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ループ100回目の悪役令嬢は、もう平穏に昼寝がしたい  作者: 河合ゆうじ
究極の安眠を手に入れるための戦争

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第49話 瓦礫の中の選択

ゴォォォォンッ!


世界が、終わる音だった。

わたくしの、鼓膜を突き破るかのような、地響きにも似た轟音。一瞬の、浮遊感。そして、次の瞬間、背中を強かに打ち付ける、硬い、石の感触。

舞い上がる、おびただしい数の、砂塵。それは、千年の時を吸い込んだ、古代の石の、断末魔の叫びだった。息が、できない。視界は、闇と、埃と、そして、時折、明滅する、瀕死の星々の光だけで、満たされている。


「……けほっ、けほっ……」


わたくしの、喉から、思わず、咳が漏れた。

ああ、もう。せっかくの、上質なドレスが、台無しですわね。アンナに見られたら、きっと、悲しい顔をなさるでしょう。

そんな、どこか、他人事のような思考が、この、混沌の中心で、妙に、クリアに、頭をよぎる。

パニック? 恐怖?

いいえ。それらは、九十九回の絶望の中で、とっくの昔に、わたくしの心から、抜け落ちてしまった、感情だった。

今の、わたくしの心を支配しているのは、ただ一つ。


(――ああ、なんと、面倒なことでしょう)


その、純粋で、そして、底なしの、うんざりとした、感情だけ。


やがて、舞い上がっていた砂塵が、少しずつ、その重みに耐えかねて、地上へと降りてくる。視界が、徐々に、開けてきた。

そこは、もはや、わたくしが知る、あの、神聖で、美しい、星見の間ではなかった。

ただの、巨大な、石の、墓場だった。


「……衛兵! 衛兵はどこだ! わたくしを、わたくしをここから出せッ!」


その、金切り声は、今まで、わたくしが聞いてきた、あの、傲慢で、自信に満ち溢れた、王子の声とは、似ても似つかぬ、ただ、恐怖に、ひきつれた、哀れな、少年の声だった。

視線を向ければ、ユリウス殿下が、その、純白の軍服を、泥と、血で汚しながら、瓦礫の山の中を、見苦しく、這いずり回っているのが、見えた。王子の威厳も、支配者の驕りも、そこには、一片も、残されてはいない。ただ、死の恐怖から、逃れたい一心で、もがいている、一匹の、哀れな、獣がいるだけだった。


(まあ、無様ですこと。あれが、この国の、次代の王、ですって? この国も、どうやら、もう、終わりですわね)


わたくしは、冷ややかに、そう、結論付けた。

次に、わたくしの視線は、別の方向へと、向けられる。

黒曜石の、祭壇。

その、美しくも禍々しい祭壇は、かろうじて、その原型を、留めていた。

なぜなら。

その、祭壇の上に、覆いかぶさるようにして、一つの、巨大な岩盤が、今、まさに、その全てを、押し潰そうとしていたからだ。

そして、その、岩盤と、祭壇の、間に。

一人の、老人が、その、枯れ木のような、細い体で、必死に、その、絶望的な重みを、支えようとしていた。


星詠みの、番人。

彼は、もはや、わたくしを、見てはいなかった。その、星の光を宿した瞳は、ただ、ひたすらに、自らが、千年間、守り続けてきた、この、聖なる祭壇だけを、見つめていた。

彼の、全身の骨が、軋む音が、ここまで、聞こえてきそうだ。口の端から、血の泡が、ふつふつと、湧き上がっている。


「……星よ、我が同胞よ……。どうか、安らかに、眠りたまえ……」


それが、彼の、最後の言葉だった。

次の瞬間、岩盤は、彼の、その、か細い抵抗を、無慈悲に、粉砕した。

ぐしゃり、という、鈍く、そして、湿った音。

老人の体は、もはや、ただの、肉塊と化した。しかし、彼は、その、最後の、最後の瞬間まで、祭壇から、手を離そうとは、しなかった。

彼の、千年の役目は、今、ここで、終わったのだ。


(……ご苦労様でしたわね、番人殿。これで、あなたも、ようやく、ゆっくりと、眠れるでしょう)


わたくしは、心の中で、静かに、そう、弔いの言葉を、送った。

それは、同情ではない。ただ、一つの、役目を終えた者に対する、純粋な、労いの、言葉だった。


さて、と。

わたくしは、ゆっくりと、自分の状況を、確認する。

ユリウス殿下は、パニック状態。使い物には、ならない。

星詠みの老人は、死亡。これで、面倒な説教を聞かされることも、もう、ない。

では、残る、二人は?


