第78話 騙されてくれて……ありがとう
「——操糸!!」
繋がる糸を操り、綺麗な放物線を描いてレイピアを男に飛ばす。
「またそれか〜〜い? 芸がない。もうネタは尽きちゃったのかな?」
男はこれに呆れてモノを言う。だが、この反応も予想はしてたさ。寧ろ、それで良い。少しでも油断が買えるんだったら、それに越したことはないからね。
「——まぁ〜〜いい。頑張って対処してみせろよ! クソガキ〜〜! ——エアークラッシュ!」
だが、男はレイピアを脅威と感じていないようだ。歯牙にもかけず魔法を放った。
気圧の変化は空間に歪みを発生させピュッ——と再び笛が鳴る。
魔法は僕が隠れる瓦礫めがけ飛来する。
「——ん? おっと〜〜? この感じは、移動するね?」
僕は当然、攻撃を避けるために瞬間移動だ。
このまま瓦礫を飛び出して逃げることもできるけど、それだと男の意表を突くことはできない。
しかし……
「まったく、少しは面白い奴に会えたと思ったんだけどな〜〜? 所詮、その程度かぁ〜〜。残念だよ」
男には僕が空間を飛んだことはお見通し……風に耳を傾け瓦礫の後ろにいた僕の希薄さに気づいている。
「——もういいや……じゃあ〜死ねよ」
無情の言葉を口にして、飛翔しているレイピアに視線を移す。男は、次に僕が姿を現すであろう場所を見て身構えるんだ。
身体の周囲に風の奔流を纏って、衣服の裾をバタバタと靡かせる。
2本のロングソードを引き抜いて……
生意気なクソガキを斬り殺そうと揚々と——
準備は整った。
さぁ〜〜今すぐ飛んで来い。
俺の風が華麗にもクソガキを一刀両断して見せよう——!!
さぁーー飛んで来るんだ! クソガキ——!!!!
って……
思ってるようにルンルンで馬鹿みたいに待ってやがる。
ははは……騙されてやんの。
ありがとう騙されてくれて……そして、ごめんなさい。
せっかく本気になって準備も整えたようだけど、それを無駄にしちゃって……
クソガキを舐めるなよ。
「——ッは?」
男が間抜けた声を漏らす。
直前でピクッと反応したようだけど……意識はレイピアに向かってた所為か、反応が遅れてしまったようだ。
「まだ、こっちの瞬間移動は見せていなかったよね?」
「——ッはぁあ!? なんだ……それは!?」
男の視線は宙から瞬間的に地面に向いた。
何故か……?
それは、そこに僕が居たからさ。
僕は影から這い出て、男の影に向かってレイピアを刺した。
今、宙に浮遊するレイピアとは別のもう一本の方だ。
「——ッ動けない……だと?!」
「——魔技【影縫い】! 対象者の動きを影に縫い付け拘束する技さ。新技披露。興味を持ってくれたかな?」
「この——クソガキィイ!!」
「クソガキ結構! 自負しておりますので!」
こと、強者との戦闘において勝つ秘訣は、自分の持つ手札を如何に上手く隠し、かついつ切るのか——そこを見極める必要がある。
僕が大胆にも魔技【虚影】を連発し男に能力を掴ませたのはそのカードに集中させるためだ。
それは、手札に持った2枚のカードを隠し持っておくために……
そのカードとは……
1枚目 魔技【影移動】
【虚影】と同じく空間移動のような技だ。ただ、【虚影】はレイピア間の移動を可能とするが、影移動は影同士の移動を可能とする。それで男の足元の影に飛んだってわけだ。
男はてっきり僕がレイピアの間だけを(空間を)飛んでると思っていたようで、一瞬の隙を誘うことに成功した。
2枚目 魔技【影縫い】
神器【虚】もしくは【影】を対象者の影に突き刺す事で、影に縫い付け、その動きを封じる。
影から這い出て突き刺すまで……その間2秒……。
男がいくら風の魔力で高速移動を可能にしてたとしても、「殺す」と意識が向いてるところから「逃げる」の選択への切り替えは難しい。だから、この2秒間、反撃も逃走もさせる事なく男の動きを封じることに成功した。
僕はこの2枚の切り札で成し遂げた!
そう、男の動きを封じることに成功して見せたのだよ。これは狙い通りだ!
ヒャッホ〜〜! ざま〜みろ!!
とテンション爆上げな僕——
だけど……
僕の魔力じゃあ男の動きを縫い付けていられるのも、もって4、5秒かな? 僕の心は『してやったり!』でウキウキで調子に乗ってるけど……所詮は数秒を拘束するだけなんだ。
クソガキにできることなんてたかが知れてる。秘策を切った割にはショボい恩恵だよ。
おまけに、武器の2本のレイピアは一本が影に突き刺さり、もう一本は宙を舞っている。
この隙に武器無しでどうしろって話だね。
顔面でも殴る?
ナイスアイデアではある。まぁ〜〜一瞬はスッキリするだろうけど……拘束が解けた瞬間には身体が真っ二つのクソガキの亡骸の完成だ。
ふむ……
万策尽きた……か?
快進撃もここまでかな……?
って——
思うでしょう?
だけど、僕が操れる武器はもう1つあるんだよね?