーリー・ジャッジメント)』だ! 人間が食らったら魂ごと消滅するぞ!」
「えっ、そんな危ないライトなの?」
俺が止める間もなかった。
「極大浄化魔法――『サンクチュアリ・レイ』!!」
カッッッ!!!!
視界が真っ白に染まった。
レーザーのような極太の光線が俺の全身を直撃する。
普通なら細胞レベルで分解され、塵一つ残さず消滅する威力だ。
熱い。
いや、暖かい?
「……お?」
俺は思わず声を出した。
光に包まれた体がポカポカする。
ここ数日、大根の収穫や強盗の掃除で凝り固まっていた肩や腰の筋肉がじんわりと解れていく感覚。
まるで温泉に入った時のような、あるいは高級エステの赤外線治療器のような。
「あ~……そこそこ……」
俺は思わず首を回した。
ボキボキッ、といい音が鳴る。
「うわぁ、効くぅ……。最近、右肩が上がらなかったんだよねぇ……」
光の中で俺は気持ちよさそうに伸びをした。
数秒後。
光が収まった。
そこには五体満足どころか、肌がツヤツヤになり血色が良くなった俺が立っていた。
「ふぅ、スッキリした。ありがとうお姉さん。これ、新しいマッサージ療法?」
俺が爽やかに礼を言うと。
「な……ななな……!?」
アリシアさんは幽霊でも見たかのように目を見開き、後ずさった。
「ば、馬鹿な……! 私の最大火力の浄化魔法を直撃して無傷!? いや、むしろ元気になっている!?」 「ええ、おかげさまで。肩の重みが消えました」
「ありえない……! 貴方は人間ではないのですか!? それとも私の信仰心が足りないとでも……!?」
アリシアさんはガクガクと震えその場に崩れ落ちた。
魔力を使い果たしたのか顔色が悪い。
目の下には濃いクマができている。
よく見ると、彼女自身が一番疲れているように見えた。
【コメント欄】
ダンジョンマニアLv.55:
ファーーーーwwwww
聖光教徒:
我らが聖女様の必殺技が……肩こり治療……?
名無しの視聴者:
兄ちゃん「効くぅ~」じゃないんだよwww
検証班A:
解説しよう。海人の「異常状態耐性(全属性無効)」が高すぎて、攻撃魔法のダメージ判定が全て無効化され、付与効果の「温熱」と「活性化」だけが適用されたのだ
初見さん:
つまり最強のマッサージ機ってこと?
「お姉さん、顔色悪いですよ。立ちくらみですか?」
俺は慌てて駆け寄りへたり込んだアリシアさんに手を貸した。
「さ、とりあえず座って。冷たいお茶出しますから」
「ひっ……殺さないで……」
「殺しませんよ。はい、どうぞ」
俺は縁側に彼女を座らせ、レオくんが淹れたばかりの「世界樹のハーブティー」を差し出した。
アリシアさんは毒が入っているのではないかと疑いつつも、震える手でカップに口をつけた。
「……っ!」
一口飲んだ瞬間彼女の瞳孔が開いた。
枯渇していた魔力が爆発的な勢いで回復していく。
それだけではない。
長年の激務で蓄積していた慢性的な疲労、腰痛、眼精疲労が、嘘のように消え去ったのだ。
「あ……ああぁ……」
彼女の口から聖女らしからぬ声が漏れた。
「生き返るぅ……。何これ、美味しい……」
「でしょ? うちの特製ブレンドです。お菓子もあるんで、食べてください」
リリスが自分のクッキーを一枚差し出した。
「……やる。特別じゃぞ」
「あ、ありがとう……」
アリシアさんはクッキーをかじった。
サクッ。
甘いバターの香りとレオの完璧な火加減が生み出した食感。
彼女の張り詰めていた糸がプツンと切れた。
「……はぁー。もう無理」
アリシアさんはだらりと背もたれ(柱)に寄りかかった。
「え?」
「もう歩けない……。毎日毎日、浄化だの説教だのやってられないわよ……。こんな美味しいお茶飲んだの何年ぶりだろ」
聖女の仮面が剥がれ落ちた。
そこにはただの「疲れたOL」のような女性がいた
「お疲れなんですねぇ。仕事、大変なんですか?」
「大変なんてもんじゃないわよ。休みなしで全国行脚。ゲームする時間すらないのよ」
「ゲーム? お姉さんゲーム好きなんですか?」
俺が食いつくとアリシアさんの目が輝いた。
「好きも何も、私の生きがいよ! 特にレトロゲー! ああ、新作のRPGやりたい……レベル上げしたい……」
彼女はブツブツと欲望を垂れ流し始めた。
俺はニヤリと笑い部屋の奥を指差した。
「それなら、いいものありますよ」
「え?」
「ばあちゃんの遺品整理で出てきたんですけど、『スマッシュ・ブラザーズ(魔界村Ver)』とか、昔のハードが山程あるんです」
「嘘っ!? アレ、プレミアついてて手に入らない幻のハードじゃ……!」
アリシアさんはガバッと立ち上がった。
「やる! やらせて! 私、それやるために生きてきたの!」
「いいですよ。じゃあ配信しながらやりましょうか」
数分後。
画面には信じられない光景が映し出されていた。
法衣の裾をまくり上げ、胡座をかき、コントローラーを握りしめて絶叫する聖女アリシアの姿だ。
「そこだッ! 死ねぇ! オラオラオラ!」
画面の中のキャラクターが必殺技を放つ。
「あーっ! もう、リリスちゃん強い! 待って、回復させて!」
対戦相手はリリスだ。
魔王の娘は動体視力が良く、ゲームが異常に上手い。
「クックック、甘いな聖女よ! 我が魔界拳法の前には無力!」
「くっそー! 本気出すわよ! 『神速連打』!」
アリシアさんの指が残像を残すほどの速さでボタンを叩く。
物理的な身体強化魔法を使っている疑惑がある。
【コメント欄】
聖光教徒:
アリシア様……?
名無しの視聴者:
聖女の口から「死ねぇ」は草
ゲーマー:
この姉ちゃん、フレーム回避完璧だぞ。ガチ勢だ
サクラ:
『同接数、200万人突破。聖女の堕落配信としてトレンド世界1位を獲得しました』
レオ:
(後ろで茶を飲みながら)平和だなぁ
「あはは、盛り上がってるなぁ」
俺はその様子を眺めながら外で呆然としている聖殿騎士団の人たちにお茶とおにぎりを配った。
「隊長さんたちも休憩していってください。お姉さんしばらく帰らなそうですから」
「は、はあ……。我々は一体……」
騎士団長はゲーム画面に向かって奇声を上げる主(聖女)を見て遠い目をしていた。
こうして、聖女アリシアによる「魔王討伐作戦」は海人のマッサージ(誤認)とレトロゲームによって完全なる失敗――いや、和解に終わった。
アリシアさんはその後、「この家の魔素を監視する」という名目で、週末ごとにジャージ持参で泊まりに来るようになるのだが、それはまた別の話。
「よし、次は協力プレイだ! 海人さん、タンク(盾役)やって!」
「はいはい。レオくんはヒーラーね」
「Why!? 俺はDPS(火力)だろ!」
俺の家は今日も、世界で一番騒がしくて平和だ。




