第139話 討伐せし者と傍観せし者
「ちょっと借りるね〜〜♪」
ズルズルッ……ズルズルッ……!!
僕は、床に落ちていた“あるモノ”を手にした。そしてホブゴブリンの元へと向かった。
ボス部屋には手にしたソレが床と擦れる硬質で重量感のある音がこだまする。手にするそれを引きずりながらも近づいて行ったんだ。
「——グラッグラアッッ!!??」
奴はまだ動けずにいた。
床に倒れ込み魔技【影縫い】を食らった状態で、それでも踠いて抵抗を見せている。
しかし、コイツはよっぽど魔力を持っていないみたいで僕の拘束を解くことができないらしい。
なら、ちょうどいいや。
「さ〜〜て、あとは君だけだ」
「——グアッ!?」
ホブゴブリンの横にまでくる。
僕の存在に気づいたコイツは目を見開き驚いた。
たぶん、僕の存在に〜〜というよりは……僕の手にあったモノに慌てたんだろうな。
「はい。トドメだ!」
「——ッッッ!!??」
だが、恐怖は一瞬だ。
苦痛もなく一撃の下で仕留めてあげるからさ。
僕の手にあったのは最後に仕留めたゴブリンが持っていた両手斧——僕はそれを持ち出すと引きずってホブゴブリンの下までやってきていた。
そして……
「あらよッと!!」
大きく振りかぶって、動けずに倒れていたホブゴブリンの首を目掛けて刃を落とす。
ドンッ——と鈍い音が鳴り、僕の一撃はホブゴブリンの首を通り越し床板にぶつかることで沈黙。周辺はたちまち静かになった。
「はぁぁ……やっぱり僕には斧なんて扱えないな。凄く重い。腕が痛いんだけど……」
動けない獲物の首を落とすのにちょうどいいと思って持ち出してはみたが、僕には重量級の武器は似合わない。
学園で借りているロングソードですら僕には重いんだ。やっぱり、あまりにも重たい武器は僕には合わないな。
「……ん?」
とりあえず、斧を影の中にしまい込み、戦利品を手にしたところで、あることに気づいた。
〜〜Congratulations!!〜〜
10階層ボスエネミーを討伐しました。
これより11階層への立ち入りが許可されます。
神器の表層に文字が浮かび上がった。
これで僕はめでたく10階層をクリアしたことになる。
おそらくこれでボス部屋の奥にあるゲートを潜ることができるはずだ。実はボスを倒していないとゲートは無反応で通れない。だからこっそり抜けることはできないはずだ。
にしても……神器がボス攻略に反応するなら、他の冒険者の場合何を元にして通行許可が降りるんだろうか? ゲートは神器に反応してるのと違うのか?
ま、どうでもいいか……
衝動的……いや、もはや無意識下で10階層のボスに挑戦してしまったが、苦戦の“ク”の字もしなかったな。
ゴブリンはほぼ一撃で仕留められたし、動きはトロトロにトロイ。ポッピーとの戦闘の方がまだ緊張感があったほどだ。所詮はチュートリアルダンジョン。神器を所持する者にとってこの塔は冒険者入門の練習所でしかないのだよ。
さて……せっかくボスエネミーを討伐したんだ。ここは11階層を少し見学してから学園に帰ろうかな?
「——オイ!! 大丈夫かぁあ!!」
1人の冒険者がゲートをくぐり抜ける。大声で叫び顔には冷や汗が伝う。表情は真剣そのものだ。
彼は幼馴染の2人を引き連れた冒険者だった。3人でパーティーを結成し、現在は6〜9階層の間で活動をしている。
そんな中——3人は、なかなか10階層のボスを倒せずにいた。
ボスとは集団戦だ。ゴブリンが統率力をもってして襲いくる。たかがゴブリンではあるが、前衛を相手しつつ遠距離からの追撃を捌くのはなかなかに骨が折れる。
レベルは十分上げているはずだが、戦闘は上手くはいかず、口惜しい日々を送っていた。
今日はなんとか前衛である2体のゴブリンを倒すことに成功した。何度も敗走を繰り広げている相手だが……次第に奴らの動きに順応しつつもある。
勝てなくとも確かに成長している。それが彼らにとっての唯一の救いだ。
だが……その日に限っては思いがけない光景を目にしてしまう。
反省点を仲間と語りつつ、ボス部屋へと続くゲートを背に歩いていると……突然、背後から後光が差した。
驚いて振り向くと……ゲートの前には黒い外套を纏った背の低い人物がいた。それも1人だ
「アイツッ——何やってんだ!?」
ボスとはパーティーで挑むのがセオリーだ。よっぽど強い冒険者なら10階層のボスをソロでも容易く倒してしまうのかもしれないが、外套のアイツはその丈から察するにまだ新米だろう。にもかかわらず、アイツは1人でゲートを潜って行ってしまった。もやは自殺行為だ。いくらボス戦からは撤退ができるにしろ、1人では逃げるのもままならずに殺されてしまうかもしれない。
「オイ! リーダー何やってるんだ!!」
「止めるな!! アイツ1人で10階層に向かったんだぞ!? 助けないと!!」
「で、で、で、でも〜〜私たち今戦ってきたばかりで疲弊してるんだよ!? 無理だって!!」
「そんなこと言ってられるか! 俺は助けに行くぞ!!」
「「——あッ!? リーダー!!」」
リーダーである男は仲間の反対を押し切って走った。馬鹿な行動に出た新参者を助けるべく今きた道を引き返してゲートを潜った。
しかし……
「はい。トドメだ! あらよッと!!」
ドンッ——と、大きな音が轟き男の耳に届いた。その瞬間、彼の時間は停滞したように、その場で立ち尽くし呆然と現場を見つめ続けた。外套の人物がボスであるホブゴブリンの首を刎ねた瞬間を……。
ありえない光景が男を翻弄した。
「オイ!! リーダーどうした!? ……って、アレ……?」
「——ッえ!? 嘘でしょう!? 1人で倒したの!?」
リーダーの背中がポンッと叩かれる。この瞬間——彼の身体はビクッと反応し、停滞した時間は動き出す。
そして背後に居たのは大剣を担ぐ男と魔法使いの女だ。パーティーメンバーである仲間だった。1人突っ走るリーダーを心配して追いかけてきたのだろう。
だが……
「ありえねぇ……だって、まだほんの数分しか経ってねぇだろ?」
「あんな小さい子が? 武器は……黒い剣? あんなのでどうやって弓、魔法とやり合ったのよ!?」
2人も突然飛び込んできた光景に目を見開いて驚いている。ただリーダーとの違いは騒がしい点だ。この時の絶叫がリーダーの方針状態解放に一役を買った。
そして……
「黒い外套の冒険者か……」
黒い外套の人物は11階層のゲートへと歩いて行く。自分たちが通ることの叶わないゲートに……。
その姿を……リーダーの男は静かに見つめ続けていた。