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ループ100回目の悪役令嬢は、もう平穏に昼寝がしたい  作者: 河合ゆうじ
わたくしの昼寝を邪魔するのはどなた?

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第24話 オペレーション・エターナルスリープ

静寂が、落ちていた。

わたくしの「害虫駆除」宣言を聞いたノアは、ただ、黙り込んでいた。彼の銀の瞳が、値踏みするように、あるいは、正気を疑うように、わたくしの顔と、わたくしの指先が置かれた王都の地図とを、行ったり来たりしている。


彼が、わたくしの計画を、ただの精神論や、感情的な暴走だと考えているのなら、それは大きな間違いだ。

わたくしは、いつだって、合理的かつ、効率的。

そして、何よりも、面倒事が、嫌いなのだから。


わたくしは、指先を、地図の上で、すっと滑らせた。最初の目標は、王都の心臓部、穀物市場。


「まず、第一段階。市民の『不満』を、最大限に煽りますわ」


「……煽る、だと?」


「ええ。ノア、あなたには、わたくしが支配下に置いたグライフスワルト通商ギルドと、他のいくつかの小規模ギルドに、ある『噂』を流していただきます。『王家が、軍備増強のため、近々、全ての食料品に、過去にないほどの重税をかけるつもりだ』、とね」


わたくしは、ティーカップを口に運ぶかのような、優雅な仕草で、続ける。


「同時に、彼らに、市場への商品の供給を、処刑当日までの三日間、完全に停止させるのです。理由は、何でもよろしい。『倉庫の棚卸し』でも、『輸送路で盗賊が出た』でも。真実味など、必要ありませんわ。ただ、市場から、パンと野菜が消えれば、それでいい」


ノアの銀の瞳が、わずかに、見開かれた。彼が、わたくしの意図を、即座に理解した証拠だ。


「……血を、一滴も流さずに、街の機能を麻痺させる気か」


「麻痺、だなんて。人聞きの悪いことですわね。これは、ただの『煙幕』ですのよ。市民の怒りの矛先が、ヤコブを不当に逮捕した王家へと向けば、警備兵たちの士気は下がり、統制は乱れる。処刑当日の広場は、ただの野次馬ではなく、王家への不満を抱えた、火薬庫のような群衆で、埋め尽くされることになる。これが、第一の煙幕ですわ」


わたくしは、次に、指先を、騎士団の兵舎が描かれた区画へと移動させた。


「次に、第二段階。騎士団という名の、『英雄』を、舞台に登場させます」


「……まさか」


「ええ。あなたから、カイン・アシュフィールド様へ、わたくしからの『極秘の指令』を、お伝えなさい。『ユリウス王子の近頃の横暴は、目に余る。我がヴァレンシュタイン家の権威を、民に示すため、処刑当日、王都の中央広場にて、騎士団の威信をかけた、過去最大規模の『公開演習』を行うべし』、とね」


わたくしの言葉に、ノアは、思わず、息を呑んだ。


「……あの忠犬の、純粋な忠誠心すら、あんたの駒の一つだと言うのか」


「人聞きの悪いことをおっしゃらないで。わたくしは、彼に、最も彼らしい、輝ける舞台を提供して差し上げるだけですわ。あの、単純な忠犬のことです。わたくしのため、そして、自らの正義のためと信じて、喜んで、その役目を引き受けるでしょう」


わたくしの指が、地図の上で、円を描く。


「処刑台のすぐ隣で、国で最も人気の騎士団が、華麗な剣技を披露する。群衆の目は、どちらに釘付けになるでしょうね? これが、第二の煙幕。人々の意識を、陰惨な処刑から、華々しいスペクタクルへと、完全に逸らすのです」


そして、わたくしは、最後に、地図の中央、王宮の地下牢が描かれた一点を、白い指先で、とん、と、軽く叩いた。まるで、チェスで、チェックメイトを告げるかのように。


「そして、その二つの巨大な煙幕によって、王都全体が、怒号と歓声の、混沌の渦に包まれている、その、ほんの数分の隙。そこが、あなたの出番ですわよ、ノア」


わたくしは、懐から、数枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。

そこには、王宮地下牢の、寸分の狂いもない見取り図、三日分の看守の交代シフト表、そして、牢獄から港へと続く、秘密の下水路の地図が、完璧な精度で描かれていた。九十九回分の人生で、密かに調べ上げた、わたくしだけの、秘密の知識。


「あなたには、この『脚本』通りに、動いていただく。誰にも気づかれることなく、ただ、眠っている子猫を拾い上げるように、ヤコブを連れ出すだけ。簡単なお仕事でしょう?」


静寂が、落ちる。

ノアは、もはや、何も言わなかった。

ただ、その銀の瞳で、わたくしの顔と、テーブルの上に広げられた、恐るべき計画の全てを、交互に見つめている。

彼の表情から、驚愕が消え、畏怖が浮かび、そして、やがて、それは、一種の、恍惚とした、狂信的な輝きへと変わっていった。


彼は、ゆっくりと、天を仰いだ。そして、まるで、堪えきれない、というように、くつくつと、喉の奥で笑い始めた。


「……くくく……ははははは! なるほど、なるぞな……!」


彼は、腹を抱えんばかりに笑いながら、涙目になって、わたくしを、改めて、見つめ直した。

その瞳は、もはや、人間を見るそれではない。理解を超えた、絶対的な存在を前にした、信者のそれだった。


「経済を操り、市民を扇動し、騎士団を陽動に使い、その大混乱の裏で、たった一人を、血の一滴も流さずに救い出す……」


彼は、息を呑んだ。そして、震える声で、言った。


「お姫様、あんたは、もはや、人間じゃない。盤上の全てを支配する、悪魔か、あるいは、女神そのものだ」

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