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ループ100回目の悪役令嬢は、もう平穏に昼寝がしたい  作者: 河合ゆうじ
わたくしの昼寝を邪魔するのはどなた?

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第18話 知的好奇心という名の麻酔

王立古代文献研究所は、わたくしの想像以上に、快適な場所だった。

高い、高い天井。床から天井まで、壁一面を埋め尽くす、膨大な数の書架。そこには、王国の歴史、失われた魔法、古代の詩篇など、忘れ去られた知識たちが、静かな眠りについている。


古い羊皮紙と、乾いたインクの匂い。埃が、窓から差し込む光の筋の中を、金色の霊魂のように、きらきらと舞っている。

何よりも素晴らしいのは、その完璧なまでの静寂だった。生徒たちの喧騒も、教師たちの説教も、ここには届かない。


(……まあ、なんて素晴らしい。ここは、まさに、眠りのための神殿ですわね)


わたくしは、研究所の奥にある、巨大な天球儀のそばに置かれた、ビロード張りの寝椅子を見つけた。日当たりも良く、人目にもつきにくい。最高の昼寝スポットだ。

わたくしは、早速そこへ向かい、研究という名目で持ち込んだ『古代竜言語の文法体系』という、最高に退屈な本を顔の上に広げた。完璧な偽装工作。


さあ、至福の時間の始まり……。


「――おや、お姫様。早速、最高の寝床を見つけましたな」


その、人を食ったような声は、わたくしの安眠計画を、開始五秒で打ち砕いた。

いつの間にか、ノアが、書架に寄りかかって、こちらを面白そうに見つめている。


「ごきげんよう、ノア。あなた、わたくしの監視が、お仕事ですの?」

わたくしは、本を顔に乗せたまま、不機嫌な声で答えた。


「まさか。俺は、あなたという、最も面白い研究対象を、観察しているだけですよ。それに、ただ眠っているだけでは、ループの謎は解けませんぜ?」


「謎を解くのは、あくまで、安眠を取り戻すための手段。目的と手段を、履き違えてはなりませんわ」

わたくしがそう言い返すと、彼は「ごもっとも」と肩をすくめ、一冊の、古びた羊皮紙の巻物を、わたくしの膝の上に、ぽとりと落とした。


「退屈しのぎに、これをどうぞ。王家の、公式には存在しないはずの、古い系譜図です」


わたくしは、仕方なく、顔の上の本をどけ、その巻物を広げた。そこには、代々の国王と、その近親者たちの名前が、細かな文字で記されている。九十九回、何度も見てきた、見慣れた名前の羅列。


「……何ですの、これは。退屈な歴史のお勉強なら、マーロウ教授だけで、もう十分ですわよ」


「まあ、そう言わずに。よくご覧なさい。特に、王の『死』の記録を」

ノアに促され、わたくしは、しぶしぶ、その日付に目をやった。


国王アルマン三世、崩御。王太子レオポルド、即位。

国王レオポルド、崩御。その弟、第二王子クラウス、即位。


特に、おかしな点はない。王家の歴史など、所詮は、退屈な死の記録の積み重ねだ。

そう思った、その時。ノアが、別の小さな紙片を、系譜図の横に置いた。


「では、こちらも一緒に。これは、当時の宮廷医師が、密かに書き残した、日誌の断片です」


その紙片には、こう記されていた。

『……陛下、崩御さる。されど、その魂の灯火、未だ消えず。新たなる『器』へと、星の定めは、その座を移したもう……』


「……『器』?」

わたくしは、初めて、眉をひそめた。その言葉は、わたくしの九十九回分の記憶には、存在しない単語だった。


「ええ、『器』です」とノアが言う。「そして、もう一つ、奇妙な点が。こちらの系譜図をご覧ください。国王が崩御し、次の王が即位するまでの期間が、どの代も、驚くほど短い。まるで、死ぬことが、あらかじめ分かっていたかのように、スムーズな権力の移譲だ。不自然だとは、思いませんかな?」


わたくしは、二つの資料を、交互に見比べた。

王の死。スムーズな代替わり。そして、魂を移す、『器』という言葉。

ばらばらだった情報が、脳内で、一つの線を結び始めようとしている。


「……まさか」

わたくしの口から、無意識に、言葉が漏れた。

「王は、死んでいない、とでも……? ただ、老いた肉体(器)を捨て、新しい、若い肉体へと、その魂を……」


「ご名答」

ノアは、満足げに、指を鳴らした。

「もし、そうだとすれば? 代々の王は、全て、同じ一つの魂を持つ、別人ということになる。そして、その魂の移し替えには、何らかの、大規模な儀式と、莫大なエネルギーが必要となるはずだ」


エネルギー。儀式。

わたくしのループ。ヴァレンシュタイン家の、聖女の血筋。

全てが、繋がった。


わたくしは、ぞくりとした感覚と共に、ある種の、知的な興奮を覚えていた。

それは、九十九回の退屈な繰り返しの中では、決して味わうことのなかった、未知のパズルのピースが、ぴたりとはまる瞬間の、脳髄が痺れるような快感。


(……ああ、妙ですわね。この感覚は)


心が、騒がしい。頭が、冴え渡る。

眠気など、どこかへ吹き飛んでしまっていた。


(いけませんわ。これでは、安眠の妨げになる。この、不快で、そして、少しだけ心地よい、この感情は、一体……)


「……どうやら、お姫様にも、ようやく、エンジンがかかってきたようですな」

ノアが、わたくしの表情の変化を見逃さず、面白そうに、にやりと笑う。

「その瞳……初めて、あなたが、本当に『生きている』人間のように見えますぜ」


「……戯言は、結構ですわ」

わたくしは、胸の内の、奇妙な高揚感を振り払うように、冷たく言い放った。

「わたくしは、ただ、情報を整理して、安眠を妨げる元凶を特定するための、準備運動をしているだけ。さあ、あなたも、おしゃべりはそこまでにして、次の資料を探してきてくださる? わたくし、この面倒な謎解きを、一刻も早く終わらせて、お昼寝に戻りたいのですから」


そう言って、わたくしは、再び、膝の上の魔導書へと視線を落とした。

しかし、その文字は、もう、少しも頭に入ってこなかった。


心の奥底で、長い間、眠り続けていた何かが、ゆっくりと、しかし確実に、目覚め始めていた。

それは、「知的好奇心」という名の、甘く、そして、ひどく厄介な、麻酔だった。

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