第161話 アグレッシブ令嬢のお詫びの品々
翌日——
「——ウィリア!」
「「——ッ!?」」
教室に再びアイリス来襲。彼女の声に身体が跳ねる僕とシトリン。
これは昨日のトラウマが原因だが——この時の僕は顔が引き攣る程度にとどめた。しかし、シトリンは僕にしがみつき瞳に涙を溜めている。これはよっぽど昨日のアイリスが怖かったのだとみた。
てか君、僕の奴隷なんだよね? 『囮でもなんでもします!』とか言ってなかったっけ?
なのに僕にしがみついて怯えているだと?
なに? 死ぬ時は一緒だよってか?
ミノタウロスの時には囮を買って出たんだよね? なのにシトリン……君はもうアイリスには立ち向かえないのか?
ミノタウロス < アイリス?
それでいいのか奴隷娘シトリンよ……。
「2人とも……ちょっといい……」
そして、肝心のアイリスなのだが……いきなり鋭い視線で睨め付けてくる。
非常に怖い。これは、怯えても仕方がないな。だって僕だって怖いんだ。
して……アイリスは僕たちに何用だ?
まさか、昨日の続き血祭りの続きを開催しようと?
アイリスのことだし、可能性はあるなぁ……。
「——ごめんなさい!!」
「「……ッえ?」」
若干の間があったアイリスだが、深々と頭を下げた。彼女の目的とは謝罪だったようだ。
「私、昨日は早とちりしちゃったみたい」
「ほう? どうして急に気変わりを? 頭でも打ったか?」
「……は? なに? そんなに斬られたいの〜〜? ウィル〜〜?」
しかし、彼女はいつも通りのアイリスだった。気が狂っての行為ではなさそうだ。
「聞いたわ。シトリンちゃんは主人を失った奴隷で……ウィリア、あなたに拾われたってこと」
さて……
彼女はその情報をどこで知ったのだろうか?
だが、アイリスとは元公爵令嬢である。公爵家の情報網はなかなか侮れない。もしかしたら、そこを経由して知り得たのだろうな。
「奴隷の扱いについては知っているわ。なのに軽率にあなた達を断罪したことは、本当に反省してる。ごめんなさい」
しかし、アイリスもだいぶ丸くなったものだな。悪いと思ったら素直に頭を下げる。
今も規律を正して頭を下げている。一般市民がいるこの教室にも関わらず。矜持ってものを気にせず仁義を慮っている。
「で……どうする? シトリン?」
「わ、私は特に怒ってなどいません。ウィリア様の判断におまかせします」
「そう? なら……」
僕は全然許してもいいんだけどね。シトリンがトラウマになっていないか、アイリスに聞こえない小さな声で一応確認。彼女はプルプルと顔を振って見せると泣き虫顔が払拭された。気を切り替える動作なのかな? なんとも可愛らしい仕草だ。
そして、平静を装うと僕に任せると言ってきた。
うん。この感じは、僕がどんな選択をしたとしても大丈夫そうだな。
それなら……
「もう気にしてないよアイリス。説明不足だった僕もいけないんだし、言葉選びをミスったシトリンにも非があった。怒ってないよ」
「そう……そう言ってもらえると助かるわ」
「アイリス。君、謝ってばかりだよね。もう少し落ち着いて状況を飲み込んでから行動を起こしたら?」
「面目ないのだけれど。ウィルに言われると……なんかムカつく」
「なんでだよ」
とりあえず謝罪は受け入れといた。
別に、こんな堅苦しい謝り方してこなくていいのにね。いちいち律儀なんだよなアイリスって……
ただ、これに関しては令嬢だった時の感覚が影響してるんだろう。こればかりは仕方がないか?
「それで……2人は欲しいものとかある?」
「「欲しいもの?」」
「何かプレゼントさせて。お詫びの印によ」
「「プレゼント?」」
そして、この提案。これもまた令嬢と言えば令嬢っぽい返しだな。賄賂を送ろうってか?
「別にいらないよ。この程度で……友達だろ? 僕たち?」
「……ッ。と、友達……」
この時、アイリスはハッとして、ほんのり頬を赤らめていたが……なんだろうな。この反応は? よくわからないや。
「そんなわけにもいかないわ。ティスリに昨日のことで怒られたのよ。だから、気持ちを受け取ってもらえない? でないと、お姉ちゃんにまた叱られてしまうわ」
「そう言われてもなぁ……」
「別にお金の心配はしなくていいのよ? 気が引けるのなら、こないだみたいな食事をご馳走するのでもいいわよ? ヴェルテも呼んでね。私としては何かしら形だけでも受け取って欲しいの」
なんでも、貴族ってこういうものらしい。いくらアイリスが“元”公爵令嬢だったとしても、責任ってのは大切なんだそうだ。
でなければ、馬鹿正直に奴隷ゴッコなんてしてなかっただろうしな。それに、アイリスパパにも『コキ使え』って釘を刺されてたっけ? 問題があれば、家の方にも報告でも行くんだろうな? だから形だけでも問題対処はしなくちゃいけないと……そんなところだろうか?
「じゃあ。この子、シトリンに“髪留め”でもプレゼントしてくれる?」
「髪留め? そんなのでいいの?」
「ああ。前髪が目にかかって見づらそうにしてたからさ。ちょうど買ってあげようと思ってたんだ。昨日も紅茶を溢しちゃって……」
「そう。分かったわ。早速ティスリと選んで買ってくるわね。凄いの楽しみにしてて!」
「いや……あまり豪華なのはいらないぞ? 普通なのでお願い」
「普通に凄いのね。了解!」
「本当に分かったのか??」
そして後日、送られたのは至って普通、猫の模様をあしらった白銀に輝く髪留めだった。だが後で知ったが……その材質はミスリル? とかいう貴重金属。軽くて丈夫というたかが髪留めにしてはオーバースペックな代物だった。馬鹿じゃね〜の?
「それじゃあ。ウィリアは何が欲しい?」
「え? だから、髪留め……」
「それはシトリンちゃんを怖がらせたことへのお詫びの品よ。ウィリアには別に贈らせて?」
「ふ〜〜ん。そうだなぁ……」
アイリスのプレゼント企画は『髪留め』1つでは終わらなかった。
しかしだな……
いきなり欲しいものを聞かれたってなぁ……そんなものは急には出てこない。
正直言ってしまえば「金!」になるのだが、そんな答えをアイリスが求めてないのは僕だって分かる。
さて……これを踏まえて、どんな“おねだり”をアイリスにすればいいのかな?
どうせプレゼントを貰えるのなら無駄にはしたくない。前みたいに『ランチをご馳走される』でもいいんだけど……令嬢飯にはあまり魅力を感じないんだ。お堅いランチって気疲れしちゃうんだもん。あれはあれで美味しかったけども……やっぱり普通のご飯が1番さ。
さて……
それなら他の選択肢だ。であるなら……
「……お? そうだ」
「ウィル? どうしたの? 何か思いついた?」
1つ思いついたものがある。
アイリスはピクッと反応している。彼女はソワソワとし始めた。要望に飢えているようだ。
なら……それに応えてあげようじゃないか。