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11/15

近所を散歩していた魔王の娘が指名手配犯に絡まれたので、庭掃除ついでに竹箒で『掃き出し』ておいた件

平和な昼下がり。

俺、雨宮海人は庭で竹箒たけぼうきを手にしていた。


「昨日の大根騒動で庭が土だらけになっちゃったな。掃除しないと」


ザッ、ザッ。


リズミカルに箒を動かす。

この箒は祖母が裏山の竹林から切り出した特製品だ。

しなりが良く、コンクリートに張り付いた濡れ落ち葉すら一掃きで吹き飛ばす威力がある。


「レオくんと凛華さんはポチの散歩に行ってるし……あれ? リリスがいないな」


俺は手を止めて周囲を見回した。

昨日から居候している自称・魔王の娘、リリス。

朝ごはんのパンケーキ(五段重ね)をペロリと平らげた後、「我は少し、領地の視察に行ってくる」と言って出て行ったきりだ。


「まさか、また大根に追いかけられてるんじゃないだろうな


少し心配になった。

あの子は口では偉そうなことを言っているが根はただの子供だ。

この山は危険な野生動物も多い。


「……ちょっと様子を見に行くか」


俺は箒を持ったままリリスの気配(というか、甘いお菓子の匂い)がする方へと歩き出した。


その頃。

家から少し離れた獣道でリリスは震えていた。


「な、なんなのじゃ貴様らは……! 無礼者! 我に触れるな!」


彼女を取り囲んでいるのは五人の男たちだ。

薄汚れた装備に凶悪な目つき。

腕や顔には古傷があり明らかにカタギではない。

彼らは「黒蛇ブラックスネーク」と呼ばれる、探索者くずれの強盗団だった。

殺人、強盗、禁制品の密売。

数々の罪で指名手配され、警察やギルドの追跡を逃れるためにこの未開の山岳地帯に潜伏していたのだ。


「へへっ、ツイてるぜ。こんな山奥に極上の獲物が転がってるとはな」


リーダー格の男が舌なめずりをしてリリスを見下ろす。


「見ろよこの服。質のいいレースだ。それにこの角……精巧な作りだが、もし本物の魔族なら億単位で売れるぞ」

「兄貴、こいつ抵抗しようとしてますぜ」

「構わねえ。おい、『魔封じのアンチ・マジック・チェーン』を出せ」


男たちが取り出したのは不気味な光を放つ鎖だった。

リリスは後ずさる。


(まずい……! あれは対魔族用の拘束具!)


リリスは魔王の娘としての強大な魔力を持っているが、昨日のスタンピードで消耗しきっている上に、まだ人間の身体(依代)に馴染んでいない。


「くっ、下等生物ごときが……! 『ダーク・フレア』!」


リリスは小さな掌から黒い炎を放った。

しかし、男の一人が掲げた盾にあっけなく防がれる。


「はんっ、子供の火遊びだな!」

「なっ……!?」

「捕まえろ! 商品に傷をつけるなよ!」


男たちが一斉に襲いかかる。


「いやっ! 離せ! パパぁ! 海人ぉぉぉぉ!」


リリスは叫んだ。

魔界では誰もがひれ伏す自分がこんな薄汚い人間たちに捕まるなんて。

恐怖で涙が溢れる。

鎖が手首に巻き付き魔力が封じられる


「へへへ、大人しくしな。可愛がってやるからよ」


男の薄汚い手がリリスの頬に伸びる。


その時だった。


ザッ、ザッ、ザッ。


静寂な森に場違いな音が響いた。

まるで庭掃除でもしているかのような軽快なリズム。


「あーん、もう。こんな所まで土が散らばってるなぁ」


木の陰からジャージ姿の青年が現れた。

右手に竹箒を持ち、サンダル履きであくびをしている。

雨宮海人だ。


「あ、いたいた。リリス、こんな所で何して……ん?」


海人は足を止め男たちを見た。

そして鎖に繋がれて泣いているリリスを見てきょとんとした。


「……おじさんたち、誰ですか? ハイキングにしては柄が悪いし……その鎖、何ですか?」

「ああん? なんだテメェは」


リーダーの男が凄む。


「俺たちは黒蛇団だ。邪魔すると殺すぞ、小僧」


男たちは殺気を放った。

普通ならこの殺気だけで一般人は腰を抜かす。

彼らはAランク相当の実力者集団なのだ。

しかし、海人は眉をひそめただけだった。


「黒蛇? 蛇なら冬眠してる時期ですよ。それに」 海人の視線がリリスの涙で濡れた頬に止まる。 その瞬間、彼の纏う空気がフッと冷たくなった。


「うちの子が泣いてるんですけど。……何かしました?」


男たちはゾクリとした。

なんだ? 急に気温が下がった気がする。

目の前の優男からとてつもないプレッシャーを感じる。

いや、気のせいだ。

魔力なんて感じないただの一般人じゃないか。


「チッ、目撃者は消すか。おい、やっちまえ!」


リーダーの合図で部下の二人が海人に飛びかかった。

手には毒塗りのナイフとスタンガン(魔導式)。


「死ねぇ!」

「あぶなっ!」


海人は反射的に動いた。

襲ってくる男たちを「敵」として認識したわけではない。


「庭掃除の邪魔をするマナーの悪い人たち」として認識したのだ。

そして彼の手には「掃除用具」があった


「コラ! 刃物なんか振り回しちゃダメだろ! 危ないから退きなさい!」


海人は竹箒を構え横薙ぎに振るった。


『農具の呼吸・肆ノ型――大掃除グランド・スイーパー


ブォォォォォォンッ!!!!!


