第88話 ありがとう! ウィル!!
チンチクリン……さぁ〜〜って誰のことを言ってるんだか?
僕は腕に顔を埋めて一寝入りしてたんだけど、気になって重い顔を持ち上げて……ちょ〜〜と、チンチクリン探しを始めた。
だけど……
「何キョロキョロしてるのよ? あなたよ。あ・な・た——!」
「……え?」
おかし〜な〜? チンチクリンなんて見当たらないぞ〜〜? と思ってキョロキョロしてたら、近くで上がった声を拾って、とある人物に視線が止まった。
腕を組んでこちらを見下ろす少女が立っている。
腰まで伸びる赤髪の気の強そうな彼女。腰にはベルトに括り付けた長剣が無骨に目立つが……剣の持ち主の顔立ちはその逆——どこまでも可憐で美麗だった。その頬には絆創膏が貼られているが——そんなものは彼女の美しさの妨げにはならない。
彼女の名前は【アイリス】。泣く子も黙る公爵令嬢様だ!!
「おい、なんだよアレ……」
「嘘だろ。なんでまた彼女が一般科に?」
「あれって……またウィリア君? 彼になんのようなの?」
「一体何があったのよ!?」
いきなり一般科の教室にアイリスが現れたことで、民草ピーポー諸君はドヨドヨし始めた。この教室に貴族が来ることなんてありえないのに、あの巷で有名完璧公爵令嬢が現れれば、そりゃ〜騒ぎになるともさ。鬱陶しいほどにね。
……あれれ〜〜? 何この状況〜〜? すっごく既視感〜〜??
前にもこんなことがあったよな〜〜? あれはいつだったか?
で——
この人……一体何しにきたんだ?
「えっと……なんのご用でしょうか? アイリス様?」
とりあえず聞いてみよ。まさか、またド真面目奴隷やりに来たわけじゃないよなぁ〜〜?
「ふ〜〜ん。アイリス様……ね。あくまでシラを切るつもりなんだ。まぁ、ウィルがそうしたいなら……合わせてあげるべきか……」
「……はい??」
「あぁ……そんな怯えないでよ。安心して。私は別に、また奴隷をやりに来たわけじゃないから」
「……ん?! あ、はい……」
あぁ……違うんだ。なら……いいんだけど……
「今日はね。あなたに伝えたいことがあって来たの——あの時、伝えられなかった言葉を……どうしてもあなたに伝えたくて……」
「はぁぁ……」
あの時? あの時ってどの時だ? 僕にはまったく検討がつかないんだが……
「ウィリア……」
「……はい?」
アイリスは僕に向き直る。その表情は真剣そのもの。そして……
「——え? え!?」
僕は思わず声をこぼして驚いてしまった。だって……
「——ごめんなさい! ウィリア!!」
アイリスは大きく頭を下げて僕に謝罪してきたんだ。これに驚愕しない奴がどこに居る?
(え!? え!? なんだこれ!! なんで謝ってんだ。この人——!!!!)
僕は内心、大荒れドンチャカ大騒ぎだ。
「「「「——ッッッ!? えぇえええええええ!!!!」」」」
もう教室中もさ。頭を下げるアイリス嬢を見て、阿鼻叫喚の共鳴ドンチャカ大騒ぎさ。僕の内心に合わせるように。
これも、既視感多めでデジャヴがビスビス感じる場面だが……この時の僕はそれどころじゃないさ。
「ちょ、ちょ、ちょっと、何してるんですか? アイリス様?!」
でさ——本当に何してるんだ? この人!?
「私……ずっとあなたに謝りたかった。沢山迷惑かけて……執拗に追いかけ回して……ずっとずっと……そのことを謝りたかったの。ごめんなさい!!」
「…………」
あぁ……そういうこと?
ここで彼女の謝罪理由に気づく……
やっぱり……この人は真面目だよ。
それも『クソ』がつくほどさ。
この間、彼女は下げた頭をあげようとしない。一切、頭を揺らす素振り見せずに。
これは……あれだな。僕が反応しないと一生このままな気がしてくるぞ?
はぁ……面倒くさい。
けど……まぁ……
反省してくれたなら……うん……
「顔をあげてください。アイリス様」
「……ッ」
「謝罪を受け取ります」
「……え?」
「だから、許します。と……そう言ってるんです」
人間……誰しも、悪いことをしたら謝る! これは常識で、普通なことさ。
普通——僕の大好きな言葉。
彼女はおそらくプライドが高い。それでも公衆の面前で体裁を気にせず頭を下げる。見上げた根性じゃないか。
ここまでされて「許さない!!」な〜〜んて、思うはずないだろう?
