朝起きたら数万本の大根が走って逃げていたので、「収穫祭(スタンピード)」を開催することにした件
翌朝。
小鳥のさえずりと共に、俺、雨宮海人は目を覚ました。
昨夜の鍋パーティーは楽しかった。
レオくんも凛華さんも、さらにポチとクロまで雑魚寝してしまっている。
なんて平和な朝だろう。
俺はあくびを噛み殺しながら日課である朝の畑の見回りへと向かった。
「さて、今日の間引き大根はどうなってるかな……」
縁側からサンダルを履いて庭に出る。
そして、目の前の光景を見て俺は硬直した。
「……ない」
ないのだ。
昨日まで青々とした葉を茂らせていた広大な大根畑が。
ものの見事にすっからかんになっている。
地面には無数の穴が空いているだけ。
「ええっ!? 泥棒!? いや、こんな大規模に!?」
俺は慌てて周囲を見渡した。
すると遠くの方から『ズズズズズ……』という地響きのような音が聞こえてきた。
目を凝らすと畑の先にある山道――麓の街へと続く一本道――を白い「何か」の大群が埋め尽くしているのが見えた。
よーく見てみる。
二股に分かれた根っこを器用に足のように動かし、葉っぱを振り乱して全力疾走しているのは……。
「大根だ! 大根が逃げてる!」
俺は頭を抱えた。
そうだ思い出した。
ばあちゃんが言っていた。
『いいかい海人。この山の野菜は元気が良すぎてな。収穫時期を逃すともっと広い土を求めて「渡り」を始めるんじゃよ』
まさかそれが今日だったとは。
あの大根たち、市場に出せば一本数百円にはなるはずだ。
それが数万本。
「損害額、数千万円……!」
俺の顔から血の気が引いた。
「大変だ! みんな起きてくれ! 緊急事態だ!」
俺は家の中に駆け込み、銅鑼(ドラ・実は魔除けの鐘)をガンガンと打ち鳴らした。
「Enemy attack!?(敵襲か!?)」
「なにごとですか!?」
レオと凛華が飛び起きてくる。
「海人さん、敵はどこですか! ドラゴンですか!?」
「違う! 野菜だ! 野菜が逃げたんだ!」
「……はい?」
凛華がポカンとする。
俺は彼女の手を引いて庭へ連れ出した。
「あれを見てくれ!」
俺が指差した先。
山道を埋め尽くす白い軍団。
凛華とレオはその光景を見て絶句……するかと思いきや、戦慄の表情を浮かべた。
「あ、あれは……『マンドラゴラ・ランナー(強走変種)』の大群……!?」
「No way... あの規模、一万、いや三万はいるぞ!」
「スタンピード(魔物の氾濫)だわ……! あんなのが麓の街に雪崩れ込んだら街が壊滅する!」
二人は青ざめている。
やはり都会の人から見ても食料の逃走は由々しき事態らしい。
「そうなんだよ! 街に行かれたら誰かに拾われて食べられちゃうだろ!? 俺の丹精込めた野菜が!」
「(食べられるどころか、人間が養分にされるんだけど……)」
凛華は何か呟いたが俺はそれどころではなかった。
「みんな、手伝ってくれ! 今すぐ追いかけて『収穫』するぞ!」
俺は鍬をレオに収穫用の網を凛華に投げ渡した。
「ポチ! クロ! お前たちは先回りして群れの先頭を足止めしろ!」
『ワォン!(御意!)』
『キュウ!(任せろ!)』
二匹の獣が、風のように駆け出した。
「Wait, Master! 俺たちはどうすれば!?」
「レオくんは右翼から! 凛華さんは左翼から追い込んでくれ! 傷つけないように優しく捕まえるんだぞ!」
「Are you crazy!? あのマンドラゴラの群れに突っ込めってのか!?」
「野菜にビビっててSランクが務まるか! 行くぞッ!」
俺は軽トラ(祖母の改造車)のエンジンを掛けアクセルをベタ踏みした。
「うわああああん! もうヤケだあああ!」
レオと凛華も覚悟を決めて走り出した。
