第158話 紅茶をお淹れいたします!
「——ッあ!? そうだウィリア様!」
「……ん? どうした?」
突然、シトリンが思い出したかのように声が跳ねた。それは僕の気を引くには十分だった。
「紅茶は要らないですか?」
「紅茶?」
「ええ。実は、おばさまから貰った茶葉がありまして。是非ウィリア様に飲んでいただきたく〜♪」
紅茶か。僕は田舎者なので嗜好品にはあまり馴染みがない。前にアイリスに数回ご馳走してもらったことがあるぐらいだ。
正直言ってしまえば、好きでも嫌いでもない〜が正直な感想である。
だが……
「そう? なら、せっかくだから貰おうかな?」
「はい! では少々お待ちください。淹れてまいります!」
シトリンが用意してくれるというのだから、淹れて貰おう。好意というのは素直に受け入れてあげるのが喜ばれるのだ。
シトリンの言う『おばさま』とは寮母のオバサンのことだ。今朝、シトリンは彼女の手伝いをしたと言っていたが、どうやらよほど気に入られたようだな。紅茶なんて嗜好品をもらうないんてよっぽどだ。
そして5分後——
シトリンが戻って来た。大きなサービングトレイにティーセットを乗せて。
彼女はお手製のメイド服に身を包んでいるが、その姿と相まって実に様になっている。
「お待たせいたしました。ウィリア様」
「シトリンが入れてくれる紅茶かぁ〜。うん、楽しみだね」
「はい。ご期待に添えればいいのですが……」
シトリンは丸テーブルにティーセットを並べると、紅茶を淹れ始めた。
僕は紅茶の淹れ方をよく知らない。
だが、そんな僕ですら分かる。シトリンの作業は明らかにぎこちない。
おばさまにでも簡単なレクチャーをもらったのかは知らないが、震える手でゆっくりとした動作で紅茶を準備している。だが、その表情は真剣そのものだ。僕はその頑張りはしっかりと評価してあげたいとシンプルながらに思った。
だって、頑張る子は応援したくなっちゃうでしょう?
そして……
「お、お待たせ、い、いたしました」
「シトリン……だ、大丈夫?」
「だ、だ、だ、大丈夫です!?」
本当かな?
ソーサーに乗ったティーカップを運ぶシトリンだったが、並々と注がれた紅茶の表面が波打つほどカタカタと震えている。紅茶を淹れるまではまだよかったのだが……緊張感がここにきて滲みでてしまったのか?
心なしか彼女の片目だけ覗く金眼は瞳孔が渦巻いているようにも見える。テンパっているのは明白だった。
案の定——
「——キャア!?」
「——うわぁあ!?」
ガチャ〜ン!! と盛大に紅茶を溢した。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!? ウィリア様!!」
「あぁ、大丈夫だよ。気にしないで」
「うぅ……ごめんなさい……」
幸い陶器のカップは割れていない。溢した経緯は、どうも距離感を誤ってしまったようだ。テーブルに置いた時に卓上のノートとソーサーとが重なって置かれてしまったのだろう。そのまま、斜めに倒れて溢してしまったのだ。
だが、僕は慈愛のウィリアちゃんだ。こんなことぐらいで怒ったりはしない。
「大丈夫。幸い溢れたのはテーブルの上で大して汚れていない。もう一回淹れてくれる?」
「は、はい!」
失敗したのなら、もう一度挑戦すればいい。誰だって初めては上手く出来ないんだ。なら、何回も挑戦してできるまでやればいいだけの話だ。そうやって人間は成長するモノなんだよ。
僕の持論だが、やるからには思いっきりやった方がいい——そう、盛大にだ! その方が断然楽しいし、失敗した時、成功した時のリターンは大きい。そんな気がするんだ。
「お、お待たせしましたウィリア様」
「うん。ありがとう」
そして、今度は見事に僕の目の前のテーブルに紅茶の入ったカップが用意されてる。僕はカップを持ち上げるとゆっくりと口に運び一口啜る。
「うん。美味しいと思う。ちょっと冷めちゃってるけどね」
「うぅ……ごめんなさい」
「大丈夫だよ。これで次は失敗しないでしょう? ね?」
「はい!!」
紅茶はすっかり冷めてしまっていたが美味しい……気がする。
曖昧な答えなのは許してほしい。はなから僕は紅茶の味なんてわからないんだ。正当な評価なんてできっこない。
だが……
シトリンがせっかく頑張って淹れてくれた紅茶なんだ。マズイわけないじゃないか。
隠し味は愛情とシトリンの頑張り——ってところかな?
だけど……
「…………」
「……? どうしましたウィリア様? 私の顔を見て……もしかして本当は美味しくなかったとか……」
「いや、違うんだ」
ここは1つアドバイスを彼女にしてあげよう。
「シトリン。ちょっといい?」
「はい」
「その前髪だけどさ。両目が見えてる方がいいんじゃないの?」
「……ッえ!?」
紅茶を溢してしまったのも、前髪が片目にかかってしまっているのが原因なんじゃないかなと思うんだ。女の子の髪型がどうあるべきかはよくわからないけど……あの前髪はヘアピンで留めるなりカチューシャをするなり、やりようはあると思うんだ。作業するのにも、なんか鬱陶しそうじゃん。
「お、お気持ちは嬉しいですが……わ、私はこのままでも問題ないので……」
「いや。紅茶だって溢してたじゃん。その前髪は邪魔にならない? せめて作業する時だけはヘアピンで留めるとかした方がいいんじゃないの?」
「で、ですが……」
「……?」
なんでだろう? 僕の発言には忠実なはずのシトリンが、やたらと前髪に関して良い顔をしないぞ。
女の子だからなのかな。オシャレが気になるお年頃ってやつか?
まぁ〜なんにせよ……
「シトリン。1度試しにさ。前髪を留めてみたら? ほら、こんな風にさ」
「——ッ!?」
確かめてみることはとても大切だと思うんだ。
だから、良かれと思ってシトリンに近づいて、右目にかかる前髪を僕は何気なく指で避けてみた。
すると……
思いもしてなかったモノを見てしまった。
「……え? 緑の瞳?」