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僕だけは知っている〜〜そこがチュートリアルダンジョンである事実を〜〜  作者: バゑサミコ酢
第4章 僕が【死を縫い付ける裁縫師《デス・テーラー》】と呼ばれるようになるまで
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第171話 聞いたか? あの噂を……

「オイッ聞いたか? 黒い外套を纏った子供の話し……」

「あれか……十層帯に出没する冒険者だって話だろう?」

「なに? 冒険者って話は初耳だ。俺は幽霊だって聞いていたが……」

「なんでもレクスって冒険者が、その特徴に似た奴を9階層セーフティエリアに案内した事があるらしい。その時、奴はE級の冒険者だと言ってたそうだ。又聞きだがな」

「本当かよぉ?」



 〜〜第18階層〜〜



 そこにはダンジョンを突き進む一団がいた。

 4人で構成されたそのパーティーは冒険者クラン【銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》】に所属する面々である。

 そして、先ほどから最後尾を歩く2人がとある噂について話していた。

 光の迷宮アルフヘイムは10層ごとにガラリと雰囲気が変わる。よって、それぞれ外観の同じエリアを『帯』という字で括っている。

 例えば1〜9階層を『一層帯』。11〜19階層を『十層帯』と——(ボスエリアを除く)。

 そこで彼らが噂をしてたのは、まさに自分達が歩くこのエリア。十層帯に関するモノだ。



『漆黒の外套纏し子供』



 昨今——十層帯では黒々とした外套で姿を隠した子供が出没すると言うのだ。

 その子供は恐ろしく強いそうで、十層帯に出現する獣型の魔物をあっという間に始末してしまうそうだ。

 噂ではソイツは『冒険者』ではあるらしい。獣に襲われたとある冒険者がなんでもソイツに助けられたそうだ。ただ『助けられる』とは聞こえはいいが、ソイツは颯爽と現れては魔物を倒し素材を持って直ぐに消えてしまう。その目撃談から察するに……ソイツにとっては救援とは単なるついでであり素材が目的である可能性だってある。

 だが『漆黒の外套纏し子供』の正体をつかもうとしても、まるで影に溶けて消えてしまうかの様にたちまち姿を眩ませてしまうため……『幽霊ではないのか?』と眉唾を噂する者までいたのである。



「オイッお前ら。口は慎め。今は任務中だってことを忘れるな。例えここが十層帯であっても油断は禁物だ。警戒を怠るんじゃない。死にたくなければな」


「「——ッ!? はい!! すいません。グランツさん」」



 パーティの先頭を歩く男【グランツ】は噂話に花を咲かせ楽観的である隊員を叱責した。彼は現在このパーティのリーダーを務めている。たるんだメンバーを正すのは彼の立派な責務である。



「ふふふッ……グランツ様? 少しお堅いのではないですか?」

「なんだ。ルキスか?」



 ただ、そんなリーダーに物申す者がいた。このパーティーで唯一の女性である物腰の柔らかな女性【ルキス】である。



「そんなことはない。ダンジョンでは気の緩みは死に繋がる。それは簡単な任務であってもだ。私はこのパーティーをクランリーダーであるリゼレイ様から預かっている。不測の事態はあってはならないのだ」

「確かにそうかもしれませんけど……気を落ち着けてリラックスするのもダンジョン攻略には大切ですよ? 心に余裕があるとないとではパフォーマンスは変わってきますからね」

「むむぅ……」

「ね! み〜んな♪」


「「——ッ!? ルキス様〜♡」」



 ルキスの考えはグランツを唸らせた。

 少女の振り返って見せた輝く笑顔は、男の心を掴み取り叱責を受けた2人のメンバーはたちまち気力の回復を果たしていた。

 グランツが『鞭』であるなら、ルキスは『アメ』——このパーティーはよくできたメンバー構成をしている。



「まぁ……なんだ。警戒を怠らなければ……それでいい。少し厳しく言い過ぎた」

「ええ。グランツ様のストイックさは、アナタ様の素晴らしいところですけど、もう少し柔らかくあってもいいはずです!」

「そう……かもしれんな」

「もし何かあっても大丈夫ですよ。グランツ様の盾はどんな攻撃も防ぎますし。それに私だって〜どんな傷をも治して治療して見せますから〜!」

「ああ。期待してるぞ」

「はい! 私めにお任せくださいませ♪」



 タンカー鉄壁のグランツ。


 そして光の癒し手であるルキス。


 2人は冒険者クラン【銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》】を支える隊長格たる存在である。