「そう……良かった。あなたにそう言ってもらえて嬉しい。謝罪を受け入れてくれて助かるわ」
「そうですか?」
「はぁ〜〜スッとした! あぁ〜〜やっと言えた! ずっとこれを言いたかったのよね! 実に清々しいわ!」
彼女は背伸びして身体を伸ばした。その姿は蛹から解き放たれた蝶——表情は軽く、彼女の取り巻く憂が完全に取り払われたかのようだ。
「大袈裟なぁ……。で? それを言うためだけに来たんですか? アイリス様は——」
「ねぇ〜〜? それヤダ!」
「……え!?」
ここで、用事が終わったなら帰ってくれないかと思って言葉を口にする僕。だが、急に「ヤダ」と言われる。この時の彼女の口調は砕けており、まるで友達のそれだ。
てか……彼女の言う「それ」ってなんだろう? 皆目検討もつかないぞ?
「前にも言ったじゃない。アイリスでいいって。敬語も禁止。私も、あなたのことウィルって呼ぶから……ね?」
「うん? あぁ……はい……」
あぁ……なんか、そんな約束もしたっけ? 期間あけて久しぶりに会ったからすっかり忘れてたよ。それに、周りの目もあるし……もう反射的に「アイリス様」って呼んでた。
「もう。これからは奴隷のフリして君に迷惑をかけたりしない。そうね〜〜友達! 友達よ! そんな関係じゃ、ダメかしら?」
「いや……ダメじゃないけど……」
「なら、決定!」
と、なぜかあれよあれよと話がまとまっていく。
……なんだこれは?
「……あ!? あと、ウィル?」
「——ッ? まだ何か??」
そして、思い出したかのように身体が跳ねるアイリス。
まだ何かあるのかこの人——てか、こんな娘だったか? 眉間に皺を寄せて睨みを利かす高飛車な彼女はどこに行ったのか?
「もう1つ——あなたに伝えたいことがあったの!」
あん? 伝えたいこと? なんだろう。改まって……
「あの時——助けてくれてありがとう! ウィル!」
……え?
「……ん? 何? その顔?」
「いや……」
“ありがとう”と口にして破顔するアイリス。
僕は思わず驚く。
目を見開いて沈黙でアイリスの顔を覗いていると、彼女は僕の表情の変化を気にしてこれを聞いてきた。
「アイリスも笑うんだなって……思って……」
「……? 何よそれ? 馬鹿にしてるの?」
「いやいや……そうやって素直に笑顔を向けてくれるなら、可愛いのにって思っただけ」
「……ッ!? ふ、ふ〜〜ん? まぁ、褒め言葉として受け取って置くわ」
「はいはい。そう受け取ってください」
はぁ……僕としたことが、思わずキュンときてしまったぜ。あのアグレッシブなアイリスにだよ。
この時のアイリスの笑顔は、初めて見る彼女の満面の笑みだった。
(へぇ〜〜。そんな顔もできるんだね〜〜)
僕が関心を寄せたその時だ——
「——ッ?」
僕が照れ隠しで視線を逸らしているとアイリスは右手を差し出してきた。
「ウィル。これからよろしくね!」
「………ん」
これに視線を合わすことなく、素っ気なく僕も右手を差し出す。
公爵令嬢と……
田舎者が……
固く握手を交わした。
てか……
これからよろしくって——
一体、何をよろしくするんだ?
嫌な予感がする。
【第2章 ダンジョン試験 頼れる相棒は素っ頓狂な犬 救うは囚われ令嬢】
——閉幕——
堂々——2章完結です! イエェエ〜イ!!
ここまで読み進めてくださった皆様には本当に感謝してます! ありがとう〜!!
2章では、ヒロインのアイリスとの関係構築をお届けさせていただきました。『笑い』がモットーの私なんですが不慣れな戦闘も織り交ぜた2章はいかがだったでしょうか? 楽しんでいただけましたか?
最近——評価もボチボチいただくようになりまして、私としましても大変嬉しく思っております。PV数も右肩上がりで喜ばしい限りです! 本当にありがとうございます!
今後もどうかこの作品をよろしくお願いしま〜す!
ときにここで——3章のお話を少々と言いますか? 次章予告を……
【第3章 ダンジョン攻略は思いがけない出来事の連続です】
ウィリア……ついにダンジョンデビューを果たします。
ただ、ダンジョンは思いがけない出来事が立て続けに起こる場所だった。
ヴェルテちゃんがナンパされたり……
狩り勝負が勃発したり……
ポッピー(?)に襲われたり……
ボスに挑んだり……
ウィリアのダンジョンライフは退屈を知らないようですね。
さて——3章も気になるようでしたら〜〜是非読みに来てくださいね! お待ちしてます!
コメント、評価等も気軽にしていただくと嬉しいです! どうかよしなに!!