第91話 はぐれ犬に無闇にエサを与えてはいけません!!
「ねぇ〜え〜ウィル〜〜! お腹すいた! 干し肉ちょうだぁ〜い!!」
「ちょっと……ゔぇ、ヴェルテちゃん?! や、やめて……!?」
「干し肉ぅ〜〜!!」
床に仰向けになる僕に、ヴェルテは馬乗りの状態で笑っていた……かと思えば、急に僕の胸ぐらを掴むとゆさゆさと揺り始める。
「——き、気持ち悪いぃ……!?」
「——お肉ぅう!!」
ヴェルテは獣人であるからか、その力は常人に比べてパワフルだ。せっかく回復した僕の視界がグルグルと再回転し始める。
きっと、これは……あれだ。ヴェルテは、僕に干し肉をタカリにきたんだろうな……。
試験のあった日から、暇つぶしに僕は校舎裏の薮に顔を出すようになった。
それというのも……
『あ!? ウィル!!』
『ヴェルテ〜〜干し肉持ってきたぞぉ〜〜』
『——ッ!? わぁーーーーい!!!!』
たまにヴェルテに餌をやりにね。鳩への豆やりならぬ、犬への干し肉やりである。
僕の用があるのは夢境ダンジョンで、たまたま通り道だったから、ついでだったんだ。ヴェルテちゃんは代わりに頭を撫でさせてくれるし、ほんの出来心だった。
すると、あ〜〜ら不思議……ヴェルテちゃんは薮を抜け出して校舎内にまで僕を探しにくるようになった。干し肉を求めてね。
で——今に至るわけだ。
「ヴェルテ……僕の……ベルト……くくりつけた袋……」
「……ん? あ!? これだね!!」
——ッあ? ちょっと待ってヴェルテちゃん……今、手を離したら……
「——いでぇえ!!??」
再び、ゴンッ——と重低音。上体を引き起こした状態で急に手を離せばこうなる。僕の上半身は重力に引っ張られ再び後頭部を強打したのだ。
おいおい、これ……絶対タンコブになってるよ。なんなんだよ。チクショウ!!
「ムフフ〜〜♪ ほひひくほいひ〜〜♪(干し肉美味しい)」
そして、奪い取った戦利品にヴェルテはご満悦だ。
どうだ? 僕の痛みと引き換えに得た干し肉は、さぞ旨かろう?
って……ヴェルテちゃんに皮肉を言ったとしても、この天然危険物の犬には伝わらないんだろう。きっとね。
そんなニクは、彼女は求めちゃ〜いないからさ。
「ふふ……ウィル〜? 大丈夫かしら?」
「……だ、大丈夫なように見える?」
「質問に質問を返さないで。知らないわよそんなの」
そして、後頭部を擦る僕をアイリスはクスクスと笑いながら覗き込む。
他人事だと思って笑いやがって……ついイラっとしちまったぞ!
「それで、この可愛いらしい子は誰なの?」
「——ふみゅ??」
アイリスの興味は一瞬で僕を突き放し、馬乗りのまま舌鼓を打つヴェルテに移った。
「この子はヴェルテ……前の試験で僕と一緒だった子。ヴェルテちゃん。この人はアイリス。公爵令嬢」
「……元よ元。間違えないで。ふ〜〜ん? この子が?」
僕は簡単に互いのことを紹介した。まさか、床に転がり女の子の尻に引かれた状態で人の紹介をする日が来るとは……僕はどこで道を間違えたんだろうか?
「モグモグ——ッゴックン!! ふう! ヨイショっと!!」
ヴェルテは僕の声に反応すると、口の中の干し肉を飲み込み、ようやく退いてくれた。
すると……
「アイリスちゃん! どうも——ヴェルテと言います。どうか、おみしりおきを!」
僕の目に信じられないものが飛び込んできた。
あのヴェルテがだ。スカートの端を摘んでカーテシを決め、頭を下げて自己紹介をしたのだ。辿々《たどたど》しくはあったけど。
あのヴェルテがだよ!? 一体どういうことだ。
「あら。ご丁寧に——ストライド家、長女のアイリスよ。今は勘当されて令嬢ではないの。そんなかしこまった挨拶はいらないわ」
「そう? なら、よかった。私、これ苦手なんだぁ……」
「うんん。様になってたと思うわよ?」
「本当? えへへ……嬉し〜い!」
そして、2人は気さくに話しあってる。
なんだ? この光景??
「ちょっとウィル? あなたいつまで転がってるの?」
「え? いや……えっと……なんでヴェルテとそんな挨拶を??」
「……ッえ? あなた知らないの?」
知らない?? え?? なにが……??
「彼女、ヴェルテは貴族の子よ」
「——は??」
うん。ちょっと何を言ってるかわからない。
貴族? 奇族じゃなくて??
「ルピナス=ヴェルテ。隣、獣人国の一部族の族長の子。人の世で言えば貴族に該当するの。獣人は放逐主義でね。よく国を跨いで留学してくるのよ」
「へぇ〜〜はじめて知ったんですけど……??」
「あなた、知らないで接してたの? いつか、知らぬ間に不敬罪に問われそうね?」
だって、知らなかったんだもん! 仕方ないじゃないかァア!!
ヴェルテちゃんも教えてくれないんだもんよ!!
これでどう気づけっていうんだよ!!
てか、なるほどね。
前々からヴェルテを学園で見かけないなと思ってたけど……貴族科の生徒ならそりゃ〜会わないわけだ。こんな素っ頓狂の塊であるヴェルテが貴族って、世も末だよね〜〜。
「うんん! 気にしないで! 私……かしこまった挨拶……嫌〜い。難しいんだもん。でも、人間の国だと必要だって、父様がやれって言うの……」
だ、そうです。ヴェルテにも色々と事情があるようだ。
「……あ!? そうだ。よかったらヴェルテちゃんも一緒に食事はどう?」
「——え!? ご飯!! 私、お腹ペコペコ!!」
と、ここで急な話題の切り替え。アイリスがヴェルテも食事に誘った。
ちょっと待て——どうして、そんな流れに??
それにヴェルテちゃん? 君今、干し肉食べたでしょうがァア!?
「色々とお話聞かせて! 例えば〜〜試験の話とか?」
「——ふみゅ? 試験??」
——と、待てぇええ!! それが狙いかぁああ!!
「ほらほら〜早くいきましょう♪」
「……あわわッ!?」
そして、アイリスはヴェルテの手を引いて走り出す。
まずい!? 非常にまずい!!
ヴェルテは天然っ子だ。変なことを吐露しかねん!?
——クソ!! ちょっと待ってやぁああ!!
僕は床から飛び起きると、走り去った2人を追った。