第183話 赤く刻む軌跡
あぁ〜やっちまったなぁ~。
『オイッ! お前また——』
また、衝動的に行動してしまった。
もはや、これは僕の悪いクセだな。
『テイラー君! ダメだよッ——考え直してッ——』
背後から聞こえていた僕を呼び止める声——今思い返せば、あんなにも煩く鳴っていたのに、なんで僕の耳には届くことがなかったんだろうか?
『アイツは1人では勝てないんだ! 無謀だって!』
レベルこそまだ15程度。だけれど、神器のレベルは30とある。なら、例えソロでだって勝機はあるはずだ。
だって10階層のボスだってあんなに程度が低かったんだ。きっと20階層だって《《余裕》》だ。
僕を誰だと思ってるんだ?
この世で僕だけがダンジョンの秘密を知っているんだ。
世に蔓延る有象無象の冒険者とは違う。
20階層ボスなんて神器さえあれば問題なんてない。
気づくと衝動的に僕は歩き出していた。いや無意識と言っても過言じゃなかった。
せっかくダンジョンに来たのにもかかわらずポッピーに狩りを邪魔されて、このまま無駄足で終わるのも嫌だなぁ〜と思っていた。
やりきれないこの気持ちが衝動へと転化され僕は不気味な圧が漂ってくるあのゲートへと誘われて行く。
たかがチュートリアルダンジョンのボスエネミーだ。あの大空の先にはこんなダンジョンなんて目じゃない。ここよりも凄いダンジョンが待ち受けているんだ。
別にそこまで登ろうとは考えてはいないが……こんなところは1人だって攻略してやると——僕は考えていた。
だが……
……ポタポタ……
「いやぁ〜〜しくったな。負けた負けた。大惨敗だ」
こんなはずじゃなかった。
予習、復習は完璧だったはずだがな。
僕は20階層のボスに敗れ敗走していた。
「いけると思ったんだけどな〜〜。相性が悪すぎる上に思った以上に魔法の威力が強い。それに飛んでいるのも厄介だな。今の僕じゃ勝てないなぁ……」
らしくもなく僕は弱腰で、ボスとの戦いを反芻しつつ帰路に着こうと夕陽の道をただただ歩いている。
……ポタポタ……
しかし、これも仕方がないことだ。僕の想像以上に20階層のボスとは厄介で、今の僕では勝てるビジョンが見えていないんだから……
適度に戦ってはみたけれど……開始早々に無理だと悟った。
まず……ヤツの属性は炎。
威力が高い攻撃の上に僕の影魔法は陽の光に弱くて思うように立ち回れなかった。
第二に……ヤツは空を飛んでいた。
高所からの攻撃を掻い潜りながら、アイツを地面に叩き落とす軌道を僕はまったく想像できなかった。
そして極め付けが……ヤツの必殺技。
あの攻撃は敵をマークして追尾する5つの火球。あれを1人っきりで捌き切るのは今の僕では無理だった。
……ポタポタ……
これらの観点から僕は『20階層のボス』に勝てないと判断して諦めた。
始めは衝動的にゲートを潜ってしまった。
この時点の僕は、正直どうかしていたんだ。いくらチュートリアルダンジョンであって、かつ僕だけに備わる知識と力があるからって有頂天になりすぎていた。
そう……今のウィリアには慎重さが欠落してしまっていたんだ。
あの冒険譚でも口が酸っぱくなるほど書き綴られていただろうに——『ダンジョンは油断禁物』って……
ああ……これは教訓だな。
僕は彼らの言葉を素直に聞いていれば……
こんな目にあわなかったのに……
『調子に乗りすぎてる』『考え直すべき』『1人じゃ勝てない』この言葉を身に刻むべきだった。
反省しなければ……
ただ……
ボスエリアってのは出入りが自由——天空のダンジョンではそうも行かないボスがいるんだけれど、そこはチュートリアルだからこそ挑戦者には優しい設計をしている。
これに僕は救われたのだ。
「——ッ!? オイ!!」
「……?」
「今ブツかっただろう? 無視して行くんじゃね〜よ!」
考えながら道を歩いていたら、1人の男と肩がぶつかった。仲間と一緒に並んで歩いていたその男は、ぶつかったことに腹を立て、振り返って声を荒げている。
これは、悪いことをしてしまった。不注意だった。
「すいません。ちょっと、疲れてまして……ぶつかってしまってすいませんでした」
「はぁあ? そんな簡単な謝罪ですむと思っているのか? もっと誠意を見せろよ! 何が疲れていて、だよ……って……オマエッそれ!?」
僕は誠意を見せて謝ったつもりだったけど……男は、か細い僕の声には満足せずに怒りを引っ込めたりしなかった。
だけれど……
彼はあることに気づいて、怒りに染まった顔を一瞬にして真っ青にし声を震わせた。
……ポタポタ……
「血がッ——おいッ大丈夫かよ?」
僕の右袖からは赤い液体が滴っていた。男はこれが何なのかに気づいてしまったんだ。
そう……僕の背後。道の上には赤い点の軌跡が刻まれている。それはダンジョンからここまでずっと続いている。
別に僕は血気盛んな奴ではないんだけれど……今日あった出来事にショックを受けて、怪我をしてしまった事実をすっかり忘れてしまったかのように、何度も何度も何度も——ボスとの一戦を繰り返し反芻していたんだ。
「ああ……ちょっとダンジョンでやっちゃいまして……」
「なぁ、アンタッ——ぶつかって悪かった?! 怪我は、だ、大丈夫なのか? かなり血が出てるぞ?! とにかく怪我の手当をした方がいい! 今からギルドに行けば……あそこには常駐スタッフも居る! だから……」
始めはあんなに怒っていた彼も、僕が怪我人だと分かった途端に急に謝ってきた。
アタフタとして怪我の心配までしてくる始末——とてもコミカルな姿だ。何だかとっても笑えてくる。
「ふ、ふふふ……大丈夫です。ちょっと、ぶつけちゃっただけで……大した怪我ではないですから……」
全然嘘だ。変に心配されるのも嫌だったから、笑って平静を装っているが、僕は重症だった。
別に死ぬまではいかないし、四肢だってついている。しかし、ボスの高速タックルが右腕を掠め引っ掛けたことで出血し……そのまま吹き飛ばされるように床を転がったので全身打撲である。正直——メッチャクチャに痛かった。
今は身体が興奮しているのか誤魔化せているんだけれど、今すぐにでも自室で休みたい気で一杯だ。
「僕は少し道を急いでます。ですのでこれで失礼——ッあ。ぶつかってしまったのは、ふらついていた僕が悪いんです。ごめんなさい」
本当なら、人にぶつかることなんてないんだ。血が抜けてふらついていた僕が全面的に悪い。だから謝るべきは僕だ。
「……あ?! おい——!!」
だけれど、足早に帰りたいのも事実だから素っ気なくはなってしまったのだけれど男の静止には聞く耳も持たず、僕はその場を後にした。