こうして世界を震撼させる「第一次・大根収穫戦争」の幕が切って落とされた。
場所は変わって大根の群れのド真ん中。
土煙舞う轟音の中で一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんなのじゃこれは……?」
少女の名はリリス・ドラグノフ。
黒いゴシックドレスに身を包み、頭には小さな角、背中にはコウモリのような羽を持つ、正真正銘の「魔族」である。
彼女はこのダンジョンの最下層よりもさらに深く、「裏ダンジョン」と呼ばれる魔界からやってきた魔王の一人娘だった。
「我はただ、退屈な魔界を抜け出して人間界を征服しに来ただけなのに……」
初めて踏んだ地上の土。
美味しい空気。
さあ、人間どもを恐怖に陥れてやろうと意気込んだ直後。
彼女は地平線を埋め尽くす「白い悪魔(大根)」の波に飲み込まれたのだ。
「ど、どけ! 下等生物ども! 我は魔王の娘ぞ!」
リリスは小さな掌から闇魔法『ダーク・バレット』を放つ。
しかし。
ボフンッ。
大根の分厚い皮に弾かれ傷一つつけられない。
逆に大根たちは「邪魔だどけー!」と言わんばかりに、太い足でリリスを蹴り飛ばしていく。
「あ痛っ! 蹴るな! ドレスが汚れる!」
ドスッ! バスッ!
四方八方から大根タックルを受けるリリス。
「うぅ……痛い……怖い……パパぁ……」
世界征服どころではない。
彼女は今、人生(魔生)で初めて「野菜に轢き殺される」という情けない最期を迎えようとしていた。 その時だった。
『そこの子供! 危ない!』
頭上から声が聞こえた。
リリスが涙目で顔を上げると、軽トラックの荷台から飛び降りてくる一人の男が見えた。
雨宮海人だ。
彼は空中で鍬を構え叫んだ。
「収穫奥義・円月刈り!!」
ヒュンッ!!
男が鍬を一閃させると衝撃波が円状に広がり、リリスの周囲にいた数十本の大根が一斉に「スポーン!」と宙に舞い上がった。
葉っぱの部分だけが綺麗に絡め取られ大根本体が無傷でネットの中に収まっていく。
神業だった。
「だ、大丈夫か!?」
男が着地しリリスに駆け寄ってくる。
リリスはその男から放たれる圧倒的な「強者のオーラ(実はただの農業への情熱)」に息を呑んだ。
(な、なんだこの人間は……? 我の魔法が通じなかった魔物(大根)を、一撃で……?)
「お、お主は何者じゃ……?」
リリスが震える声で尋ねる。
男は爽やかに笑って言った。
「俺? 通りすがりの農家だよ。怪我はないか? こんな所で遊んでると危ないぞ」
「の、農家……?」
こんな化け物が農家なわけがあるか。
リリスが混乱している間に周囲の大根たちが再び迫ってくる。
「っと、まだ来るな。レオ! 凛華さん! 網だ!」
「OK, Master! 『フレイム・ネット(炎の網)』!」
「はあっ!『乱れ氷華(氷の檻)』!」
左右から赤髪の男と剣を持った女が現れ、魔法と剣技で大根の群れを次々と捕獲していく。
そして前方からは巨大な銀狼と黒竜が、羊飼いのように群れを押し戻してくる。
「す、すごい……。Sランク級の使い手が二人と、神話級の魔獣が二匹……。こやつ、軍団長か……?」
リリスは戦慄した。
この男間違いなく人間界の王だ。
「よし、これで大体確保したな」
海人は山のように積み上げられた大根(気絶済み)の山を見て満足げに頷いた。
そしてへたり込んでいるリリスを見た。
「お嬢ちゃん、迷子か? 服が泥だらけじゃないか」
「う……うぅ……」
リリスは、安堵と恐怖と、そして男の優しさに触れて張り詰めていた糸が切れた。
「うわあああああん! 怖かったよおおおおお!」
魔王の娘のプライドなどかなぐり捨てて、彼女は海人の腰にしがみついて泣き出した。
「よしよし怖かったな。もう大丈夫だぞ」
