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僕だけは知っている〜〜そこがチュートリアルダンジョンである事実を〜〜  作者: バゑサミコ酢
第4章 僕が【死を縫い付ける裁縫師《デス・テーラー》】と呼ばれるようになるまで
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第172話 漆黒の外套を纏った子供

「なぁ、あんた……」

「——えッ!? しゃ、しゃべった!?」

「はあ? しゃべったって……私のことなんだと思ってるの? 人間だから喋るに決まってるだろう?」

「——ッ!? そ、そうよね……ご、ごめんなさい……」



 ミノタウロスの斧は突然の乱入者。漆黒の外套を纏った背の低い影によって弾かれた。ソイツは振り落とされる斧を横合いからぶつかることで軌道を逸らしたのだ。

 そして彼は魔物との間に割って入ると、振り返ってルキスに話しかけてきたのである。



「コイツはあんた達の獲物か?」

「え、獲物って……」

「だからコイツを狩るのかって聞いてるの!」

「い、いいえッ! 私達はただ……襲われただけで……」

「なら、この獲物もらっていい?」

「……えッ!? そ、それは構わないけど……」

「そ。ならよかった」

「ちょっと待って!? ソイツは異常種です! 複数のパーティーで挑まないと敵うはずない!」



 漆黒の少年はルキスに1つの質問をし、それを確認し終えると踵を返してミノタウロスに向き直った。

 彼は1人で魔物と対峙する気でいる。ルキスは慌てて彼を止めた。

 ルキスは今まで冒険者をしてきて異常種をソロで討伐したという話は聞いたことがなかった。クランの隊長格のアタッカー達には可能性があるのかもしれなかったが、その者達ですら安全を期すために複数人で討伐にあたることだろう。

 漆黒の少年がなそうとしてることは前代未聞の惨事である。ルキスが止めようとするのも無理はない。


 しかし……


 少年の歩みは止まる気配はない。必死に叫んだにもかかわらずルキスの声はまったく少年の耳に届いていないようだ。

 ルキスの不安が膨れ上がり、脳裏には最悪の事態が想起される。パーティーリーダーであるグランツならまだしも、あんな身体の小さな少年ではミノタウロスの一撃に押し潰されてしまうのは目に見えている。

 彼は異常種の脅威をまったく理解していないのだ。



「——ダメ!」



 少年の救援には感謝している。だけれど彼は他人である。

 助けに入ったのは彼の勝手ではあるが、襲われている我々に対し居ても立っても居られなかった可能性もある。

 そう考えるとルキスの心には罪悪感が生まれた。彼をこの場から逃がしてあげなければ、トップクランの名折れだと。

 彼が例え噂の少年だったとしても、先ほどの一撃を防いだのは不意をついた偶然だろう。身のこなしは悪くはないが、それだけで渡り合うのではまだ足りない。

 そう感じとったルキスは腕を伸ばして彼の手を掴み取ろうとした。無謀に立ち向かう少年を止めようとしたのだ。

 彼だけならきっとこの場から逃走できると思って……その為なら、時間は私が稼ぐ。


 と——


 だけれど……



(——ッえ?)



 ルキスの手は空を切った。

 彼女は確かに少年の手を掴みとったはずだった。だけれど手が届く一瞬……なぜか彼の存在が希薄に感じた。同時に手が透過するようにスルッと手がすり抜けたのだ。

 手に残るのは空振った時に感じとった空気感だけ……驚くほど手答えがなかった。


 まるで……虚影をつかまされた。そんな印象だ。


 驚きからしばらく自身の手を見つめたルキスだったが視線を正面に向ければ、あの少年は尚も歩んでいる最中だった。ゆっくりと魔物に近づいていく。

 ミノタウロスも少年に警戒して吃った唸りを発するだけで様子を確認しているだけだった。


 しかし……事態は一刹那のうちに終息を迎える。



「……え?」



 ルキスは思わず乾いた声をこぼしてしまった。


 なぜなら一瞬のうちに少年の姿が消えたのだ。



「グモォオ!? グォォォオオオオオ!!!!」



 驚いているのはは彼女だけではない。

 ミノタウロスも、消えた少年に驚愕しビクッと反応したかと思えば地面に向かって手斧を振り下ろしていた。

 すると……激しい音と共に打ち付けられた斧の刃のすぐ横には漆黒の外套を靡かせた少年の姿があったのだ。

 この一瞬——ルキスには何が起きたのかまったく見えていなかった。しかし、この刹那の瞬間には確かな攻防があったのだ。



「投擲ッ——!」



 少年は手にしたレイピアを魔物の顔面目掛けて投げつける。それは外套と同じく漆黒に染まった一本の剣だ。

 彼が持つ、2本のレイピアは薄らと紫紺に輝くロープがつながっている。彼は、それを鉤縄でもかけるかのように投擲したのだ。

 しかし、それは最も容易く魔物に避けられてしまう。

 ミノタウロスは、異常種と呼ばれ、冒険者から恐れられる生き物だ。そう易々と攻撃が通るような柔な相手ではない。


 だが……



「操糸ッ——!」



 魔物の顔横を通過していったレイピアは、次の少年の呟きによって可笑しな動きを見せた。レイピア間に繋がった紫紺の糸が生き物のようにうねったのだ。それは獲物を狙う蛇のようにミノタウロスの顔をぐるりと旋回し、やがて……



「——グモォオッッッ!!??」



 グチャッと音を鳴らして魔物の左目へと突き刺さったのだ。物理法則を無視したまさかの軌道だ。

 ミノタウロスはこの時の衝撃から震撼する雄叫びをあげた。まさに悲鳴である。



「虚影ッ——」



(……ッえ? あの少年——なんであんなところにッ?!)



 あの異常種にダメージを与えた不可思議な攻撃。だがしかし、最も驚いたのは気づくと少年が左目に突き刺さったレイピアを握りしめている姿だった。ミノタウロスの肩口に登りツノに捕まってバランスをとっている。それは彼自身が今まさに魔物にレイピアを突いたてたかのような姿だった。


 

「——ッ影の霊気シャドウ・オーラ!」



 少年は呪文のような単語を大声で叫んだ。

 すると……ミノタウロスの身体は左目を起点に、震えるように衝撃が伝わっていく。


 そして……


 ズズンッ——と轟音鳴らし、魔物の巨体が床に倒れ込んでしまった。あの異常種であるミノタウロスがだ。



「うそでしょう……彼は一体、何をしたの?」



 もうわけがわからなかった。

 ルキスは目を疑い呆然と少年を見つめ続けた。それは彼がこの場を立ち去るその時まで。

 ほんの1分足らず。彼は短時間でミノタウロスを倒してしまったのだ。



「彼が……漆黒の外套を纏った……子供……」



 ルキスは……


 あの少年こそが噂の人物であると思い知らされた。










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