第85話 令嬢の憂の種? うんん。もう、憂なんてない
私……気づいたらベットの上だった。私の寝室のベットの上。
目を擦りながら上体を起こして……
「ふわぁ〜〜」
と、大きな欠伸を1つ。
この時、身体はガチガチでとっても固かった。思いっきり腕を天井目掛けて伸ばしたら身体中が痛かったのよ。
アタタ〜〜って感じて思わず涙目。そんなショボショボする視界が回復したかと思えば……
「——お嬢様?」
「……え?! ティスリ??」
目を見開いて私の顔を覗き込んでる侍女のティスリと目があった。気づかなかったけど、ずっとそこに居たみたい。
ぽか〜〜んと口を開いてアホ丸出しな顔をしてた。いつも凛として侍女を務めていた彼女からは想像もできない反応ね。
「——お嬢様ァアアア嗚呼!!」
「——ッフグ!?」
——イタタタタタタっ——痛ッぁあ〜〜〜〜い!!??
ティスリは目に溜めた涙を決壊させて、思いっきり私に抱きついてきた。
いや……嬉しいのよ? 私も最初は寝ぼけてギョッとティスリの顔を睨み返しちゃったから、まったく理解が追いついていなかったのだけれど。
抱きつかれた瞬間——身体中に走った痛みで全て思い出した。
記憶が一気にフラッシュバックしたの。
……あれ? これが走馬灯ってヤツかしら??
「……ティスリ……い、いだいわ……」
「——ッ!? あわわわ!!?? 申し訳ありません! お嬢様!!」
なんとか言葉を振り絞った私、彼女は慌てて私から離れた。
あらあら……彼女にしては珍しい反応。いつも完璧なティスリお姉ちゃんですのに、こんな慌てた姿は奇妙。今日の彼女は本当にどうしちゃったのかしらね?
って……
全ては私が原因……でしょうけど……
「お嬢様……本当に……無事で良かったです」
「——ッ!?」
ティスリは一歩後ろへ下がると、私の手を取ってホッと一息。呼吸を整える。
私は、そんな彼女の激しい変化に驚きつつも哀愁の微笑みを作ってはティスリに返す。
そして……
「えぇ……心配かけてごめんなさい。ティスリお姉ちゃん」
この一言。彼女に1番伝えたいことを呟いてた。
「……お嬢様?! ……うん。本当に……心配したんですからね?」
ティスリったら、顔を皺くちゃにして目尻から涙までこぼして……美人なのに台無しね。
「本当に……世話の焼ける妹です。お嬢様は……」
「えぇ〜〜? 何よ、それ!」
「だって、そうでしょう? ふふふ……」
「そうかしら? フンッ——失礼しちゃうわ! ふふふ……」
2人して、見つめあって笑いあった。互いに面白可笑しくて、暫く手を結んで笑ってた。
こんなに笑ったのはいつぶりかしらってほどに……
と、そんな時だった。
いつまでもこの幸せな時間を満喫したいのだけれど……私は大切なことを思い出した。
「——ッあ!? そういえば!!」
「——ッ!? どうしましたか? お嬢様!?」
「ウィル……うんん、ウィリアは——!? 彼は無事なの!!」
「……? ウィリア様……ですか?」
「ええ……実は……」
ウィルのこと……
いくら私が無事でも……私は彼が助かっていなければ絶対に後悔する。だって……命の恩人ですもの。
思い出すのが遅くなってしまったけど……私はあの時、記憶が薄れる段階では、お父様に彼の救護をお願いした。だから、そのことをティスリに伝えて彼の行方を聞いた。
だけど……
「えっと……彼は……」
おかしな話をティスリから聞くことになる。
「普通に学業に勤しんでいると伺ってますが……」
「……え?」
ですって……
何食わぬ顔で勉学に励んでいると?
何それ——?!
あの遺跡で、お父様が見つけたのは激昂する誘拐犯の首領だけだったそう。あの黒服の男のことね。きっと。
で、近くを探してもウィルの姿は見つからず……でも、後に家の情報網からは普通に学園生活を送ってると聞いた。
これは、どういうこと?
私を助けたウィリアは——偽物? それとも幻覚か幻の類だとでもいうのかしら?
