第81話 魔法は使わせない!
——数十分前——
「——ック!?」
「オラオラ! どうしたァア? さっきの威勢はどこいった! お嬢様ぁ〜〜!!」
私 (アイリス)は、見張りの男と数分にわたって切り結んでいる。
男の得物は、私と同じくロングソード。
得物が対峙する相手と同じ場合……純粋な剣技でいえば、ほぼ技の良し悪しで決着がつく。身長差とか、男か女か……筋力の違い、コンディション等々——影響及ぼすモノはあるのだけれど、やはり武器の熟練度がモノを言う。
先ほど片付けた男だけれど……彼の獲物は2本の短刀だった。
例えそいつが打ち合いの相手だったとしても、私自身、負ける気は微塵もない。だけど……やはり同じ得物同士の方がやり易い。明確な熟練度合いで決着が着くと考えて短刀使いの方を確実に最初に仕留めたの。物音を立てる位置を計算しておびき寄せてね。
ただ……
私はスロライド家として、剣には自信があると自負していたのだけれど……目の前のこの男、なかなかやるわね。
いえ……決して負けてはいないのだけれど、私は数日の監禁生活で体力が落ちている。挙句、右脇腹を大きく蹴られてズキズキと痛みが走っている。そこに意識が引っ張られてしまうの。初撃を受けるべきではなかった。
「——オラよ!!」
「——ック!!」
男の大ぶりな横薙ぎの一閃。私は大きく後退してそれを避ける。大きく後退したい衝動はあるのだけれど……ここはあえてギリギリの回避で避けて近距離を維持する。
男にくらいついて決して離れない。
「あぁ〜〜うざい娘だなぁあ?! しぶとい!!」
「——アハ! それはどうも——褒め言葉をありがとう〜♪」
「——ッチ!! 腹が立つ!!」
ここぞとばかりに男を煽って余裕を露わにした。だけど、本当は私……そこまで余裕はない。内心ヒヤヒヤだった。
体力は落ち、限界は近く、それでも無理して男に喰らいつく必要があった。別に褒め言葉が欲しいからとかじゃないのよ?
この男……確実に私よりレベルが高い。おそらく冒険者として活動している、もしくはしていた人物。
レベルというのは、所持魔力を数値化したものなの。レベルが高い人物は魔力を多く持ってるし、魔法の扱いも上手い。
かくいう私はレベルが低い。ラストダンジョンに踏み入ったことがないからレベルは上がっていない。
この状況で、殺し合いを演じれば、不意をつかない限り軍配はレベルの高い方に上がる。魔力という名の力で押しつぶせばいいだけの話だから。私も、魔法は使えるけど、数メートル先に炎を飛ばすだけ……【抜刀『焔』】はウィルから借りた安物の剣じゃ出せない。無理矢理出すことはできると思うけど………技を発動させれば剣は確実に壊れてしまうわ。
だから、どうしても相手の男に魔法を使わせるわけにはいかない。私の付け焼き刃の魔法じゃ敵わないと分かってるから。
幸い……私には剣術がある。このまま距離を空けずに切り結んで隙をつく。
「——オイ! 娘? お前、俺に魔法を使わせないつもりだな?」
「——ッ!? ……フンッ! なんのことかしら?」
「惚けたって無駄だぜ? 今、一瞬反応したなぁ〜〜?」
「……ッチ。面倒ね……」
だけど、相手の男も馬鹿じゃない。私の目的に気づいた。
「ここは——距離を取らせてもらおうかな?」
男は私の剣を大きく弾いた。この隙に大きく背後に飛んで距離を空ける。このまま魔法の余波範囲から遠ざかるつもりのよう。
だけど、まだ慌てる必要はないわ。
男のこの行動は……自身の魔質が爆発力の発揮するモノだと教えてくれている。おそらく『火』か『雷』だと思う。自分の発動させた魔法で自身もダメージを喰らっては滑稽ですもの。そんな愚行はしないことでしょう。
なら……私は、距離を詰めるだけ。距離を空けないように全力を出す。
ちょうど私の視界にいいものが入った。これを使わない手はない。
「——逃がさないわよ!!」
「——!?」
私は落ちてた瓦礫の屑を拾って、男目掛け投げつける。
「——ッハン! 何が逃さないだ。悪あがきだよ!」
これを男は誇らしそうに剣で弾いてみせる。
この男……やっぱり馬鹿なようね。剣の一閃をわざわざ飛んでくる石ころを斬るのに使うなんて……剣士の一閃をなんだと思ってるのかしら。勿体ない。そんなの隙が生まれてしまうでしょう?
「——果たしてそうかしら!!」
「——ッ!? テメぇえ! いつの間に!?」
【縮地】って距離を縮める技術よ。剣士にとっては必須の技法なのに、何を驚いてるのかしら?
男の意識が投げた石屑に向かう瞬間——私は距離を詰めた。
一定距離男と距離を空けた時点で負けが確定する。全力で近距離を維持するのは必死だから、いかなる手を使っても近づく……
そして、もう一手……
「——ッチ!? なんだ!?」
この間……私はある物を拾ってた。【縮地】で近づくと私はそれを投げつけた。
それは、ウィルに貰った外套……短刀の男の注意を引いた時にも使ったヤツ。
私は、距離を詰めると同時に石畳に投げたままの外套を拾うことに成功した。運が良い。
「——邪魔だぁあ!!」
男は視界一杯に広がる外套を鬱陶しそうにロングソードで薙いだ。だって、そうなるように投げつけたのだもの。
後でウィルには謝らないとね。男の気を引くのに使ってしまって……一刀両断されてしまった。
でも……
「……ッは?」
おかげで男の意表を突けた。
「…………抜刀 焔……」