第152話 今日の私の色は紺色だ!
「報告は以上になります。クランリーダー」
「うむ。ご苦労だったクルト」
【銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》】拠点の屋敷——その建物の最上階にある一室でクランリーダーであるリゼレイに報告をするクルトがいた。
報告内容はリゼレイから受けた勅命によるものだ。クルトはシャルアと共にダンジョン5階層まで向かいラビットブランが急激に減少した謎について調べていた。結局、そのことについては分からずじまいだったが……駐屯地までの見回りを終えると休憩を挟み帰還——そのままリゼレイのところまで報告にきていたのだ。
しかし……
「ところでクルト——シャルアとはどうだった?」
「……? どうだったとは?」
「仲良くできていたか?」
「あぁ……」
表向きは5階層までの見回り調査だが、本当の狙いとはクルトとシャルアの『仲良し大作戦』なのだ。
「お気遣い感謝しますよ。クランリーダー」
「な、なんのことだ? わ、私は別に……」
「誤魔化さなくても良いですよ。仲の悪い僕たちを気にして、いきなり調査してこい〜〜だなんて言い出したんでしょう?」
「……っふ。やはり、クルトには見破られていたか」
「バレバレです。クランリーダーは嘘が下手くそですからね」
「そ、そうか……」
クルト自身、そのことは百も承知だった。
クランリーダーであるリゼレイは、優れた戦闘力を持っていながらも、それでいて主導者として仲間を思いやる優しさも持ち合わせている。
だが……そんな完璧なような彼女でも弱点が存在する。彼女はあまり腹芸が得意ではないのだ。表情こそ変化は少ないのだが、言葉選びに圧倒的なセンスがない。
クルトとシャルアを送り出した時でさえ。『仲良し大作戦だ!』と揚々と喋ってしまっていた。もはや隠す気はないのではとさえ思えてしまうが、アレは彼女の素だ。
しかし……クルトとシャルアの両名は、それが分かってながらもワザと騙されたふりをして付き合ってあげていた。これは全てリゼレイのためを思ってのことである。
リゼレイが部下を大切に思っている一方、彼女もまた部下から慕われているのだ。
「そ、それで……どうだった?」
「……ん?」
「つい先程、シャルアからも報告を聞いたが、当たり障りのない報告しか聞いていないんだ。実際、上手くやれたか?」
「申し訳ありませんリーダー。それに関してはご要望にお応えできませんでしたよ。ルアちゃんは、いつも通りの彼女でした。良く回る舌で鞭打ちとばかりにボッコボコでしたよ〜〜僕が、あっはっは……!」
「そ、そうか……」
ただ、その想いも虚しくシャルアの毒舌マシンガンは健在であり、任務中は絶えず罵声が飛んでいた。
これはリゼレイの望まないところだろう。なら、クランリーダー自ら下したミッションは失敗に終わってしまったのではなかろうか。
「ですが……」
「……ッ?」
「少しはマシだったかな? 最後の方は……ルアちゃんと、ちょっとだけ仲良くなれた気はしましたよ」
「……ッ。ふふふ……それなら良かった。命令した甲斐がある」
だがそれでも、クルトの感じ取ったシャルア最後の様相は、角が取れたように少しは丸くなったと感じていた。
作戦は失敗だったのかもしれないが、それでもリゼレイのお節介は決して無駄ではなかったのだ。
そして……
「では、クランリーダー。僕はこれで失礼しますよ」
「……ッあ。ちょっと待ってくれクルト」
「……ッむ? まだ何か? 報告は終わったと思うんですが?」
「調査の件ではないんだが君に伝えたいことがあるんだ」
「……?」
報告を終えたクルトは、足早に部屋を後にしようとしたのだが、リゼレイは彼に待ったをかけた。
無駄話でクランリーダーの大切な時間を奪ってはいけないとのクルトの気配りだったのが……引き止められてしまった。
振り返ったクルトの目に飛び込んでくるリゼレイの表情は真剣そのものだ。彼女の『伝えたいこと』とは一体?
クルトに緊張が走り、彼はクランリーダーの次の言葉を待った。
だが……
「今日の私の色は紺色だ」
「…………はぁ?」
リゼレイの発言はまさかのものだった。
クルトの頭はリゼレイの言葉の真意を考えたが、その答えを理解することができない。
本日のリゼレイは紺色らしいのだが……それが果たして何の色なのか? そして、それがクルトにどう関係するのか? まったくと言っていいほど思い当たる節がない。
気づけば、クルトは間抜けた声を溢していた。
「く、クランリーダー? 話の内容が見えてこないのですが?」
「ほう。君ほどの推察力のある人物が、皆目見当思い当たらないのか?」
「すいません……まったくです」
クルトはクランリーダーであるリゼレイの右腕で推察力もそこそこある人物だ。だが、そんな彼からしてもリゼレイの言葉の意味に気づけていない。
「先程、シャルアの報告を聞いてな。彼女とも関係があるのだが……分からないか」
「ルアちゃんの報告? いや……僕の頭脳をもってしても、全然です」
「そうか?」
「クランリーダー? 結局、紺色とは……一体なんのカラーなんです?」
結局、クルトはこれっぽっちもひらめくことはなかった。
リゼレイは勿体ぶるようにクツクツ笑っているが、彼女が喉を鳴らす度にクルトの首が傾いていくだけだった。
さて……彼女が口にする答えを聞けば、果たしてクルトの疑問は解消されるのだろうか?
いや……
「ふふふ……紺色とはな……」
「紺色とは?」
「私の今日着ている下着の色だ」
「ふむ……下着の……いろ…………え?」
まさかの答えにクルトは更なる謎が頭を埋め尽くす。