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僕だけは知っている〜〜そこがチュートリアルダンジョンである事実を〜〜  作者: バゑサミコ酢
第2章 ダンジョン試験 頼れる相棒は素っ頓狂な犬 救うは囚われ令嬢
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第75話 一方その頃 地上では——

「オイ——私の娘は何処に居るんだ?」

「ヒィ!? し、知らねぇえッ! オラは、なんも知らねぇえッッッ!?」

「そうか……なら、死ね」

「——ッ!? ギャァアッッッ!?」



 部屋の中、ゴロツキ相手に剣を突き刺した男が1人……



「——ッチ。ここも……ハズレか……」



 ストライド公爵家、当主【セブンス】は舌を撃った。

 彼の苛立ちも当然だ。

 数日前から娘である【アイリス】が行方をくらましている。

 連日連夜の捜索にあたっているのだが……まだ、見つかっていない。

 まったくと言っていいほど情報が掴めていないのだ。

 いや……正確には情報は掴めていた。

 まず学園近隣で馬車に乗せられ、連れ去られた娘の情報が一つ。ただ、この時の馬車は街の郊外に乗り捨てられていて手掛かりはほとんど上がらない。

 そして……街で情報収集を重ねると、アイリスの行方についての情報は面白いほど浮上した。

 しかしそのほとんどはダミー。情報を追っていくと結局は壁にぶち当たる。

 今もちょうど……1つの手掛かりが消えてしまったところだ。



「アイリス……お前は一体、何処に居るんだ?」



 セブンスは、不満を吐露する。しかし、それを聞くのは周囲に散らばるゴロツキの亡骸だけで、誰も返事は返してくれない。

 男の目には深いクマが刻まれている。それは娘の行方を必死になって探していることの示唆であった。


 そして……


 いつまでも、部屋の中にいても仕方がない。今日だけで、もう十もの手掛かりが塵となって消えてしまった。この後も、まだ情報は幾つも抱えている。次の情報の元へと急がなくてはならない。たとえ、それが無駄になると分かっていても……

 この場を後に、建物から出たセブンスを月明かりが照らす。路地裏だが、真上に登った月はまるでスポットライトのように男を照らした。悲劇の役者かのように、彼の沈鬱とした一幕がここに完成する。


 ちょうどその時だ——



「——居た!? オヤジ!!」

「——ッ!? セクルか……?」


 

 路地の向こうから、1人の騎士の男がセブンスに駆け寄ってくる。彼はセブンスの息子。次男の【セクル】である。



「どうだ。アイリスの行方は?」

「ダメだ。街外れの怪しい倉庫を片っ端から潰したが、まったく見つからないどころか。情報すら掴めねぇ〜。で……オヤジは?」

「私も同じだ。この建物で10箇所目だが、手掛かりが途切れたところだ」

「そうか……クソッ!」



 このように……ストライド公爵家の情報網。そして人員を総動員してもアイリスは見つからない。

 この事実が、2人の間でまさに今共有され、心をさらに不安が押し寄せる。しばらく俯き、自ずと沈黙が路地裏を占領する。



「だぁああ! いつまでもこうしちゃいられねぇ!! 可愛い妹を何としても見つけねぇえ〜と!!」



 だが、そんな沈黙に怒りを覚えてか、セクルは頭を掻きむしり声を荒げる。



「俺は今度は、冒険者に当たってみる。何人か怪しい奴に目星つけてんだ。片っ端から情報を聞き出してくる」

「あぁ……だが、気をつけろ。冒険者協会に目をつけられると厄介だ。手荒なことはするな」

「わかってるよオヤジ! 精々、腕を折るぐらいにとどめておく。剣は振るわない」

「うん。それならいい……いや、よくないか?」

「……あん?」



 いつまでもこうしちゃいられないと、セクルは気を切り替えて次の情報を追う構えだ。

 今度は路地の反対を目指して、今すぐ駆け出す勢いで言葉を捲し立てる。


 と、その時——



「——ッ!? ん? なぁ、オヤジ?」

「……ん? どうした?」

「あれ、なんだと思う?」

「あれ……?」



 路地裏の奥を見据えたセクルだったが……彼の瞳はおかしなモノを捉える。

 月明かりに照らされる路地——その奥に月光に照らされ黒くチラチラと舞う可笑しなモノを捉えたのだ。



「あれは……蝶か? なんで、こんな街の中に? 森からは遠いんだけど……」



 その正体をセクルが語る。遠く離れ確認しづらいものの、あれは蝶において他ならなかった。



「……って、オヤジ?!」


 

