第153話 見たければ見せるけど?
クルトは身体が固まり、困惑に染まる瞳はリゼレイから動かすことが叶わなかった。
「聞いたぞクルト。君は女の子の下着の色をチェックしていないと死んでしまう病気を患っているそうだな」
「……は??」
「シャルアからそう報告を受けているぞ? ダンジョン内でパンツを覗かれたとか? だが安心してくれ。君にはそれなりの理由がある。それも命に関わることだ。今回のことは不問とする。シャルアも深くは追求しないと言っていた」
「……ちょ、ちょ、ちょっと!? クランリーダー??」
「しかしな……仕方ないとは言え、誰かれ構わず色を聞いて回られても困る。このまま放置しては、クランの他の者にも同じ被害がでてしまうかもしれない」
「もしもし? ちょっと聞いて……!?」
「そこでだ。クルトには私の下着の色を教えてあげたのだ。どうかこれで我慢してくれ」
「……はぁぁああ??!!」
紺色とは本日のリゼレイの下着の色。
どうもシャルアの報告が原因でとんでも爆弾発言に発展してしまったようである。
クルトに動揺が走った。
確かに彼はシャルアのパンツを覗いた。しかし、それはあくまで事故のようなものだ。シャルアがリゼレイにどんな報告をしたかは分からないが、おそらくは口汚く語られたことをリゼレイが変な解釈をしてしまったのだろう。
彼女は腹芸ができない上に、思い込みも激しかった。クルトは『喋ってないと死んでしまう病気』だと嘯きはしたが『女の子の下着の色をチェックしないと死んでしまう病気』だとは一言たりとも言ってはいなかった。可笑しな伝言ゲームはクルトを社会的に殺してしまう殺傷力を得てしまっていた。
「私のでよければ毎日聞きに来てくれてかまわないぞ?」
「はぁぁ……リゼレイクランリーダー? あのですねぇ……」
「どうした? 聞くだけではダメなのか? なら見せようか? ホラ!!」
「——見せなくて結構ですッッッ!!」
「……ッむ。そこまで拒否されては……ショックだぞ……」
「なんで落ち込んでるんですか?!」
リゼレイはクルトに見えるようにスカートの裾をたくし上げた。クルトはすかさず手で目を覆い視界を閉ざし、もう片方の手をリゼレイに振って見せることで彼女の行為をやめさせにかかる。クルトは紳士的に振る舞った。
この時——2人の幸運は、この部屋が2人きりだという点だろう。
この会話と状況を第三者に見られでもしたら……体裁が保たれる保証はないのである。
「クランリーダー。あなたは女性なんですから、淫らな行為は謹んでください!」
「淫ら? 別に誰かれ構わず見せたりはしないぞ? 他でもない。クルトだから見せるのだぞ!」
「お気持ちは嬉しいですが……発言がやばいです。野郎をあまり信用しませんよう留意してください」
「……む? そうか……」
「それと、クランリーダーは勘違いしています。僕は変態疾患者じゃありませんよ。クランリーダーは変な勘違いをしています」
「そうなのか?」
「はい」
そして、クルトの説教が開始される。瞳を隠したままの状況で、リゼレイの勘違いをただそうとした。
その時——
クルトの背後からガチャリ——と音がなった。部屋の扉が開いたのだ。
「リゼレイさ〜ん。報告書を忘れてたので提出しに来……」
そこで入って来たのはシャルアだった。
彼女はクルトの前に報告を終えていたのだが……その時、忘れた報告書を今になってリゼレイに提出しにやってきたのだが……
「「「……え?」」」
今は状況が悪かった。
スカートをたくし上げてパンツを晒しているリゼレイと、振り返ってシャルアを視界に捉えていたクルト。
この2人を俯瞰するシャルアは、プルプルと震え見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げた。
「おお! シャルアか! ちょうど今、クルトがどうしても下着を見たいというものだからな……」
「違ぁあーーーーう!! 僕は見たいだなんて一言も言っていなぁあーーーーい!! ……か、か、か、勘違いなんだ! ルアちゃん!! これには訳が……!?」
リゼレイはケロッとして言葉足らずを極めた発言を口にし、クルトは顔を真っ青にして慌てて弁明を始めた。
だが、時既に遅し……
「——へ……」
「「……“へ”?」」
「——変態ッッッ!! クルト先輩!! 最低ッッッ!!!!」
「「——ッ!!??」」
シャルアは大声をあげてクルトを軽蔑すると、バンッと扉を打ち開いて走り去った。
「——待ってくれぇえ!! ルアちゃん!! 本当、誤解なんだぁあーーーーあ!!!!」
「嫌ぁあーーーーあ!! 来るなぁあーーーーあ!!!!」
クルトは慌てて彼女を追った。やがて、2人の絶叫は屋敷の奥へと飛んで行き小さくなっていく。
そして……
「ふむ。2人とも仲がいいではないか! ふふふ……良かったぞ! 仲良し大作戦は大成功だったな!」
ようやく、スカートの裾から手を離したリゼレイは満足げに「うんうん!」と頷き、扉の向こうから響いてくる男女の悲鳴を聞いては愉悦に浸ったのだった。