「――お姫様! ご無事ですかい!?」


瓦礫の山の中から、まるで、泥の中から咲いた、蓮の花のように、ひょっこりと、顔を出したのは、ノアだった。彼の、その、夜色の髪は、埃まみれだったが、その銀の瞳だけは、いつものように、冷静な、光を失ってはいなかった。

そして、彼の、その腕の中には。

一人の、少女が、気を失ったまま、まるで、壊れ物でも抱えるかのように、大切に、抱えられていた。

エミリア・ブラウン。

彼女の、その、暴走していた、光の力は、気絶したことによって、ようやく、その輝きを、収めているようだった。


わたくしは、内心で、安堵のため息をついた。

(ああ、よかった。これで、わたくしの、今後の安眠は、保証された、というわけですわね)


ノアの、その、抜け目のなさに、感心していると、彼の、もう片方の手が、何か、小さなものを、素早く、拾い上げるのが、視界の隅に、映った。

それは、先ほど、星詠みの老人が、岩盤に潰される、その、直前に、その手から、こぼれ落ちた、何か。

星の形を、かたどった、小さな、小さな、古びた、鍵。

ノアは、その鍵が、何であるのかを、確認するでもなく、まるで、熟練のスリのように、音もなく、それを、自らの懐へと、滑り込ませた。


彼の、その、ちゃっかりとした行動に、わたくしは、思わず、少しだけ、笑みがこぼれそうになるのを、必死で、こらえた。

本当に、この男は。

この、世界の終わりのような状況下でさえ、次なる、物語の、種を、拾うことを、忘れないのだから。


これで、役者は、揃った。

状況も、把握できた。

あとは、どうするか。


わたくしの、頭の中で、完璧な、損益計算が、高速で、開始される。


【案件1:星詠みの老人】

ステータス:死亡。

今後の、安眠妨害ポテンシャル:ゼロ。

必要なアクション:なし。結論:放置。


【案件2:エミリア・ブラウン】

ステータス:気絶。ノアが確保済み。

今後の、安眠妨害ポテンシャル:中。泣き声が、夢に出てくる可能性、あり。ただし、現在は、沈静化。

必要なアクション:ノアに、安全な場所への、移送を指示。結論:要監視。


【案件3:ユリウス・テオ・ド・ラ・ファイエット】

ステータス:生存。ただし、精神的錯乱状態。

今後の、安眠妨害ポテンシャル:高。極めて、高。この男を生かしておけば、必ずや、また、わたくしの、平穏を脅かす、面倒事を、引き起こすに違いない。彼の、その、粘着質な性格は、九十九回の人生で、嫌というほど、証明済み。

必要なアクション:根本的な、原因の、排除。


――結論は、出た。


わたくしは、ゆっくりと、立ち上がった。

そして、今、この、混沌の、中心で、唯一、正常に、機能している、わたくしの、最も、有能な駒へと、指令を、下す。


「ノア!」


わたくしの声は、崩壊する轟音の中でも、驚くほど、クリアに、そして、鋭く、響き渡った。


「あなた、わたくしの、安眠を守る、義務がございますわよね?」


「はあ!? そりゃあ、まあ、契約では、そうなっておりますが……! さすがに、この状況で、お昼寝用の、枕を探せと、おっしゃるのではありますまいな!?」

彼は、今にも、崩れ落ちてきそうな、巨大な柱の影から、叫び返してきた。


「違いますわ。今すぐ、その、お荷物――エミリアさんを連れて、ここから、お逃げなさい」


わたくしの、その、あまりに、冷静な、指示。

ノアの、銀の瞳が、一瞬だけ、驚きに、見開かれた。


「……お姫様。あんたは、どうするんだ?」

彼の問いは、もっともだった。


わたくしは、その問いには、答えなかった。

ただ、ゆっくりと、瓦礫の中で、未だ、無様に、うずくまっている、ユリウスの方へと、振り向いた。

その、アメジストの瞳には、もはや、何の感情もなかった。

憐れみも、憎しみも、ない。

ただ、これから、最も、面倒で、最も、重要な「お掃除」を、始めようとする、絶対者の、冷徹な、光だけが、宿っていた。


「わたくしは」


彼女の、その、静かな声が、轟音の中で、響き渡る。


「この、『安眠妨害の、最大の元凶』に、少しだけ、お話が、ございますの」

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