第90話 僕の日常となった令嬢
「貴族の中にも友人はいるわよ。私が家を勘当されたとしても、気が変わることなく接してくれる素晴らしい友人がね。この点、私は恵まれていたわ。だけどね、どうしても私に気を使おうとするから、あまり顔を合わせないようにしてるの」
「うん……」
「それで行く当てもないから、あなたのところに来てるってわけ」
「……さい、ですかぁ……」
アイリスが理由を語ってくれた。
だがしかし……
気を使ってくれる友人のため、気を使ってここに来ている。ふむ……なら、僕にも気を使ってくれないだろうか? 1人にして欲しいんだけど?
「なんでここに来てるんだ!」って質問が、遠回しに「帰ってくれ」って言ってるのに何故気づかない!? 友人の気を使ってますオーラを感じとれるレーダーをお持ちなのに……何故、僕のわかりやすい感情を読み解けないんだよ!
「はい……あなたの質問には答えた。今度は私の質問〜♪ 試験ではどんな不正をしたの? 教えなさい!」
でだ。僕が呆れているのもそっちのけ〜〜彼女は自身の質問を仕返しにぶつけてくる。
てか——僕が試験で不正したってのは確定認識なのね?
——失敬なぁあ!!
そんなふうに思ってる奴にはなぁあ!!
「それは〜〜秘密ですぅ〜〜!」
「えぇ? 何それ?」
教えてなんかやらないよ!!
ま、例え猫撫で声で菓子折り持ってきたとしても、僕の秘密は教えてやらんがな!!
「不正だって決めつける人には〜〜教えませ〜〜ん」
「あら? 怒った? ふ〜〜ん。あなたって見た目通り子供っぽいのね?」
なんだよ! この人!! 僕のこと馬鹿にしに来たのかよぉお!!
なに「見た目通り」って!?
「見た目によらず」とかならまだしも、「見た目通り」なんて謳い文句聞いたことねぇ〜よ!! ただ、率直に感想言ってるだけじゃん!!
悪かったな! 子供っぽくて!!
「あ!? そうだウィル!」
あん? なんだよ! まだ何かあるのか!!
——フンッだ!
もう、アイリスの言うことなんて聞いてやらないんだから! 今更謝ったって許してやらな……
「ここで話してるのもなんだし、昼食でもどう? 前は、約束したのに、ランチをご馳走してあげれなかったから、ウィルの分の昼食も用意させるわ。続きはそこでお話しましょう?」
「うん、行こうか」
「ふふ。そうこなくっちゃ♪」
なんだよ、それを早く言ってくれよ〜。
前は邪魔が入って食べられなかった令嬢飯。
正直、僕はあの時のことを後悔していた。
何故あの時、チャンスをモノにできなかったのかと……。
あぁ〜〜夢にまで見た令嬢飯——Mr.シェフ=イチリューは元気にしてるだろうか? あったことはないが、僕はもう彼を待ち焦がれていた。珍しく名前まで覚えていたんだぜ。どこぞの“ナメ太郎”とは大違いだぞ!
さぁ〜どんな料理が待ち受けているのか? 楽しみだ!!
こうして、僕とアイリスは教室を後にする。
はてさて、廊下を歩いていると、周りの人間はどよどよ〜〜とは、ならず。いつもの学園の賑やかさが広がっている。
ここ数日、アイリスと行動を共にするようになって、周りはこの状況に順応してしまったのか、僕たちに触れることは無くなった。
むしろ……
「あ!? アイリス様! ウィリアさん! ご機嫌よう」
「はい。ご機嫌よう」
「えっと……ど、どうも……」
なんか、僕は貴族科の生徒の一部に覚えられるまでになっていた。今も、令嬢の1人がスカートの端をつまんで流麗な所作でカーテシを決めると、アイリスと僕に挨拶をしてくる。
状況は飲み込めていないのだが、どうもアイリスが僕のことを貴族科で風潮してるみたいなんだ。それもこれも良い噂で。
田舎者のクソガキを貴族の間で布教して、どういうつもりなんだか。一体、何がしたいんだろう? アイリスは?
まぁ〜〜そんなことはどうでもいい。悪いように思われてなければなんだってね。
そんなことよりもメシだメシ!!
今はアイリスが用意した特別な個室に向かっている最中だが、前回はここで邪魔者が立ちはだかった。
「ウィル? なにキョロキョロしてるの? みっともないわよ?」
「……ふん! なんとでも言え! 是が非でも邪魔者を排除しなくちゃいけないんだ」
「……?」
アイリスが僕に呆れているが、構うことはない。
今日は何としても邪魔されたくないから警戒を怠らないぜ!
と、その時だ。
「——あ!? ウィル〜〜〜〜!!!!」
後方から僕の名前を大声で叫ぶ人物がいた。
「——ん? なんだって…………ッ!? ——グベェエ!!??」
「——ドォーン♪」
掛け声と共に僕は吹き飛ばされる。地面を跳ね、やがてゴンッ——と、鈍い重低音。後頭部を床にぶつけて視界がグルグルと回る。
体当たりを受けた腹部がズキズキと痛む。盗賊さんに強く蹴られ、その痛みがまだ残っているというのに!? 突進を受けたのが何故ピンポイントでそこなんだ!?
この世で唯一の神器所持者である僕にダメージを負わせるとは——一体誰が……?
「あははは〜〜♪ ウィル面白い顔〜〜♪」
ようやく視点が定まったかと思えば、僕に馬乗りになってケラケラと笑う緑の犬——ヴェルテの姿がそこにあった。