爆音。

いや、それは風切り音のレベルを超えていた。

海人が箒を一振りした瞬間、台風のような暴風が発生したのだ。


「は……?」


飛びかかった二人の男は自分たちの体が宙に浮くのを感じた。


「え? あ、あれ……?」


次の瞬間、彼らは木の葉のように吹き飛んでいた。

キリモミ回転しながら空の彼方へ。


「「ギャアアアアアアアアアアアアッ!?」」


星になった。


「なっ……!?」


残されたリーダーと部下たちは口をあんぐりと開けて空を見上げた。

何が起きた? あの男が箒を振ったら部下が消えた。


「て、テメェ! 魔法使いか!? 風魔法か!?」

「魔法? 何言ってるんですか。ただの掃除ですよ」


海人は箒の先をトントンと地面で揃え、一歩踏み出した。


「で、リリスを返してくれますか? ご飯の時間なんで」

「ひ、ひぃッ!?」


男たちは後ずさる。

本能が警鐘を鳴らしている。

この男はヤバい。

関わってはいけない存在だ。


「や、やれ! 全員でやれ! 魔法もアイテムも全部使え!」


リーダーが半狂乱で叫ぶ。

残りの三人が火炎魔法やボウガンを一斉に発射した。


ドォォン! バシュッ!


しかし。


ザッ。


海人は面倒くさそうに箒を縦に振った。

発生した「真空の壁」が、炎も矢も全て弾き返し掻き消した。


「だから危ないって言ってるでしょ! 山火事になったらどうするんですか!」


海人は少し怒った。


「もういいです。君たち、山を降りなさい。ここは私有地です!」


海人は箒を大きく振りかぶり、男たちに向かって全力で「掃き出し」を行った。


「そこをどけぇぇぇぇッ!」


ズドォォォォォォォン!!


衝撃波が地面を抉り直進する竜巻となって男たちを飲み込んだ。


「あ、ありえねぇぇぇぇぇ!!」

「覚えてやがれぇぇぇぇぇ!!」


残りの男たちも、リーダーも、鎖も、武器も、すべてが纏めて吹き飛ばされた。

彼らは数キロ先の麓の警察署の駐車場までダイレクトに「不法投棄」されることになるのだが、それはまた別の話である。


「ふぅ。やっと静かになった」


海人は箒を下ろし額の汗を拭った。

目の前には綺麗サッパリ片付いた地面と、ポツンと座り込んでいるリリスだけが残っていた。


「リリス、大丈夫か? 怪我はない?」


海人が駆け寄りしゃがみ込む。

リリスは呆然としていた。

口をパクパクさせ、海人と、男たちが消え去った空を交互に見ている。


「……か、海人……?」

「ん?」

「今の……魔法か? それとも神器か?」

「だから掃除だって。ほら、服が汚れちゃってるじゃないか」


海人はリリスの服についた泥を優しく手で払った。

そしてポケットからハンカチを取り出し、リリスの涙で濡れた顔を拭いた。


「怖かったな。変な人たちに絡まれて」

「う……うぅ……」


リリスの瞳が揺れる。

さっきまでの恐怖。

絶望。

それを、この男は「掃除」の一言で吹き飛ばした。

圧倒的な強さ。

そしてこの温かい手。

リリスの中で何かが決壊した。


「うわあああああん! 海人ぉぉぉぉ!」


リリスは海人の胸に飛び込んだ。


「怖かった! 食われるかと思った! 怖かったよぉぉぉ!」

「よしよし、もういないからな。俺が追い払ったから」


海人はリリスを抱きしめ背中をトントンと叩いた。


「……パパ」

「え?」


リリスは小さな声で呟き海人の服をギュッと握りしめた。


「パパみたいに強かった……。我を守ってくれた……」


魔界の父(魔王)は強かったが冷酷だった。

こんな風に抱きしめてくれたことなど一度もない。

リリスは初めて本当の「安心」を知ったのだ。


「パパはちょっと老けてるからなぁ。お兄ちゃんでいいか?」


海人が苦笑いする。

リリスは顔を上げ、鼻を真っ赤にしてそれでも精一杯の笑顔を見せた。


「……うん。お兄ちゃん!」

「よし。じゃあ帰ろうか。今日の昼ごはんはオムライスだぞ」

「オムライス! 食べる! 特盛りで!」

「ははは、リリスは食いしん坊だな」


海人はリリスを肩車して家路についた。

夕日が二人の背中を照らしている。

その背中でリリスは心に誓った。


(決めた。我はこの人間……いや、お兄ちゃんのものになる。誰にも指一本触れさせぬ。もしまた敵が現れたら……今度は我がお兄ちゃんを守るのじゃ!)


そして、その夜。

海人の家に新たな来訪者が現れようとしていた。


「……ここですね。強大な闇の魔力を感じます」


山道の入り口に立つ純白の法衣を纏った金髪の美女。

世界最大宗教『聖光教』の聖女、アリシア・サンクチュアリだ。

彼女は手にした錫杖しゃくじょうを握りしめ、厳しい表情で山を見上げた。


「魔王の娘……そして、それを匿う謎の男。世界を混沌に陥れる邪悪な存在ならこの私が浄化しなければなりません」


彼女の背後には教団の精鋭部隊である「聖殿騎士団」が控えている。


行きますよ。神の御名において!」


聖女の襲来。

それは海人にとって、「宗教勧誘のお姉さん」との出会いを意味していた。

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