第151話 いっしょに……
どうやれば針と糸だけで、ボロボロワンピースをメイド服に作り直せるんだ? もはや錬金術だぞ?!
それに……
「おばさまって……誰だ?」
シトリンのいう“おばさま”なる人物とは一体誰だ?
「寮母の“おばさま”です!」
「……は?」
つまり……寮の管理人である、あの“おば様”のことを言っているのか?!
僕はこの瞬間——一瞬にして血の気が引いた。
いや、事情はまったくと言っていいほど理解していないだよ?
シトリンが錬金術でメイド服を出したこととか、おば様とシトリンの関係とか。僕が寝てる間に起こったことは謎だらけだ。
だがこれだけは分かる。シトリンが見つかってしまったことに……女の子を寮に連れ込んだことがバレたのか?! と……
「シトリン? 君は一体何を……!?」
「実は早朝に目が覚めてしまったので、何か奴隷としてできることはないかと仕事を探していました。すると、朝食の準備をしていらしたおばさまにお会いしまして、お手伝いをしてました。糸と針をお借りしたのもその時のお礼にと……」
「へぇ〜〜そうなんだぁ……じゃなくてッッッ!!」
おいおい、嘘だろ?! 僕はそんな指示はしてないのにこの子は勝手に?!
「シトリンを寮に連れ込んだのがバレたら……!?」
「……あ? その点は大丈夫です。ご主人様の部屋を出入りしたところは見られてませんし……」
「だからって! 軽率な行動でしょうがよ!!」
「——ッ!? も、もうしわけ……ありません」
つい、カッとなって吠えてしまった。
すると……シトリンはシュンッと気を落とした。メイド服のスカートの端を掴んで小さく縮こまって……これは明らかに落ち込んでいる。
「ご主人様のためになればと思って……服装も、お仕えするのに相応しいモノと思ったんです」
「それでメイド服? 糸と針を借りるために仕事したと?」
「……はい」
だが、僕は慈愛のウィリアだ。ショボンとした女の子の姿にはめっぽう弱い。
ヴェルテの時もそうだったが……泣き出しそうな子を目の前にすると、どうしても言葉で追い詰める気が失せてしまう。
シトリンはあくまで僕のためを思って行動していたみたい。奴隷根性が身に染みてしまってるんだろう。
それに……
「それと、この匂いは……」
「——ッえっと! 朝食の準備をしました!!」
部屋中には、さっきからいい匂いがしているんだ。
「おばさまから特別に朝食をもらってきました。ご主人様には、すぐ朝食を食べていただけるようにと思いまして、お部屋に運び込ませ準備させていただきました」
「僕のために?」
「はい……」
部屋に唯一あった小さな丸テーブル。そこは、パン、スープ、サラダにオムレツ。グラスに牛乳までも用意されていた。これが匂いの正体である。
「余計……でしたか? も、申し訳ありません……」
僕は、しばしテーブルの料理を見つめる。その姿から『不服に思っている』とでも感じ取ったのか、シトリンは泣き出しそうな表情で謝罪を口にした。
「まぁね。僕は学生だからちゃんと食堂で朝食を食べるよ」
「そう……ですよね。今すぐ片付けきます」
「いや、その必要はない」
「……え?」
僕はあまり甲斐甲斐しく接待されるのは嫌いだ。田舎者ってのはさ、自分のことは自分でやるんだ。だから、ご主人様〜ご主人様〜と何でもかんでもござれ〜って接客には『抵抗感』がある。それはアイリスが僕のところに押しかけてきた時が参照だ。
シトリンの行動は一般人にとってはお節介そのものだ。田舎者の僕にとってはなおさらね。
だけど……
「せっかく僕のために用意してくれたんだ。いただくよ」
「——ッ!? はい! どうぞお召し上がりください。ご主人様!」
シトリンは僕のためを思って行動にでたんだ。だったらその優しさはいただくとさ。だって、小さな子を泣かしたら可哀想じゃん。
……ん? アイリス?
彼女はほら……甲斐甲斐の度を越して暴走傾向にあったし、むしろ彼女の場合は嫌がらせが目的でしょう? それにアイリスは小さな子じゃないしね。アグレッシブの化身だから。
「だけどシトリン。1つ……いや、2つかな? お願いがあるんだけど?」
「——はい! なんなりと、ご主人様!」
「はい、それやめて!」
「——ッえ!?」
そして、僕は彼女に2つお願いをした。
まず……
「やっぱり『ご主人様』はやめて。ウィリア、もしくはウィルって呼んでよ」
「そ、そんなぁ……」
「その呼び方ムズムズするんだよ」
やっぱり『ご主人様』って呼ばれるのはムズムズする。だから断固拒否だ。
「じゃ……じゃぁ、ウィリア様で……お、お願いします」
「はぁぁ……ウィリア様か」
「だ、だめ……ですか?」
「あぁ〜〜まぁいいや、今はそれで——」
ウィリア様か。まぁ、『ご主人様』よりはまだマシか?
これで『シトリン考え改め作戦』は一歩前進かな。
「それじゃあ、もう1つのお願いだけど……」
「——ッは、はい!」
そして僕は真面目な表情を作ってシトリンに向き直る。彼女も僕の表情を汲み取ったのか、真剣な眼差しを僕に向けて1つ大きな返事をした。
ただ……僕は一瞬キリッとした反応を見せてしまったが、2つ目の『お願い』はそこまで真剣な話ではないんだ。ただ、呆れた表情のまま次に行くのもどうなのかな〜? と思って気持ちを切り替える意味でも真剣な表情をしてみたんだ。
そして、僕はシトリンに、ふッ——と笑ってみせると……
「朝食は一緒に食べよう!」
「——ッはい! …………え?」
2つ目の『お願い』をシトリンにした。
「ですが……私は奴隷で……」
「何言ってるの? そんなの関係ない。シトリンも朝ご飯食べないとさ」
「い、1人前分しか持ってきてないんですが……」
「僕は少食だから問題ないよ。パンは非常食の残りがあるし、オムレツは半分にすればいいよ」
前の主人からはご飯をたいして食べさせてもらってなかったのか、シトリンの身体は凄く痩せ細っている。
拾ってしまった僕に彼女を養う義務がある。ならご飯はちゃ〜んと食べさせなくてはならない。
奴隷の食事事情を僕は知らないが、そんなものは関係ない。無理矢理にでもお腹いっぱい食べさせてやる。
「でも……」
「僕はシトリンと一緒に朝ご飯食べたいな。よく言うでしょう? ご飯は一緒に食べた方が美味しいって!」
「…………」
「あぁ〜〜一緒に朝ご飯食べたいのにな〜〜! 僕と一緒に食べてくれないのかな〜〜?」
「——ッ!? わ、分かりました! わ、わ、私も——ちょ、頂戴いたします!」
「うん。それでいいよ。椅子を持っておいで、半分こしよう!」
「はい。ごしゅじ……じゃなくて……うぃ、ウィリア様!」
シトリンの態度はお堅いけど……見てて凄く良い子だということはヒシヒシと伝わってくる。
僕の奴隷なったからには、この子は絶対に幸せにしてみせる。食うに困らないぐらいにはな!
こうして、僕とシトリンは2人で丸テーブルを囲み朝食を食べたのだった。