 セクルは思わず叫んでいた。

 というのも、遠目で蝶を観察していると、無言でそれに近づいていくセブンスの姿も同時に捉えたのだ。これを疑問に思ってのことだ。



「……あ? 蝶が逃げてく……」



 セブンスが蝶に近づくのが原因か。蝶は一定の高さでヒラヒラと舞い路地の奥へと飛んでいく。セクルがこれに反応を見せた。



「セクル……」

「……うん?」


 

 と、その時——セブンスが口を開く。セクルの意識を引く。



「私はあの蝶を追ってみる」

「……はぁあ?」



 突然の父の言葉——セクルの声が路地裏に響いた。

 今は、アイリスを探すのが最優先のはずだ。それは父と兄として重要なことだ。

 それを突然『蝶』を追うと言い始めたのだ。驚くのも無理はない。

 確かに、突然現れた漆黒の蝶には驚いた。街の中であるにもかかわらず蝶の姿を見るのは珍しいことだ。あそこまで黒々と漆黒に染まった蝶を見るのも生まれて初めてだった両名。

 だが、今は昆虫観察をしている場合ではない。

 それがわかっているだろうに「蝶を追う」と決めた父の真意とは……一体なんだ?



「——って、オヤジ?!」



 しかし、息子の疑問を払拭することなく、セブンスの歩みは止まらない。



「あぁ〜〜クソ!!」



 この時のセクルは、父に真意を問うことができず、ただただ歩む背中を追うことしかできなかった。



 セクルは黙って父の背を追った。



 今すぐ次の手掛かりを追いたくてウズウズする身体の震えを抑え、しばらく父の奇行に付き合った。


 すると……



「セクル……見ろ」

「……あん? 何が……」

「蝶はこの中に入って行った」

「……地下? 下水道か?」


 

 突然立ち止まった父を見る。

 セブンスはしばらく無言で蝶を追っていたが、ようやくその沈黙を破ったかと思えばとある場所を示したのだ。

 そこには鉄格子の扉で塞がれた地下へと続く階段がある。

 蝶は格子の隙間を器用にすり抜け地下へと降りて行った。

 2人は、扉の前で立ち尽くし眼下に続く暗闇を見つめている。



「蝶はここに降りて行った」

「だから……?」

「この先に向かう」

「はぁあ? 本気で言ってるのか? オヤジ!」



 唐突の父の発言。セクルの声が跳ねる。

 実の娘を探さず、珍しい蝶を追う。気が狂ったとしか思えない。



「なんで、あの蝶を——?」

「分からない」

「分からない?」

「だが、誘われている気がしてな。どうしても気になてしまう」

「は〜〜ん?」



 父の回答にセクルは首を傾げた。あの蝶は珍しくはあるが、父の気を引くに至った理由が分からなかったのだ。



「下水道か……兄貴が探したって言ってたぜ? 俺も少し探ったが、怪しい所は見つからなかったな……」

「ふむ。だが……あの蝶は、私に何かを知らせてる気がするんだ。どうしても気になってしまう」

 


 だが、息子の懐疑的な眼差しを浴びようがセブンスの考えは変わらない。何故か——あの漆黒の蝶は「こっちだよ!」と……そう、語っているかのような印象をセブンスに与えていた。荒唐無稽がすぎる考えだが不思議と彼には自信があった。



「どうせ、並べられた情報を探っても無駄に終わる。なら、突然現れた奇怪な蝶を追ってみるのも手だと思わんか?」

「本気で言ってるのか? オヤジは!?」

「あぁ……私はいつでも本気だ」



 あの蝶の何がセブンスをここまで焚き付けるのか分からない。だが、彼の声音は追うことを全力で肯定している。

 こうなったら彼を止める術はない。それをセクルはよくわかっていた。



「セクル。お前は別の手掛かりを探せばいい」

「いや……俺も行くよ。オヤジに付き合うさ」

「そうか。好きにしろ」



 だからか……セクルは諦めの境地で父に付き合うことを決めた。

 2人は鉄格子の扉へと向き直る。

 キンッと甲高い音がなる。セブンスの抜いた剣が金具を斬りおとし……

 ギィ——ッと金属の錆びつく音を奏でる扉。

 そして、その先に望む暗闇の通路は空気が重たく、沈鬱と2人の訪れを待ち受けていた。



「行くぞ。セクル」

「ああ……オヤジ」



 そして、2人はその暗闇に浸かり消えていく。



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