第115話 バイトへの勧誘
“バイト”? 何だろう。最近どこかで聞いたフレーズだな。心の傷を抉ってくれるような響きだが……さて、いつのことだったか?
僕が首を傾げていると……クルトは……
「いや〜君たち、優秀そうだからね。どうだろう? 冒険者クラン——銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》で、働いてみる気はない?」
と提案を投げかけてきた。
「——ッ!? あぁ……そういうこと? つまり、この試験は冒険者の勧誘も兼ねてるってことか」
「……おっと! バレた?」
ここで、僕が少し腑に落ちてなかったことに気づきを得る。
何で、トップクランの冒険者が試験官なんて務めているんだろうか〜〜ってちょっと不思議だったんだ。
「そりゃ、当然でしょう? 何で、こんな仮冒険者試験にトップクラン所属の冒険者が試験官を務めてるんだろうと思ってたんだよ」
始めは、体裁のためだと思っていた。冒険者としても一流だし、新人の育成にも貢献してるんだ——って宣伝。だが、それも理由の1つではあると思うんだが、1番の目的は……
「新人の勧誘。成績優秀者を引き抜こうって寸法でしょう」
「おっと、頭も回る。良いね〜〜君——是非、ウチに欲しい人材だよ!」
汚い大人ですこと。
つまり、これから育つであろう冒険者の引き抜き、優秀な人材を独占しようとしてるんだコイツらは……
「何も、君たちには悪い条件じゃないと思うんだ。ダンジョンについての知識は教えるし、クランにいる現役の冒険者は武器の扱いや戦い方まで伝授してくれる。学園卒業後はそのまま就職だってできちゃう! 給料も弾むよ? どうだろう?」
それで、試験をトップでゴールした僕とヴェルテを勧誘し始めたと……
まぁ、ぶっちゃけ……良い気はしないが、悪くない話だ。
たぶん、ほとんどのヤツらはこの勧誘に二つ返事で頷くんだろう。
これも、トップクランがトップであり続けるための秘策かな?
で……僕は現状お金に困っている——今日のために装備を整えるのだって、大変だったんだ。ノートン君に頼み込んで、彼の実家に青魔法石を買って貰ったりしてさ。
『グヘヘ〜〜ノートン氏や。いいブツがあるんですがね〜〜どうでしょうか?』
『……? ウィリアどうした? 気持ち悪い顔して………』
『——ッき、気持ち悪いとは心外な! 生まれつきの顔だわ!』
『へぇぇ〜〜?』
『その憐憫の眼差しヤメロ!!』
それに今後の寮費の心配だってある。来月の支払いどうしようかなって……既に悩みの種だ。
彼からのお誘いは僕が喉から手が出て握手してやりたいほど受けたい申し出のはずさ。
だがな……
「——お断りします!!」
「……ッ!? おっと〜〜?」
だが断る!! 銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》からのお誘いは死んでも受けてやるもんか——って既に決めてるんだ。
テメェ〜らには一度地獄に叩き落とされてるんだからよ!
「銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》には一度、バイト面接の申し込みをしたんですが、面接されるまでもなく書類で落とされましたからね! もう、頼みこまれても働いてあげません!」
「あらら〜〜変なところで恨みを買ってしまってる?」
そう! 数ヶ月前に、銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》からはバイトのお断りという『死の宣告』を突きつけられたからね! 僕はあの時の恨み、絶望感を忘れていないんだ!
絶対、クルトの申し出は受けてやるもんか!!
フンッ——だ!!
「ふむ? 君の表情から察するに……これ以上頼み込んでも気持ちはかわらさそうだね」
「——当然!」
「困ったな〜〜。……なら、君は?」
「うみゃ? 私??」
クルトは足早に僕に見切りをつけると、ついでヴェルテに話を振る。
だが、彼女も……
「う〜〜ん? 私もやらな〜〜い」
「……ッ!? なんですと!?」
「ウィルがやらないなら、私もイヤ〜〜」
ヴェルテは首をブンブンと横に振った。クルトの表情をキョトンとさせる。
「まいったな……ここまで勧誘が上手くいかなかったのは初めてだよ」
ついには、頭を掻きむしり、彼の表情にはついに余裕がなくなる。
——うん! いい気味だ!! へへ〜〜んだ!!
(※ 何度も言いますが……クルトはクランの一隊員であって、人事権には関与していません。全てはウィリアの逆恨みです)
だが、時に——
「ヴェルテ? 本当にいいのか?」
「いいって? 何が?」
「クランからのお誘い蹴っちゃって……」
ヴェルテの拒否理由はどうやら僕にあるらしい。
別に、僕は銀鳥 《アージェントゥム アヴィス》に恨みはあれど……ヴェルテにはないわけで、彼女が望んでクランに所属したいなら、僕にはそれを止める権利はないし、応援だってしてやる。
だから、どうしても彼女にそこのところを聞きたかった。
「別に……私、クランとかどうだって良いもん! お金にだって興味ないしね!」
「あぁ……そういえば、ヴェルテはお貴族様だもんな」
しかし、彼女は全然気にしてないようで、特に考えなどなかったようだ。実に本能のままに生きる彼女らしい回答が返ってきた。
——グゥ〜〜♪
と、同時に腹の虫も鳴る。
「うぅ〜〜ウィル……」
「わかってるよ。腹すいたんだろ? はい干し肉。それと、今ウサギでも焼いてあげるから待ってろ」
「——ッ!? ——やったぁああ!!」
「これから下処理するから、それまで干し肉で我慢してろ」
「——うん!! ありがとうウィル! だ〜〜い好き!!」
「はいはい……」
まぁ、ヴェルテは、美味しいお肉が食べられればそれで良いんだろう。まったく困ったワンちゃんだ。
だが……
不思議と彼女の世話を焼くのも嫌いじゃないんだな。ま、今から焼くのはウサギ肉だけど。
魔物肉の捌き方なんかは冒険科で習う。こういうのも、既にお手の物なんだよね。
さてと……早いところ、お腹を空かせたヴェルテのために、ウサギを捌きますかね?
そして、関係ないんだけど……
「……あれ? それにしても次の合格者はまだか? もう、何人か現れても不思議じゃないんだが……」
クルトはというと……しばらく、表情が優れないご様子だった。理由は知らないがな。何やら頭を抱えている。
「まさか、ラビットブランの捕獲に手こずってるのか? そこまで難しい課題じゃないと思うんだが……誰かが狩り尽くしたとかしないかぎり、すぐ見つけられると思うんだけど……」
ま、僕には関係の無い話だな。
「ほら——ヴェルテ。ウサギが焼けたぞ」
「——うわぁ〜〜〜〜い!!!!」
「……ッ!? ……ウサギ……狩り尽くす? いや、まさかなぁ……」
なんだろう。クルトがこっちを見つめてきている。ジロジロ見られるとメシが食いづらいんだが? お前も腹が減ってるのか? 見てたってやらね〜ぞ?
「——むふふ〜〜♪ お肉美味しい〜♪」
それにしても、食いづらいのは僕だけに限った話か? ヴェルテは気にせず食べてやがる。
しかし……
この時、僕も食べたけど……ウサギ肉ってやつは意外と美味だった。ラビットブランって臭みがないんだな。良いことを知ったよ。
ご飯に困ったら、またここに狩りにでも行こうかな?
ただ……
クルトの訝しむ視線が無ければ尚よかった。本当に残念だよ。