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ループ100回目の悪役令嬢は、もう平穏に昼寝がしたい  作者: 河合ゆうじ
究極の安眠を手に入れるための戦争

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第53話 革命という名の害虫駆除計画

わたくしの、あまりに個人的で、どこまでも不遜な「安眠確保闘争」開始の宣言。

本来なら正気を疑われても仕方のない、一人の少女の途方もない我儘――のはずだった。

けれど、あの場でそれを笑う者は一人もいない。

彼らは知ってしまっていたからだ。イザベラ・フォン・ヴァレンシュタインという、美しい皮を被った怠惰な化け物が、安眠のためなら平然と国を動かし、人の心を操り、歴史すら作り替えることを。


数日後。

ヴァレンシュタイン公爵邸で最も日当たりの良い豪奢な客間は、いつの間にか反乱軍の作戦司令室に化けていた。

といっても、地図を広げ怒号が飛ぶ泥臭い革命家の姿はどこにもない。

美しいアンティークの円卓を囲み、まるで優雅な午後のティータイムのような一団がいるだけ。


「――それで、アルブレヒト。貴族院の石頭どもはどうだ。まだ王家の犬をやめられんのか」


口火を切ったのはカイン・アシュフィールド。もはやただの騎士見習いではない。イザベラの「一番の剣」として武力部門を一手に担う若き将軍の顔をしていた。翠の瞳はこれまでにない光を宿す。


父である公爵に対する無礼な口ぶりに、侍女のアンナがひっ、と息を呑む。しかしアルブレヒト公爵は気にも留めず、手入れの行き届いた髭を指で捻りながら答えた。

「ふん。犬は飼い主がいなくなれば、すぐ新しい主人を探すものだ。ユリウス王子という最大の庇護者を失った今、やつらは右往左往するだけ。あとは誰が最初に我らの足元で尻尾を振るか、チキンレースの真っ最中よ」

老獪な政治家としての絶対的な自信が声に滲む。


「ですが油断はできませんわ。王宮の奥深くには、なお国王陛下に盲従する旧体制派の重鎮が残っています。彼らをいかに無力化するかが鍵です」

冷静に分析したのはエミリア・ブラウン。もはや怯える子リスではない。ヘーゼルナッツ色の瞳に、信じるもののために戦う意志の光。彼女は神殿の若き改革派と連携し、狂った儀式の非人道性を民へ説いて回る役目を担っている。


「その点はご心配なく。王宮の隅々に、いくつか面白い『噂』を撒いておきましたので」

部屋の隅の影に溶けるように立っていたノアが、にやりと笑う。

「『陛下は近頃ひどく物忘れが激しい』、『重要な国事はすべて側近任せ』、『夜な夜な地下から謎の呻き声』……まあ、他愛ないゴシップです。ですが火のない所に煙は立たぬ。疑心暗鬼という小さな火種は、やがて王宮という古い木造家屋を内側から焼き尽くす大火へ育つものですぜ」


父の政治力。

カイン様の武力。

エミリアさんの人心掌握。

ノアの情報操作。


それぞれが持ち場で完璧に仕事をこなす。実に素晴らしい。実に頼もしい仲間たち。


そして、その中心にいるはずのわたくしは――


「……アンナ」


白熱する作戦会議の真っ只中、静かに侍女の名を呼んだ。


「はい、お嬢様。何でございましょう」

「この紅茶ですが」

「はい」

「少し、ぬるいですわ」


その一言。

部屋の空気が一瞬で凍りつく。

アルブレヒトも、カイン様も、エミリアさんも、ノアも。揃って信じられないという顔。

この国の未来を左右する重要会議の最中に、総司令官様は紅茶の温度に文句をおっしゃっている。


「も、申し訳ございません! すぐ淹れ直してまいります!」

血相を変えてティーカップを下げようとするアンナ。


「待ちなさいな」

彼女を制す。

「問題は温度だけではございませんの。この茶葉――昨年のダージリン・セカンドフラッシュでしょう? 香りは悪くありませんが、渋みが立ちすぎている。今のように頭を使う面倒な状況には、もう少し輪郭のはっきりしたアッサムの方が適しているのではなくて?」


「……」


誰も何も言えない。

絶対君主のあまりにマイペースなお言葉に、ただ呆然と立ち尽くす。


わたくしは視線など意にも介さず続ける。

「それと、この椅子。意匠は結構ですが、クッションが少々硬すぎますわ。これでは長時間の思索には向きません。わたくしの安眠を妨げる原因にもなりかねない。後で御用達の家具職人に連絡して、最高級のグリフォンの羽毛を詰めた新しいものを作らせなさい」


どこまでも自分本位で、この状況とはかけ離れた要求――のはず。

だが、わたくしの一見ただの我儘にしか聞こえない言葉の端々に、彼らは気づき始めていた。

この少女の言葉には必ず、どこかに深い意味が隠れている、と。


沈黙を破ったのは父アルブレヒト。

何かに深く納得したように大きく頷く。

「……なるほどな、リリィ。お前の言う通りだ。戦は兵の力だけでは決まらぬ。それを支える兵站――すなわち紅茶の温度や椅子の座り心地といった些事こそ、兵……いや指揮官の士気を左右する。お前はそれを我らに教えようとしていたのだな。さすが我が娘。その慧眼、父も見習わねば」


(……いえ、お父様。わたくしは単に、ぬるい紅茶と硬い椅子が嫌いなだけですけれど)


内心で呟くが、もちろん口には出さない。

人の勘違いは時に物事を良い方向へ転がす、便利な潤滑油だ。


父の盛大な勘違いを皮切りに、他の面々も次々とわたくしの神がかったお言葉の真意を、自分なりに解釈し始めた。


「そうか……紅茶の渋み! それは今の計画の詰めの甘さを暗に示された! 確かに貴族院の掌握だけでは足りない。次段の民衆支持の具体的ビジョンが曖昧だった……!」

カイン様が大発見でもしたように目を輝かせる。


「椅子のクッション……そうですわ! 私たちは革命の成功ばかりに気を取られ、その後の新しい国を支える長期の土台づくりを疎かにしていました! 国民一人一人が安心して座れる柔らかな椅子――それこそ真の革命……!」

エミリアさんは感涙にむせび、拳を握る。


(……皆様、本当に想像力が豊かですこと。その才能、もっと別の生産的な方向にお使いになればよろしいのに)


暴走する解釈を止めるのは諦めた。

まあ、よろしい。やる気になるなら、わたくしの手間が省ける。


彼らが再び白熱した議論を始めるのを横目に、窓外をぼんやり眺める。

ああ、良いお天気。庭の木漏れ日が実に気持ちよさそう。

こんな日は難しい話などやめて、さっさと昼寝に限るのに。


「――それで、イザベラ様」

一段落したのだろう。ノアがいつの間にか隣に立っていた。

「我らが一大事業、相応しい作戦名をお決めに?」


作戦名。いかにも面倒な響き。

心の底からうんざりして、ため息。


「……そんな大げさなものは不要ですわ。これは戦争でも革命でもございませんもの」

「と、申しますと?」


「ただの――『害虫駆除』ですわ」

きっぱりと言い切る。

「わたくしの安眠を、しつこく無粋に妨げる騒がしい害虫を、少しだけお掃除する。――ただそれだけのこと」


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