第135話 星空の下のクリスタル
「ここが9階層?」
「おおとも! ようこそ9階層へ! そして9階層到達おめでとうテイラー!」
ゲートを抜けると、そこには夜があった。
8階層までは燦々とダンジョン光が照らす明るい森の景色が広がっていたが、9階層は昼夜が逆だ。
森の中である事実は同じだが、瞳孔が開き切っている僕には真っ暗闇が支配して何も見えやしない。
しかし……
レクスの賞賛に耳を傾けているうちに僕の目はたちまち慣れ始める。そして、初めに瞳に飛び込んでくるのは森の中の星空だった。実際、ダンジョンの中には星は存在しない。宙にプカプカと白光の球が浮いてるんだ。これを星に準えた。
まるでほのかに灯る蛍の光か?
もしくは木に実る光の果実か?
9階層とはまさに幻想空間が織りなす世界だった。
そういえば……
69階層も、洞窟の天井がキラキラと輝いて星空を彷彿とさせる光景を目の当たりにしたと思うが、セーフティエリアはどこもロマンチズムな空間だというのだろうか?
「それにしても、人が……いや、冒険者がこんなにいるんだな?」
そして、何より驚いたのが幻想的な空間よりも周囲の賑わいだった。森の中といっても木々はまばらで地形は平ら——そんな中に冒険者があちらこちらと居座りテントを張っている。ガヤガヤと賑わいをみせ一種のキャラバンのような姿を目の当たりにする。
これではロマンチックな空間が台無しだ。なんとも残念極まりない。
ま、ロマンなんてどうでもいいんだけどね。
「彼らはまだ冒険者ランクの低い新米たちだよ。セーフティエリアにテントを張って拠点にしてるんだ。ここから狩りに出てレベルを上げて……やがて10階層に挑戦する」
この現状に嘆くと、僕の心情を読み取ったレクスが補足を入れてくれた。別に求めてはいないんだが、とりあえず黙って話を聞く。
「あれが見えるかいテイラー」
「……ん? あぁ……大きなクリスタルだ。それと、その奥はゲートか?」
レクスは森の奥を指差した。そこには青く発光する大きなクリスタルが森のど真ん中に鎮座し、さらにその奥には今まで潜ってきたものよりも一際大きなゲートが見える。
「そうさ。あのゲートこそ10階層——ボスエリアへの扉さ。ここにいる新人にとって、あのゲートを登竜門なんだ。その先で待ち受ける強力な魔物を倒さない限り次の階層に進むことは許されない。だからここは、ボス討伐を目標にレベルに磨きを掛ける冒険者で溢れているんだ」
「なるほど……そういうことか……」
レクスの説明で納得がいった。
だがまぁ〜側から聞けば、『新人冒険者の奮闘』という美談のような話だが……僕にとっては小話。もう笑いを堪えるのに必死だった。
身体もプルプルと震えちゃって、これをレクスの野郎は僕が思わず感銘を受けているものだとばかり思っているのか、暖かい眼差しで見守ってやがる。これ全体をひっくるめて笑い種でしかなかった。というよりも落胆に近いのかな?
幼少期に憧れた冒険譚の冒険者が、まさかここまでレベルが低いとはな。
あのゲートが登竜門?
僕からしたら登竜門はこの塔全体を指し、目の前のゲートは子供のお使いレベルだ。神器1つあるなしで、世界はここまで変わるんだな。
この格差に脱帽だよ。
「あのクリスタルはセーフティエリアの中央に位置してるんだ。どんな効果があるかは誰にもわからんが、ほのかに発光してるから暗いこのエリアの中でも人が集まってる。周囲はもはや集会場のような賑わいさ」
まるで、篝火に誘われる虫だな。これ以上僕を笑わす情報を渡して、レクスは何がしたいんだろ?
「……ん? テイラー。どうしたんだ?」
いつまでも笑い話に耳を傾けてもいられない。ここへ来た目的を果たそう。
僕は無言で人混みを掻き分け、クリスタルへと近づいて行く。突然の行動にレクスは訝しんで声をこぼしている。
まぁ、知らない人間からすればセーフティエリアのど真ん中に鎮座するクリスタルは単なる綺麗なオブジェでしかない。
だが、この世では唯一……
僕だけがその機能を活用できる。
冒険者のテントの隙間を縫う。そしてクリスタルの目の前に来ると、自身の神器を取り出す。この時、外套の隙間から取り出したかのように神器を顕現させる。
というのも……
「テイラー? クリスタルがどうかしたのか?」
レクスが僕の後を追いかけてきていたのだ。何も無い宙からレイピアを取り出せば不思議がられてしまうだろ? 彼に対して差支えないように見せる演技だ。
そして逆手に持ったレイピアの柄の先をコツンとクリスタルに当てる。
これにて……セーブ完了だ。