 だが……










「グランツ様ッ!! 2人とも——ッッッ!!」



 そんなトップクランの精鋭がいたとしてもダンジョンは決して侮る事のできない場所である。



「——ッ!? 異常種ミノタウロスッ……まさかこんなタイミングで出くわすなんてッ——」



 4人の前に現れたのは牛頭巨体の魔物であるミノタウロス。その体躯は軽く2メートルは超えるバケモノであった。

 ミノタウロスは十層帯に出現する特殊エネミーである。滅多に目撃情報が上がらないのだが……それは、出会ったと同時に殺されるからして、そもそも情報が耳に入らないとの逸話は冒険者の間で恐れられる風聞である。だが、そうだとしてもこの魔物は個体は少なく、広い迷宮内で出くわすことは稀であるのには変わりがなかった。


 だが……


 グランツ率いるパーティーは運悪くコイツと遭遇してしまった。

 グランツが構えた盾は奴が手にした斧によって最も容易く粉砕され、弾き飛ばされた彼の身体は迷宮壁に叩きつけられる。同じく、アタッカーであった噂話好きの2人も力に押しつぶされ薙ぎ払われてしまった。


 残されたのはルキス1人……


 彼女は光魔法に起因する回復魔法の使い手……要はヒーラーであったが、タンクとアタッカーを失った今、彼女に残された生き残る術は逃走のみとなってしまった。



「る……ルキ、す……に、にげ……ろぉ……」

「グランツ様!! で、ですが……」

「この状況では……もう……助からん……せめて……君だけ……でもぉ……」

「——ッ!?」



 ルキスを除いた3人は辛うじて息はあった。今からでも回復魔法を使えば十分助けることができる。


 だが……


 目の前にはバケモノが居る。果たしてそんな猶予を与えてくれるのか?


 いや……そんなはずはない。


 少なくとも回復には動ける段階まで持っていくにも十数秒と時間がかかる。ヒーラー1人の状態でミノタウロスからそれほどの刻を得るのは不可能に近い。


 だから……せめてルキスだけでも逃がそうとグランツは残された力を振り絞って彼女に声を飛ばした。大の男から発せられるにはか細く弱々しくなってしまった精一杯の声で……。


 だが……ルキスは動けなかった。自分が助かるために仲間の命を犠牲にすることを考えると、怖くて足がすくむ。

 グランツの言いたいことは良く分かる。そう……良く分かるからこそ、それだけ恐怖が彼女の心を蝕んだのだ。



(グランツ様がやられてしまった時点で、私達に逃走する機会は無くなってしまった。ミノタウロスは数パーティー単位で挑まなくてはまず勝てない。それに今はメインを張れるアタッカーすらいないのよ?! こんなの無理に決まってる!)



 ルキスは必死に打開策を考えた。しかし、いつしか思考は不満を吐露し始め、ゆっくりと近づいてくるミノタウロスを震えた瞳孔で見つめ続けていた。

 呼吸は浅く、鼓動も早い。

 彼女は完全に後悔と恐怖に支配されていた。


 そして……



「……あ」


「——ルキスぅぅううッッッ!!??」



 ミノタウロスは少女目掛けて斧を振りかざした。その光景に思わずグランツは彼女の名前を叫んでいた。


 依然とルキスは動かない。


 身体は恐怖によって膠着し、斧が篝火によって鈍く輝く様を見た瞬間——頭の中が真っ白にホワイトアウトする。


 そして……



「助けてッッッ……」



 ルキスは小さく悲鳴をこぼして目を閉じた。



 それは諦めてしまったかの様な姿だった。実際、彼女は一巻の終わり。ここから巻き返す術は、このパーティーには残されていなかった。



 しかし……



 ——ギィーーーーーンッッッ!!!!



「「——ッ!!??」」



 (凶器)がルキスに振るわれることはなかった。


 鈍い金属音の後——瞳を開ければそこには……



「黒い……外套を纏った……子供?」



 “漆黒の外套纏し子供”の姿があったのだ。









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