第79話 女の子を殴った悪いお手てはぽぉ〜〜いだ!
「——【操糸】!!」
僕は影から飛び出すと、男の頭上を飛び越える。だけどこの時、指先には1本の紫紺に輝く糸が引っ掛けてある。糸の先に2本のレイピアが繋がってる糸だ。
そして、影から飛び出て頭上を通り過ぎる瞬間——糸を操り男の手首に巻きつけた。
「——クソガキ! 何を——?!」
あらら……まだ何されるかわかってない。頭いいように思えて本当はアンポンタンなのかね? それとも嫌なことは考えない主義?
奇遇だ。僕もだよ。
ちょうどその時、宙を飛んでたレイピアが僕の手元に収まる。影から飛び出して高く飛び上がってた僕は——糸を弛ませ、遺跡の瓦礫、高い場所に糸を引っ掛けると……
落下する勢いそのまま、僕の体重も乗せて、思いっきり……
糸を引き絞った。
すると……
——ブチッッッ!!!!
「——ギィヤァァァアアアアアアアアア!!!!」
嫌〜〜な音が鳴って……数秒後には男の絶叫が飛んだ。
何が起こったかは……想像すれば分かるよね?
……あ? いや……気分が悪くなるかもだから……想像しない方がいいのかな?
ごめん……忘れて……
「——嗚呼あァァァ……ック〜〜クソガキイィィイッッッ!! オレのウデを——ッッッ!!!! ちぎりやがって——ァァアア嗚呼ッッッ!!」
と思ってたら男が答えをゲロし始めたよ……
手をちぎり落とされたってのに……元気だなぁ〜〜? 本当に……
そう……
僕は男の右腕の先を千切りとってやった。手首に巻いた糸を引き絞ってあげることでね。
僕の糸は触れるだけで弾かれる魔力の糸だ。細く丈夫で、それを勢い良く引き絞れば肉ぐらいは千切れる。僕の体重を乗せて思いっきり引き絞ったからね。
別に惨たらしいとか、躊躇はなかった。
だって……アイツ、女の子を殴ったんでしょう? そんな悪いおてては千切ってポイッだ! 悔い改めなさい!!
……ん? あれ……“殴った”じゃなくて“蹴った”だっけ??
まぁ〜〜細かい事は気にするな。脚も腕もたいして変わらないでしょう?
「——クソガキぃヤァアアアアッッッ!! どこ行きやがった!! ふざけんなァア!? 殺す! ぶっ殺してやらぁぁぁあああ!!!!」
男の周囲は風の斬撃を周囲に撒き散らし無差別に切り刻んだ。対象となった遺跡の残骸が周辺に飛び散ってしまっている。
この間も風が劈く破壊音を響かせているが、それに負けず劣らず耳に届くのはヒステリックな男の叫びだ。
あら? 皆様——ご覧ください。突然エンカウントした盗賊の片手を落とすとどうなるか? あのように、目を血走らせてヒステリックに叫び散らします。こうなってしまったら気をつけてください。闘争本能剥き出しで襲いかかってきますよ。見つからないように今すぐ逃げましょう! 決して相手にしてはいけませんよ!
ああ〜〜怖い! 身体が震えてしまいそうだわ!! もうブルブルよ!!
と……冗談はこのぐらい。
あの状態にしたのはお前だろ! ってツッコミ聞こえてきそうだからさ。もう、この辺にしておこうか……?
「——何処だ!! クーソーガーキーーーーィイ!!!!」
おっと! お呼びだしだ! 男はこの間も僕を探して叫び散らしている。
だけどさ。
これにご丁寧に答えてあげる義理は僕にはないのよ。
さて——じゃあ、怖いので逃げさせてもらおうかな?
え? ここから熱いバトルが続かないのかって?
……んなわけないでしょう? ないない! そんなの!
さっきも言ったと思うけど、ご丁寧に男に付き合ってあげる必要はないんだよ。
僕は既に遠く高い場所から男を眺めていた。様子を確認する限り僕には気づいてないみたい。風を読む能力も機能してない。
手首を切り落とされた痛みのせいか、それとも単純に距離が離れているからなのか?
そこんところ分からないんだけど、ただただ暴れているだけだ。まず、僕には気づいてないと見ていいだろう。
あの様子だと、もうアイリスを探しに行ったりはしなさそうかな? 僕を探すのに一生懸命なんだもんよ。
だから……この辺りが潮時——そろそろ試験に戻らせてもらうよ。
みんな……忘れてたでしょう? 今、試験中なんだよ。あまり帰りが遅いとヴェルテちゃんが泣いてしまってるかもだしさ。
早いところ、迎えに行ってあげないとね!
それにさ……
僕の出番はここまで——
あの男にトドメを刺すのは……僕の役目じゃないと思うからさ。
「あとは……任せましたよ」