海人は困ったように、でも優しくリリスの頭(角の間)を撫でた。
一時間後。
大根の群れは全て回収され、軽トラの荷台とレオ・凛華の背負いカゴに満載された。
俺たちは家に戻り縁側で休憩していた。
「ふぅ、ひどい目に遭った。でもまあ一本も逃さなくて良かった」
俺は冷たい麦茶を飲み干した。
そして、隣に座っている小さな少女――リリスを見る。
彼女は海人のジャージ(ブカブカ)を着て涙目で鼻をすすっていた。
泥だらけのドレスは洗濯中だ。
「さて、お嬢ちゃん。名前と家は言えるか? 親御さんに連絡しないと」
俺が聞くと、少女はハッとして慌てて威厳を取り繕った。
「ふ、ふん! 気安く触るでない! 我の名はリリス・ドラグノフ! 深淵を統べる魔王の娘にして、次期魔界の支配者じゃ!」
少女は胸を張って宣言した。
「リリスちゃんか。魔王の娘……うんうん、最近のアニメは設定が細かいねぇ」
俺はニコニコと頷いた。
この辺には民家がない。
多分、コスプレ撮影に来ていた親とはぐれたのだろう。
角とか羽とか精巧な作りだ。
最近のコスプレ衣装はすごい。
「違う! 設定ではない! 本物じゃ! 貴様、我の魔力を感じぬのか!」
リリスが小さな手からポッと黒い炎を出して見せる。
「おっ、すごい手品だ。ライター仕込んでるのかな?」
「ぬがああああ! 馬鹿にしておるのか!」
リリスがジタバタと暴れる。
その時彼女のお腹が『グゥ~』と盛大に鳴った。
ピタッ、と動きが止まるリリス。
顔が真っ赤になる。
「……プッ。あはは、魔王様もお腹は空くんだな」
「う、うるさい! 貴様らが変な野菜をけしかけるからエネルギーを消費したのじゃ!」
「悪かったよ。お詫びに何か作るよ。何が好きだ?」
「……にく。あと、あまいもの」
「了解。じゃあ、大根も大量にあるし、『大根と豚肉の甘辛煮』にするか。最高に美味いぞ」
俺は立ち上がり台所へ向かった。
数分後。
リリスの前に湯気の立つ小皿が出された。
飴色に煮込まれた大根とトロトロの角煮。
「……なんだこれは。黒い塊……毒か?」
リリスは警戒しながらも匂いに釣られて一口食べた。
瞬間。
カッッ!!
「!?!?!?」
リリスの脳天に電流が走った。
美味い。美
味すぎる。
魔界の食事といえば、硬い魔獣の肉か泥のようなスープしかない。
それに比べてこの大根はどうだ。
噛んだ瞬間にジュワッと溢れ出す出汁の旨味。
角煮の濃厚な脂。
「う、うみゃああああああああ!!」
リリスは叫んだ。
「なんじゃこれは! 人間界にはこんな『快楽物質』があるのか!?」
「ただの煮物だよ。おかわりあるからな」
「食う! 全部食う! 我の胃袋に収めるのじゃ!」
リリスは猛烈な勢いでガツガツと食べ始めた。
その様子をレオと凛華が苦笑しながら見ている。
「……Boss, That girl is definitely a Demon(あの子、間違いなく魔族だぞ)」
「ええ。魔力が桁違いよ。でも……」
凛華は口の周りをタレだらけにして笑うリリスを見て微笑んだ。
「海人さんのご飯の前では魔王も形無しね」
こうして俺の家にまた一人、新しい居候(家出少女)が増えることになった。
彼女が本当に「世界を滅ぼせる魔王の娘」だと俺が知るのはもっと先の話。
今はただ、大根の収穫祭が無事に終わったことを祝うとしよう。
一方その頃。
麓の街の観測所では観測員たちが首を傾げていた。
「おい、さっき山の方ですごい魔力反応があったよな?」
「ああ。スタンピード規模の波形が……あれ? 消えた?」
「一瞬で反応が消失しました。……誤作動か?」
「だろうな。あんな山奥でスタンピードが一瞬で鎮圧されるなんてありえないし」
世界は今日も、海人のおかげで(無自覚に)救われていた。




