第137話 BOSS戦開始
僕は帰るつもりだったんだ。
けどさ……不思議なことが起こった。
本来通るはずだったゲートとは反対のゲートを潜ってしまった。
つい、魔が差したんだよ。
敗走する冒険者の反応を観察してしまった僕は——『帰路につきたい』という考えを払拭し『ボスエリア』についての関心が芽生えてしまった。
すると、気づけば10階層にいた。
あらあら、いつの間に〜?! って感じで……
ほとんど無自覚だった。
何やら背後から呼び止める声が聞こえていた気がするけど、程度の低い連中の静止の声なんて僕の耳に届くはずもなく……フラフラ〜っと誘われるようにゲートを潜ってしまった。
この、僕としたことがぁ〜。
てかさ……
「そもそも、こんなのに負けてるようなら冒険者のセンスが疑われてしまうよなぁ……」
「——ッグラァァアア!!」
そして……暗い石畳の部屋にて、僕の目の前に立ちはだかったのはゴブリンの集団だった。
一際大きな体躯のゴブリン——【ホブゴブリン】が僕の存在に気づいて咆哮をあげる。
コイツが10階層のボスである。
ボスエネミーであるホブゴブリンの回りにはゴブリンの精鋭達が取り囲んでいた。剣盾持ちが一匹。両手斧持ちが一匹。背後には杖持ちと弓持ちのゴブリンが一匹ずつ。ボス含めて5匹のお出迎えである。
「——グララッ!」
ホブゴブリンはゲートから現れた僕に対して腕を突き出し指をさす。再びの咆哮をあげる。「襲いかかれ!」とでも叫んでいるようにな。
これを聞いたゴブリンどもは揚々と手にした武器を構え、心なしか表情も険しくクソガキを睨みつけたのだ。まさに臨戦態勢。
10階層のボスとは集団とのバトルだ。ボスであるホブゴブリンを筆頭にゴブリンが集団で襲い掛って来る。
統率力のある連中に対し、どう切り込んで戦うのか——正しい判断力と作戦立案が問われる戦いとなっている。
馬鹿になってただ突っ込んだだけではまず勝てないことだろう。
ホブゴブリン(大剣) Level.10
ゴブリンファイター(剣盾) Level.10
ゴブリンファイター(両手斧) Level.10
ゴブリンアーチャー Level.10
ゴブリンマジシャン Level.10
これに対して、僕は1人だ。
本来の攻略法としてはパーティーを組んで、取り巻きから各個撃破していくのがセオリーだろうな。
だけど、今の僕には仲間なんていないからソロプレイ攻略を強いられる。レベルも先程ちらっと確認したが僕の現状レベルは“6”——奴らより明らかに弱い。
しかし……まぁ〜たぶん大丈夫だろう。
僕には神器がある。僕自身のレベルが低くとも……神器のレベルはMAXの“30”——合計した“36”が数値的に見たリアルレベルである。
レベル10のゴブリン如き……例え束になってかかってきたとしても僕の足元にも及ばな……
「……ッえ?」
——ドォオオオッッッン!!!!
僕の居る地点に突如火球が放り込まれる。
すると、たちまちダンジョン内に爆音が反響し激しい炎と煙が立ち込める。
杖持ちゴブリンの魔法が待ったなしでクソガキ目掛けて撃ち込まれたのだ。
そして追撃とばかりに弓を構えたゴブリンが無数の矢を放った。煙で相手の姿が見えなかろうがお構い無し……一撃でも当たれば儲けものとばかりに矢を大盤振る舞いで乱れ撃つ。
剣盾と両手斧を持った近接武器のゴブリンは矢が撃ち込まれ続ける煙の壁を凝視した。その表情は油断を一切感じさせない。クソガキの死体を確認するまで緊張の糸を解く気配はない。
初撃、追撃、そして警戒——コイツらは馬鹿なゴブリンであるはずだが、戦闘に関しては一流の連携力を発揮している。
「——グラッ!」
ホブゴブリンが一声唸る。すると、矢の追撃の雨が止んだ。
ゴブリンの連携を生み出していたのは、すべてコイツの影響だ。ボスであるホブゴブリンは群れのリーダー格。他のゴブリンより知能が優れ、コイツが統率することで烏合の衆であるはずのゴブリンに連携が生まれる。
これは……なかなかの強敵である。
だが……
