第177話 無言の彼女
「口調と声音、身長から少年だと判断しましたが、フードで顔までは確認できませんでした。それで、彼は漆黒の外套を着ていて、得物は二刀一対のレイピア。これまた漆黒です」
「ほう〜〜なら全身真っ黒? 漆黒の少年か? 確か最近噂に聞くなぁ〜『漆黒の外套纏し子供』の噂を……。“ルーちゃん”はその噂の子供に会ったってこと?」
「噂の少年と同一人物かは断定できませんが……類似点は多かったと思います。同じ人物と見てもいいかもしれません。ただ『少年』だと説明しましたが、それは背丈から判断してるだけにすぎません。あれだけの実力があるのなら、成人である可能性はあります。そもそも5階層の駐屯地は冒険者でなければ通れませんし……」
「そうか……」
ルキスは少年の特徴について語った。
「で、その漆黒の少年について、ほかに気づいたことはあるかい?」
「そうですね……。彼の戦闘スタイルはスピードタイプ。そして彼の持つレイピアは柄同士が紫紺の糸で繋がっていました」
「紫紺の糸?」
「はい。あの糸からは魔力を感じましたので魔法の類ではないかと思いました。実際戦闘中に投擲したレイピアが奇妙な軌道で曲がるのを見ました。もしかすると、あの糸は宙に投げたレイピアを操っているのかもしれません」
「ほう。あはは……それはまたトリッキーな技を使う少年だな。面白い!」
「クルト様? 真面目に聞いてます?」
「とても真面目だよ! 僕が不真面目だったことがあるかい?」
「…………」
「そ、その無言は、ひ、否定と受け取っておこうかな! うんうん!」
「もうッ、好きにしてください」
だが、真面目に語るルキスを他所に、ニコッとするクルトは楽観的。彼は噂の少年の話を演劇を楽しむ観客かのように聞いているのだ。
無言で睨むルキスに、クルトはおちゃらけて、とうとうルキスは呆れてため息を吐いた。この瞬間、クルトについて考えることを諦めたのだ。
その時だ——
「「「……ッ?」」」
ルキスとクルト……そして、執務室の主であるリゼレイは、ある同じ疑問を抱えた。
それは……
「シャルア?」
「…………」
「シャルアッ!」
「——ッえ!? はい?」
「どうした? 怖い顔をしていたぞ?」
「……え?」
ただ1人、この疑問に気づかなかった人物について。
シャルアは強張った表情のまま虚空を見つめていた。その異常な反応に皆が呆気にとられたのだ。
ここは、リゼレイが代表してシャルアの名前を呼ぶことで、心ここに在らずの彼女の気を引っ張り出す。
すると彼女は「なんですか?」と言いた気に首を傾げる。その姿は自分が放心状態に置かれていたのだと気づいていなかったみたいだ。
「どうしたのルアちゃん? 君らしくないんじゃない?」
「疲れが溜まってるのでしょうか? 気休めですが回復魔法をかけましょうか?」
これにはクルト、ルキスの2人も心配し彼女に声をかける。
「べ、別に……問題ありません。私は……別に……」
肝心のシャルアはこれに「問題はない」とだけ返して来たが……はっきりとしない言い方に皆にさらなる疑問を植え付ける。
その時……
ふと、隣に居たクルトが彼女の頭を撫でる。
これを目撃したルキスはギョッとして見せたが、さらに彼女は目を疑うことになった。
シャルアが何も言わずに大人しく撫でられているのだ。
ルキスはこの光景をはじめに見た時は「クルト様!? 何してるの!!」と唐突な奇行に驚いた。
クルトがなぜそんなことをしようと思ったのかと疑問に思うところだが、それよりも——そんなことをしようものなら「気安く触るな!!」とブチキレるであろうシャルアを容易に想像できてしまったからルキスは驚き慌てているわけだ。
ただ……これはクルトによる何気ないスキンシップで個人的に『ルアチャレンジ♪』と呼んでいる彼のチャレンジ精神からくる奇行である。
キレられたらそれはそれで、かまってちゃんな彼にとって大喜びな事象なため迷わずシャルアの頭に手を伸ばしている。
しかし……
それよりも驚かされたのは、シャルアがまさかの無反応である点だ。
ルキスは呆気に取られ口をポカンとさせ、クルトも内心「む、無反応だとッ?!」とビビっていた。
「ところで、この報告会はまだ続くんですか?」
「ん? いや……それは……」
そして、撫でられつつシャルアはリゼレイに問う。
さすがのリゼレイにも動揺が走った。
「ルキス? どうだろう……他に気づいた点はあるのか?」
しかし、数秒考える素振りを見せたリゼレイがルキスに問う。
「……ッえ!? あぁ……いえ、他に気づいたことは……」
「だそうだシャルア。重要な報告事項はもうないぞ」
「そうですか……でしたら私はお先に失礼します。用事ができましたので」
シャルアはリゼレイから確認を得ると、撫で続けていたクルトの手を払ってこの場を後にした。
扉へと向かう彼女の足取りは軽快で、急ぎの用事でもあるかのようだ。
やがて……バタンっと閉まる扉をこの場に残された3人は無言で見つめていた。