第130話 踏むに踏めない
『ポヨ! ポヨヨ!(お嬢さん! そんなに落ち込むなって!)』
「…………」
『ポヨヨンッヨン!(たまには失敗することだってあるさ!)』
「…………」
『ポンヨヨヨンッヨン! ヨンヨン! (大切なのは失敗を糧にして成長することだよ! 次があるって!)』
「…………」
シャルアは気落ちしていた。自身の影に縛られた状態から10分弱。一歩も動くことが叶わない状況を続けながら。
追いかけた黒い影の正体は、不思議な技を使う黒い外套の男だった。
怪しいと思い憲兵に突き出そうとしたが、抵抗され……あろうことか……
負けてしまった。
全身を黒い外套で身を包み隠したアイツは、フードを深く被って素顔は拝めなかったが口調と声音から男だと判断した。
あまりにも体格が小さかったものだから、シャルアはその黒外套を「子供」だとも判断していた。確実に『私』よりも若い。生意気なクソガキ——そう軽視した。
しかし……
それが彼女を落ち込ませる尤もな要因となる。
初めは【銃剣ガン・グラディウス】が放った弾幕に驚き逃げ惑う黒外套だった。慌てながらも素早く避ける一挙一動はなかなかのものだったがシャルアからみれば滑稽でしかない。この時点で彼女は、コイツは取るに足らない存在だと決めつけるに至る。
しかし、【銃剣ガン・グラディウス】の魔弾を受け、奴の黒い刺突剣が氷に包まれた時——思いもよらない光景を目にする。
突然、氷が砕けてしまったのだ。
例えば、炎の魔法で相殺されれば、シャルアの放つ氷の礫はたちまち防がれてしまう。ただ、一度氷が付着してしまえば、炎の魔法でも溶かすには時間がかかり、身体が凍ろうものなら火で炙るのは危険な行為となってしまう。
シャルアは炎魔法の使い手だろうとも、火を掻い潜り小さな氷の礫を相手に当てることで今の今まで勝利を我が物にしてきた。それがあるからこそ、トップクランの精鋭というポストを手に入れている。
今までにシャルアが勝てなかったのは現状2人だけ——
稲妻の如き剣速で凍るよりも早く魔弾を切り裂いた閃光の雷姫——リゼレイ。
そんな彼女の右腕。
空間の気流を作りだし変幻自在に操る矢の軌道。空間の支配者——クルト。
同じクランメンバーであり、尊敬できる先駆者である(1人は…?)。それと同時に、超えたい壁でもあった。
いつかは、そんな2人と肩を並べる。いや、超えて行きたいと……そう、考えていたんだ。
彼女はまだ若者だ。レベルを上げ、技を磨き、さらなる力を手に入れる日もきっと訪れよう。
ただそれでも……現状の武力には自信があったつもりだった。
『急に襲い掛かってくる奴に、情報を教えるとでも? 馬鹿も休み休み言え』
『君は自身の武器の名前を明かした。放つ弾の特性を教えた。十分過ぎるほどの情報公開をしてしまったわけだ』
『自分の攻撃が対処されてから何故私が攻撃を防げるのか考えなかったでしょう? 氷の刃も砕かれると何故予想してなかったのか?」
『考えることを放棄したお馬鹿さん』
攻撃を簡単にあしらわれ、謎の技で拘束され、攻防を振り返っては徹底的に論破された。あんなクソガキにだ。
シャルアは、これに言い返すことができなかった。
「——はぁぁ〜〜ッッッ!!」
彼女の脳裏には先ほどのアイツ(黒外套)の声が反響している。
足を抱えて呆然と地べたに座っていた彼女だったが、大きなため息をついて抱えた脚に顔を埋める。
突然現れた謎のクソガキに散々に言われてしまったんだ。彼女のプライドはズタズタに引き裂かれ深く落ち込んだ。それが態度に現れた瞬間だった。
この拘束状態がいつまで続くのか? そんなことはもう考えてすらいない。
ただ、この時の彼女は……
(うぅ〜〜悔しいッ! 悔しぃ〜いッッッ!!)
脳内で暴れ叫び散らし地団駄を踏んでいたのだ。現実では影に拘束され踏むに踏めない無念のステップ。なんとも皮肉なことである。
と、そんな時だ。
もう脳内で何度暴れて転がったかも分からなくなった頃合いで……
「……ッ?! え?」
彼女にまとわりついていた圧迫感が突然消えたのだ。顔を上げると、地面に突き刺さったままだった黒い刺突剣が持ち手の部分からサラサラと空気中へ塵となって消えていく光景が確認できる。
やがて、完全に消え去ると……
「——ッ!? 動けた!!」
びくともしなかったシャルアの足は、影の拘束を離れ、宙に持ち上げることに成功する。
「やったぁ〜〜解けたぁ〜〜うわぁ〜〜ん!!」
足が影に拘束され早十数分——この解放された喜びを、シャルアは地面に座ったままに『これでもか!』と足をバタつかせ表現した。今の彼女は見た目相応のお茶目な姿を体現している。
『ポヨヨン! (よかったね!)』
たまたま近くに居たスライムもピョンと弾んで、まるで彼女の喜びを分かち合っているかのようだ。
「——よかったよぉ〜〜!」
腕を天高く突き出すシャルアは、盛大に喜んだ。悔しい一方で『このままず〜とココで拘束された状態だったら?』と不安だったんだ。今の彼女は散々鋭かった視線を解放し、満面の笑みを浮かべている。
と、その時——
「ルアちゃん?」
「——うにゃぁあッッ!?」
突然、シャルアの背後から声をかけられる。