第129話 さらばだ! ポッピー!
ただ僕は、レイピアの刃を横にして、ペチンッ——とポッピーの頭を叩いただけ。
峰で叩こうにも、レイピアって両刃だからさ。横の平たい部分で彼女の桃色頭をド突いてやった。
「——ッ??」
彼女は涙目で頭を抑え叩かれた痛みに耐えている。ただその姿は『痛み』というよりは脳裏を『疑問』で埋め尽くされ「何をされたか分からない」といったように感じてフリーズしてしまっているみたいだ。
だが、僕はその答えを与えてなんてやらない。
何故なら僕は愉悦に浸ったから。彼女に1発お見舞いしたからね。これで満足してこの場を立ち去れる。
「——ッ!? ちょ、ちょっと! アンタ待ちなさいよぉお!!」
だが、踵を返す僕に目くじらを立てるポッピー。ここでようやく自分が何をされたのか分かったみたいだ。
「——な、何で殺さないのよ! 馬鹿にしてるの!!」
「……はい? なんだって?」
「私が女だから? 身体が小さいから? ねぇ! 情けでも掛けてるつもりなんでしょうけど! わ、私は——べ、べ、別に——し、し、死ぬのなんか怖くないの! 今、何で斬らなかったのよ!? もう殺しなさいよぉお!」
てか……
ポッピーは何を怒っているのだろうか? 声を荒げて意味不明なことを言い出した。
殺せ〜殺せ〜って、僕は犯罪者と違うんだぞ?
何でそんなことしないといけないんだか?
「あのさ〜最初っから言ってるけど、私はただの冒険者だ」
「——ッ!?」
「人殺しなんてするわけないだろう? なんだと思ってるんだか?」
「だって、怪しい格好して……こんな辺鄙なところにいるんだもん」
「私はただ景色を見てただけだ」
「そ、そんなの信用できるか! 変質者!!」
ハァ〜〜また変質者呼ばわり?
「たく、私が怪しいんだったら、すぐそこにいるスライムですら、十分怪しい奴でしょうがよ。ほら、そこに一匹……」
『——ポヨ!? ポヨヨン!!(え!? 僕!!)』
「そんなわけないでしょう! 何、意味わかんないこと言ってるの! 話をそらすなぁあ!!」
ちょうど、通りすがりのスライム君がいたから、力説してやった。だが、ポッピーの荒げた声音が一層うるさくなっただけだった。
「あと……そんなことよりもさ。さっきから見えてるよ? いい加減隠したら?」
「……ッえ?」
ただ煩いだけでなく、ジタバタと暴れる彼女だが……赤い布地がモロ見えだった。僕は自身の腰の辺りを指差し彼女のスカートを示唆してあげた。
「——ッ!? 〜〜ッ!!」
それにつられ、ゆっくりと下を見たポッピー。開いた足に視線が止まると、一瞬で熟れた果実のように顔が赤くなり、慌てて足を閉じてスカートを押さえつけた。
「——ぅう! へんたい……!」
「私は親切に教えてあげただけですぅ〜〜。見せびらかしておいてよく言うよ」
「——ッ見せびらかしてなんかないも〜〜ん!」
ポッピーは赤面する顔で、キッ——と僕を睨む。さっきまで可愛い一面があったのにすでに元通りの彼女の表情に逆戻りだ。
「てか、まだ動けない! 一体何したのよコレ〜〜! 教えなさいよぉお!」
「はぁあ? 言うわけないじゃん? 馬鹿なの?」
「——ッ!? はぁぁあああ!!」
再び自身の足を引っ張るポッピー。だが彼女の両足は影に飲み込まれて一向に離れない。
そんな彼女が偉そうに「何をしたんだ」と質問してくるが、そんなこと説明してやる義理が何処にあるってんだ。
「なんでわざわざ自分の技の弱点を曝け出す必要があるの? 君も、『教えろ!』って怒鳴られたら『はい! 喜んで!』ってペラペラと説明してあげるの?」
「うぅ……そ、それは……」
「殺せ」と言うぐらいなんだから敗者という現実を見据えていると思った。しかし一方で、情報の秘匿という戦士としての現実が見えていない。
「戦闘において、情報ってのは欠かせない武器だ。相手の弱点は? 敵の数は? 獲物とそのリーチは? 攻撃手段、方法は? 少し例に挙げてみたが、これらを知れば知るほど己に有利になるのは間違いない。それが戦いだ。だと言うのに……急に襲い掛かってくる奴に、情報を教えるとでも? 馬鹿も休み休みに言え」
「——ッ!? そ、そんなこと! オマエに言われなくとも分かって……」
「い〜や! 全然分かってない……」
「——ッえ?」
「君は最初、自身の武器の名前を衒らかした。続けて放つ弾の特性を教えた。この時点で十分過ぎるほどの情報公開をしてしまったわけだが……」
「……ッ」
「そして、自分の攻撃が対処されてから、何故私が攻撃を防げるのか……まったく考えなかったでしょう?」
「……ッッ」
「何でそんなことが分かるんだ〜〜て顔だね? そんなものは、最後の瞬間——魔力を固めて作った氷の刃で、私のレイピアの一撃を防いだのが示唆してるだよ。氷の魔力弾が砕かれたのなら、氷の刃も砕かれると何故予想してなかったのか? そんなのは君がはなから深く考えていなかった——としか思い至れない。分かったかい。考えることを放棄したお馬鹿さん?」
「うぅ……」
散々、毒舌を浴びせてくれたお返しだ。戦闘を振り返って、これでもかとダメ出ししてやった。
ギャ〜ギャ〜とやかましかったポッピーは、その口数を減らし、ついには黙ってしまった。身体は小刻みに震え、拳は力強く握り締め砂利を掴んで痛そうだ。
悔しいが反論ができない。今の彼女が置かれてる状況はまさにそんなところだろう。
ま、僕も鬼じゃない。これ以上の口撃はよしておこう。可哀想だしね。
「さて……私はこれで失礼するよ」
「……え!? ちょっと待ちなさいよ!」
「……ん? はぁぁ……まだ何か?」
そして、この場を後にしようとする僕だったが、再びポッピーに呼び止められてしまう。
まだ、何かあるのか? この子?
「こ、これ……どうしたらいいの?」
そして、自身の足先を指差してこの質問だ。
「さぁあ?」
「“さぁあ?”って、アンタッ!?」
「そのうちに解けるんじゃないの?」
「無責任なの?! ちょっと……ご、ごめんなさい! 謝るから!! お願い解いて!?」
「それじゃ〜〜ね〜〜♪」
「——ッ解けぇぇええ!!」
ま、「そのうち解ける」は嘘じゃない。この場を離れれば、地面に刺さったレイピアも効力を失っていきやがて消失する。そうすれば彼女も動けるようになる。僕がこの場を後にするちょうどいい時間稼ぎになるだろうよ。
こうして僕は、ポッピーから『勝利』をもぎ取り、悠々とダンジョン攻略を再開したのだ。
では——アディオス! ポッピー!!