「僕、以外ならな……」
「「「「——ッ!?」」」」
爆煙の中から一本の黒い刺突剣が飛び出した。ゴブリン共は眉を跳ねさせてこれに反応する。
だが、それは適当に放たれた刃だ。これは誰にだって分かる事実である。現に闇雲に放たれた刺突剣はゴブリンに当たる軌道ではなかった。
ゴブリン共は始めこそ驚きに表情をこわばらせこれを見ていた。魔法の一撃と無数の矢が降り注ぐ地点から突然漆黒の刺突剣が姿を現したのだから。
おそらくこれはあの外套を纏ったクソガキが無鉄砲にも投擲したモノなのだと——この時、コイツらは思い込んでいたはずさ。それはコイツらの視線が語っている。
ホブゴブリン含め、剣盾、両手斧を持った前衛のゴブリンが投擲された剣を視線でおった。だがコイツらはその視線をすぐさま煙の壁へと戻すことになる。剣の軌道がゴブリンに命中する軌道じゃなかったからだ。
投擲された刺突剣はゴブリンパーティー一向の真ん中を通過していった。これに驚愕こそするところだろうが……『当たらない』とわかったのなら、ゴブリン共が次に警戒しなくてはいけないのは相手の動向だ。
あの剣を投げた人物がいる。それはあの爆煙の中にだ。当然、ゴブリンの表情は刺突剣の登場により険しくなり、外套の人物が現れる瞬間に備えて身構えている。
だが……
僕は既にそこには居ないんだよね。
「——グギャッ?!」
一瞬の乾いた悲鳴。これが上がったのは群れの中央にいたホブゴブリンの背後からだった。
「——魔技“虚影”ッ……」
驚きで振り返る魔物一同。悲鳴の出所にいたのは、首を落とされた杖持ちのゴブリンと……そこで血濡れた刺突剣を振るう黒い外套の人物。
そう……僕である。
「——ぐ、っグギャァア!!」
弓を構えたゴブリンはすぐ隣に居た仲間が突然やられた事実に驚愕し、たまらず僕を目掛けて一矢を放った。コイツとの距離は数十歩ほどの近距離だったが、矢が到達するまで瞬きの出来事でも、僕にとってはゆっくりとした時間の体現を可能とする。
あのポッピーの弾幕避けゲーを体感した後なのだ。飛来物を捉えるのはもう慣れっこさ。こちらに飛んでくる矢を空いていた右手でパシっと空中でキャッチする神技を見せる。
そしてそのまま……
「——グギャッ!!??」
僕は一気に距離を詰める。ポッピーにも見せた縮地にも似た加速である。左手にあったレイピアを加速とともにゴブリンに目掛けて振るう。そして胴に入った袈裟斬りは手にした粗末な弓を同時に叩き割り、この時の一撃を受けたゴブリンは悲鳴をこぼして石畳に倒れ込んで沈黙した。
遠距離タイプは防御力が弱いからか、思ったよりも簡単に倒せてしまった。
闇雲に投げたレイピアは魔技【虚影】を発動させる起点だった。煙で視界は奪われていたが、記憶にあったゴブリンの1匹……杖持ち目掛けて投擲したつもりだ。
攻撃範囲が遠近両方面の敵がいる場合、遠隔の敵から潰すのは定石だと思っている。近接でやり合ってるところを遠くから追撃、狙撃されれば面倒臭いからね。
敵ゴブリンの武器を観察した段階で魔法使いであろう杖持ちから仕留めると決めていた。弓に比べて魔法の一撃の方が脅威だから、そっちを優先。
弓持ちも仕留められたのは運が良かった。僕が背後に出現している事実が周知される前に仕留め切った。たまたま距離が近かったことが功を奏したよ。
「——グァアアアッッッ!!!!」
そして振り返ってこちらを伺っていたホブゴブリンが怒りの咆哮を上げた。視線が煙の壁に奪われ理解が思考に合致したその瞬間には仲間が既に2人もやられていたのだ。これに怒りを感じないわけがない。
僕が何をしたのかなんてコイツらはわかっちゃいない。だが『してやられた』とは感じ取ったんだろうな。ただ、ホブゴブリンの怒りの矛先は、簡単にやられてしまう仲間に対してなのか、仲間を死に追いやった僕に対してなのか、それとも無能な自分自身になのか、どこへ向かっているのかは不明だ。
まぁ、どうだっていいけどね。そんなことは……。
さて……戦闘はまだ継続中だ。
——ッ次。