極限状態だったとはいえ……そんなはずはなかったと思うのだけれど……
それとも……彼は本当に実力があって、隠された力でも持っているというのかしら? 私を逃してから、1人で脱出して知らぬ存ぜぬで惚けている?
う〜〜〜〜ん? そんなの……ありえない? かな?
まぁ、考えても仕方ない。真相は、彼に聞くのが1番ね。
それよりも、無事だった事実を喜んでおきましょう。
「……アイリス。来たか……」
そして、数日——私は身体の体調が回復すると、お父様の執務室を訪れていた。
「身体の具合はどうだ」
「えっと……体力はすっかり戻ってます。まだ身体は少し痛みますが、剣の鍛錬は問題なくこなせます」
「……そうか」
私は淡々とお父様の質問に答えた。すると、ふぅ——と息を吐いたお父様はゆっくりと私に近づいてくる。
私はお父様に迷惑をかけてしまったから、もしかすると殴られるかもしれない。
そう、覚悟を決めて目を閉じ、静かにその時を待った。
だけど……
「……え?」
「アイリス……無事で良かった」
「——ッ!? お、お、お、お父様ぁぁああッ!!??」
私の目の前で膝をついて、抱きしめてきた。私、驚いちゃって……思わず叫んでしまったわ。
「——な、なんで!?」
「なんでとは?」
「だって……私は、家を勘当されて……。お父様に一杯迷惑かけて……。それなのに……!」
「バカモノ。娘を心配しない父親など、居るはずがないだろう!」
「……おとう……様?」
始めは軽い抱擁だったけど、この時、一層力強く私を抱きしめる。お父様の手は軽く震えていた。心配していたのは嘘ではないの?
「私がな、勘当を言い放ったのは、お前の為を思ってなのだよ」
「……私の……為?」
「あぁ、お前は冒険者になるのだろ? だったら、いっそのこと令嬢である枷を取っ払うのもいいのではないかと考えた。今思えば、かなり乱暴なやり方だと思ってしまったがな」
「お父様……」
「お前はアイリによく似ている」
「お母様に?」
「あぁ……知っていたか? アイリは一般市民の元冒険者なんだぞ?」
「——ッえ!?」
まさかの事実を知った。まさかお母様が元冒険者だったなんて……。
「当時は研ぎ澄ませた剣のように鋭利な少女だった。私と実力は遜色なくてな。ストライド家の人間としては矜持をズタズタに引き裂かれてしまった思いだった」
「……そんなことが?」
まったく想像がつかない。私の記憶の中のお母様は、お花の妖精かのようにフワフワした印象だったのに。
「ねぇ〜お父様?」
「……ん? なんだ?」
「もっと、お母様の話聞かせてくださいますか?」
「ふふふ……また、今度な……」
「はい! 約束ですよ。お父様!」
もっとお母様の話を聞きたい。あのフワフワで柔らかなお母様が、鋭利だって……凄く気になっちゃった。
そして……おそらく、私の目標はお母様のような冒険者になることだと……そう確信したの。
「とにかく、アイリス。お前は好きなようにしなさい。もし、冒険者に嫌気をさして令嬢としての人生を選ぶならいつでも戻ってくるといい」
「お父様……」
お父様は別に私のことが嫌いだったり、役立たずだなんて思っていなかった。
今思い返せばお父様と満足に会話をしなくなったのはいつからだったかしら?
この数分の会話ですら長時間だと思えてしまうほど——親子の会話は少なくて、短かった。
でも……
「ありがとう。お父様——」
この人は厳格な父であるのだけれど……立派で優しいお父様だって、私は思い出した。
私はそんな父の優しさに応えるようにギュッと抱き返す。なんだか、とっても暖かい。
私……バカだった。
みんな……私のことを見ていない。なんとも思ってもない。むしろ邪魔だって思われてたと考えてた。
でも違った。
私のこと心配して、ちゃんと考えてくれてたんだ。
随分と遠回りになったけど——私はようやくそれに気づいたの。
みんな——
ありがとう! 大好きよ!!
そして……
私は、もう1人——話さないといけない人が居る。
「——っちょっと……そこのチンチクリン?」
さらに、数日後——
私は学園のある教室を訪れた。
机に突っ伏し腕に顔を埋めた1人の男に声を掛けた。
彼に——私の気持ちを伝えなくちゃいけないから……