第166話 通用しない僕の刃
「——ッ刺突ッ!!」
僕は落下速度を活かした突きの一撃をクリスタルサーペントにお見舞いする。
だが……
「——ッチ! 硬い!」
ギンッと硬質な音を洞窟内に反響させるだけで、僕の一刀はいとも容易く跳ね返されてしまった。
魔物の甲殻は特殊なクリスタルでできている。このクリスタルは青魔法石同様に魔力を良く通すのだが……物体自体が魔力でできているわけではないので、影の魔法で溶かしたりなんてできない。
であるなら、僕はこのトカゲを純粋な物理攻撃で倒すしかないわけだが……結果はご覧の通り傷1つ付けることさえ叶わなかった。
「にゃっはっは〜! コイツ相手に、そないな細い得物をぶつけたって無駄や無駄! 君、何も分かってないんやな!」
すると、オランジュ髪の彼女は、僕の無意味な一撃を見て大いに笑ってやがった。
クソぉ……馬鹿にしやがって……。
別に、僕は今の一撃で仕留めようなんて、これっぽちも思っちゃいない。ただ、攻撃が通じないという事実を確認したかっただけだ。
それを、あたかもクソ真面目に攻撃すればどうにかなる〜的な考えしかない頭が足りてない奴みたいに思わないでほしい。
「おい。あんたこっちにばかり怠けていていいのか?」
「……はあ? 何を言っとるん?」
「いや……囲まれてるぞ? 食われたいのか?」
「——え?」
——グワッグワァ〜!
「——ッ!? ぎやぁ〜〜〜あ!! 嫌やぁああ!? くるなぁああ!!」
しかしなあ〜。周りを見ていないのはいただけないな。僕の動向に嘲笑をむける暇があるのなら自分の置かれた状況を見直すべきだ。
あの様子だと、この女の子の強さは『そこそこ〜まあまあ〜?』ってところだろうか?
クリスタルサーペントの攻撃を巧みに躱わす姿は見事なモノだが、その間彼女の握る槍は一向に振るわれる気配がない。この子もまた僕同様に傷すら負わせずに攻めあぐねているのだろう。
僕のことを笑っていて、結局あんたも同じじゃね〜かよ——って話だ。
だが、悲観するのはまだ早い。
僕がクリスタルサーペントにダメージを与えられないことについて……彼女が溜飲を下げたということはだ。もしかすると内心ではホッとしてるんじゃ〜ないかと思うんだ。
己もクリスタルサーペントにダメージを入れることが叶わず、そこに降って現れたのが秘密のエリアを知る別の人物。彼女にとって僕とは不測の来訪者だ。
この場で金を稼ぐことができるのは魔物を先に仕留めた者——要は早い者勝ちだ。僕の登場と、魔物を狩れるか狩れないかは死活問題へと発展する。
そこで先ほどの僕の一刀が通用してみろ——それは彼女にとって大切な獲物が奪われてしまう瞬間となる。だから安心しきってしまっているんだろうな。それはもう魔物の接近に気づかなくなるほどに……危機意識はゆるっゆるだ。
であるなら……
僕という人物が取るに足らないと判断されてるうちに—— 一気に掻っ攫う。このエリアが僕以外に知られていることについては……後で考えよう。
とりあえず今は魔物に集中。目にものを見せてやろうじゃないか!
ただ……
『目にものを見せてやる』とは思ったものの、あの硬〜いトカゲをどう仕留めるのか?
正直僕は、あの甲殻を貫ける自信はない。
そもそも僕ってパワータイプとは違うんだ。瞬間火力で言えってしまえばアイリスの見せる【抜刀『焔』】にも劣ってしまうだろう。
巧妙な技と拓越した速さで翻弄し、防御の薄い地点目掛けて鋭い一撃を叩き込む——僕の戦闘スタイルを説明するとそんなところだ。
そして残念なことにガッチガチのクリスタルの塊であるトカゲには僕の一撃は通用しない。
現状、最も威力の高い攻撃と言えば、影の魔力を刃に纏わせて思いっきり殴ることかな? それが脳筋な思考なのは否めない。
牛頭に使った魔法【影の霊気】も、一撃必殺が見込めるかもしれないが……あれは刃が肉の柔らかい体内に侵入しなくちゃ意味がない。ただ、魔力を伸ばすだけでクリスタルには通用しない脆い剣なんだ。目とか口の中とか狙えば通用しそうだけれど……流石にこの数をとなると現実的ではないかな?
もっと別の……効率的な方法を探さなくては……
「ほら! こっちやで〜〜トカゲちゃ〜〜ん♪ 怖ないで〜〜すぐ楽にしてやるからな〜〜♪ にゅっへっへっへ〜〜♪」
ふと、あの謎の女の子を確認してみると気持ち悪い奇声を上げて笑ってた。変態だと思っていたが……本当に変態だったみたいだな。
それでも、彼女のその様子からみるに……アレは何かを狙っているかのようだ。クリスタルサーペントの気を引いているみたいな……。
「アレは地底湖の方か? ふむ……なるほど、そういうことね」
だが、自ずと変態女の子……略してヘンコの目的には気づけた。
彼女は崖を背に魔物を誘き寄せている。つまり、ヘンコはクリスタルサーペントを崖に落とそうとしているのだ。
「ふふふ……だったら、これを利用しない手はないよね」
ピンッと来た。
だったら、これを利用してやろうとね——。