第156話 悪用される嘘発見機
アイリスが教室入口の扉に声を飛ばし手招きをすると、待ってました〜とバリに室内へと女の子が飛び込んでくる。
その正体とはヴェルテだった。本日も鬱陶しいほどに元気一杯、獣耳ピコピコのバイタリティーの塊のような女の子だ。
だが、彼女の登場は僕にとっては非常にまずい事態を招く。逆に僕の元気が一気に吸い取られてしまいそうな感覚が襲ってくる。
「ヴェルテ。やりなさい!」
「は〜い! アイリスちゃん!!」
アイリスが無情にも指示を出す。これにヴェルテは大きく挙手をして反応している。
嘘だ。あのヴェルテちゃんがすっかり調教されてしまっている?!
僕のヴェルテちゃんがァア!!
(※ヴェルテはウィリアのモノではありません)
だが、今はそんなことよりもだ。アイリスが出した指示が問題だ。
「ま、待て——ヴェルテ。僕はそんなのは望んじゃいないんだ!」
「大丈夫だよウィル。すぐ終わるからね〜〜♪ 怖がらなくていいよ〜〜♪」
「いやッ!? そういうんじゃなくてッ!」
「身体の力を抜いて。痛くないよ。優しくするから〜〜えへへ〜〜♪」
ヴェルテちゃんに襲われる!? まさかこんな日が来るとは!!
ヴェルテにアイリスのアグレッシブさが移ってしまっているのか!?
嘘だ! こんなの悪夢だぁあ!!
ヴェルテは面妖に笑ってゆっくりと近づいてくる。尖った八重歯が僕に恐怖を植えつけ、油断をすれば喰われてしまう。数秒後にはそんな未来が訪れる恐怖の光景が脳裏によぎる。
「——ヒィッ!?」
やがて、肩をガシッと掴まれて逃げる機会を奪われた。そして、ヴェルテは顔を近づけてきた。頬がほんのりと紅潮して、彼女の息は心なしか荒い。
(——く、喰わる!?)
その光景に、もう僕は諦めるかのように目を閉じた。ただただ、その瞬間を待ち受けることしかできなかった。
だが……
「……クンクンッ! スンスンッ!」
まぁ、普段は食べることが大好きな彼女だが……今のヴェルテの目的は『喰う』ではなく『嗅ぐ』なんだけどな。
さて……僕とヴェルテの先ほどの一幕を周囲に居た女生徒が顔を赤くし目を見開いて傍観していたのだが……この反応もよくわからないな。一体何と勘違いしているのだろうか。よくわからない反応だよ。
「——ッむ!? ウィル強くなってるぅうう!!」
そして、僕の首元の匂いを嗅いだヴェルテは急に叫んだ。
「アイリスちゃん! ウィル強くなってるよ! 昨日はこんなに強くなかったのに!?」
「そう……ウィル。あなた……やっぱり、抜け駆けしてたじゃない!」
ヴェルテは匂いを嗅ぐことで、その人の強さを測ることができるらしい。つまり、アイリスはヴェルテのこの能力を知って悪用しているのだ。嘘発見機とは良く言ってくれるよ。
「違う……こ、これには理由が?!」
「四の五の言ってないでそこになおりなさい! お仕置きよ!」
「——え!? い、一体……な、何をするつもりだ!?」
「なに……単に剣の鞘でブッ叩くだけよ。いいでしょう?」
「いいわけあるかぁああッ!!」
アイリスは鞘に収まったままの剣をベルトから外すと、それを振り上げて近づいてくる。『鞘でブッ叩く』というが、それでは『剣で殴る』ではないのか? そんなので殴られれば絶対痛いだろう!? 断固拒否だ!!
「ヴェルテ助けてくれ! 君からもやめるよう言ってくれ!」
「……にゅ?」
僕はヴェルテに助けを求めた。目の前で友達がブッ叩かれる瞬間なんて彼女は見たくないだろうと思って助け船を期待した。
しかし……
「ごめんウィル……」
「……ヴェルテ? な、なぜ謝って……?」
彼女は視線を逸らして謝ってきた。その反応にたちまち僕の頭に疑心が満ちる。
「あ?! そうだったわヴェルテ。良くやってくれたわね。はいコレ約束の品よ」
「……ッ!? ありがとうアイリスちゃん!」
すると、そんな彼女に渡される小袋。ヴェルテはアイリスからコレを受け取るとニッコリと笑って袋の中身を漁った。
「——う〜ん! ほひひふおいひい(干し肉美味しい)!!」
そして、それを勢い良く頬張ると幸せそうな満面の笑み。なんとも美味しそうに干し肉を食べている。
「まさかアイリス……君はヴェルテを買収して?!」
「はて? なんのことかしら?」
「——ック!? この卑怯者ぉおお!!!!」
「ふふふ……何とでも言いなさいな」
「——クソォオオ!!」
アイリス……僕は君を見損なったぞ。まさかヴェルテちゃんを悪用をするなんて——!?
アグレッシブだ! ヒステリックだ! とは思っていたが、アイリス……君はまさか悪魔だったとはな!?
「さ〜〜て、日頃の恨みもひっくるめて一発叩かせてもらうわ♪」
「ま、待て……は、は、話し合おう!」
「ダメよ——問答無用!!」
「——ッ!?」
アイリスは僕の話に耳を傾ける気はないようだ。
そもそも……
僕はな〜んで彼女に責められているんだろうな?
別にダンジョンに入ることは禁止されてる訳でもないし、いちいちアイリスの許可を貰う必要もない。『抜け駆けだ!』って非難される謂れはないだろう?
アイリス……君は僕の何だってんだ!?
だけど、ダメだな——
この時の僕は、言い返すだけの思考も気力も持ち合わせていなかった。
ヴェルテに裏切られた事実が、あまりにもショック過ぎたんだ。
アタフタとしてる間に教室の壁に追い詰められた。
「ふふふ……追い詰めたわ。ウィル〜♪」
「アイリス……ぼ、僕が悪かった! ど、ど、どうか許して……!?」
「うふふ……だ〜め♡」
あぁ〜〜ダメかぁ〜〜?
ダメ元で謝ってみたけど——僕はどうやらここまでのようだ。
目の前で爽やかな笑顔で剣を掲げているアイリス。行動と表情がまったく噛み合ってない姿に脱帽さ。きっとあれは秒読みで僕の頭に叩き落とされるのだろう。
ならここは、彼女に新たな称号を与えよう。
心をこめて……
そう——サイコパスと……
「——て〜〜い♪」
「——ッ!!」
そして、その時が訪れる。
ヤンチャな掛け声と共にアイリスは剣を振った。
君はそんなキャラじゃないだろうにさ。
僕は、堪らず目を閉じた。
と、その時だ——
「ダメェ〜〜〜〜!!!!」
「「「——ッ!?」」」
突然の悲鳴と共に、1人の少女が飛び出してきた。
僕を守るかのように両腕を広げて立ちはだかったんだ。
1人の小さなメイドが……。