表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ループ100回目の悪役令嬢は、もう平穏に昼寝がしたい  作者: 河合ゆうじ
わたくしの昼寝を邪魔するのはどなた?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/62

第25話 我が女王陛下

地下の静寂を、ノアの、乾いた笑い声が、まだ震わせている。

彼は、ひとしきり笑い終えると、まるで宝物でも見るかのように、その銀の瞳をわたくしに向けた。

「お姫様、あんたは、もはや、人間じゃない。盤上の全てを支配する、悪魔か、あるいは、女神そのものだ」


その、最大級の賛辞。

九十九回の人生で、一度も浴びたことのない種類の、畏怖のこもった言葉。

けれど、わたくしの心は、一ミリたりとも、動かなかった。


「どちらでもありませんわ」


わたくしは、優雅に、アンナが用意してくれていたハーブティーを一口飲むかのような、落ち着き払った仕草で、彼の言葉を、静かに否定した。


「悪魔になるには、情熱が足りませんし、女神になるには、博愛の精神が、致命的に欠如しておりますの。あなた、わたくしが、何のために、この、ひどく面倒な計画を立てているのか、まだ、お分かりにならない?」


「……え?」


「わたくしはただの、自分の安眠を、この世の何よりも、誰よりも、愛しているだけの、一人の女ですのよ」


その、あまりにもあっけらかんとした、真実。


その言葉を聞いた瞬間、ノアの顔から、全ての表情が抜け落ちた。

驚愕も、畏怖も、歓喜も、全てが消え去り、ただ、空っぽの、呆然とした表情だけが、そこにあった。


彼は、理解したのだ。

わたくしの、その行動原理の、常軌を逸した「純粋さ」を。


この女は、権力が欲しいわけではない。

富が欲しいわけでもない。

誰かに復讐したいわけでも、世界を救いたいわけでもない。


ただ、ひたすらに。

ただ、まっすぐに。

誰にも邪魔されず、心ゆくまで、安心して眠りたい。


その、あまりに個人的で、あまりにささやかで、そして、あまりに絶対的な、たった一つの目的のために。

この女は、国を動かし、人を操り、歴史すらも、平然と、作り変えようとしているのだ。


狂っている。

けれど、なんと、美しいのだろう。

なんと、気高いのだろう。

欲望や、虚栄や、偽善といった、ありとあらゆる不純物から、完璧に解き放たれた、その、究極の利己主義。

それこそが、何百年もの間、腐敗した王家や、欲望にまみれた貴族たちを、影から見つめ続けてきた彼にとって、初めて目にする、真の「王」の器に見えた。


「……ははっ」


ノアの口から、乾いた笑いが、再び漏れた。

けれど、それは、先ほどまでの、狂気じみた笑いではない。

何か、大切なものを、ようやく見つけ出した子供のような、嬉しそうで、そして、少しだけ、泣き出しそうな、そんな笑い声だった。


次の瞬間。

彼は、音もなく、その場に、片膝をついた。

情報屋の、人を食ったような、飄々とした態度は、そこにはもうない。

ただ、一人の騎士が、自らの全てを捧げるべき、唯一無二の君主を見出したかのように。

深く、深く、頭を垂れている。


石畳に、彼の膝がつく、硬い音が、静かな地下に、こつん、と響いた。


「……訂正します」


彼は、顔を上げないまま、静かに、しかし、はっきりと、そう言った。


「あんたは、悪魔でも、女神でもない。あんたこそが、俺が、ずっと探し求めていた……」


彼は、ゆっくりと顔を上げた。

その銀の瞳には、もはや、一片の遊びの色もなかった。

そこにあるのは、絶対の、揺るぎない、魂からの忠誠。


「――我が女王陛下、だ」


それは、誰かに与えられた称号ではない。

彼が、自らの意志で、わたくしに捧げた、魂の契約だった。


わたくしは、その、あまりにも大仰な言葉と、芝居がかった行動に、本日何度目になるか分からない、深いため息をついた。


「……呼び方は、お好きになさいな」


わたくしは、彼に背を向け、再び、王都の地図へと視線を落とした。


「ただし、その呼び名に相応しいだけの働きは、きっちりと、していただきますわよ。さあ、おしゃべりは、もう終わりです。わたくし、この面倒な計画を、一刻も早く終わらせて、お昼寝に戻りたいのですから」


その、どこまでもブレない、わたくしの言葉。

それこそが、彼が、最も聞きたかった答えであるかのように。

ノアは、跪いたまま、その口元に、心の底からの、満足げな笑みを、深く、深く、刻んだのだった。


「――その、狂気じみた、完璧な『害虫駆除』計画。このノア、謹んで、お手伝いさせていただきますぜ。ああ、まったく……」


彼は、わたくしには聞こえないほどの、小さな声で、呟いた。


「こんなに、胸が躍るのは、一体、いつ以来だろうな!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