第114話 ペロ〜ン♪
だから今、僕は非常に不機嫌なんだ。
別に、勝負に負けることをどうとも思ってはいなかったんだけど……負けたら負けたで“超”がつくほど悔しい。
おまけに……
「——ッ!? イッツ……」
ふと、自分の頬に触れると微に痛みを感じた。
何かな〜? って思って、触れた手を見ると……そこには血がついている。
「……ヴェルテのナイフが掠ってたか? 逃げるのが少し遅すぎた?」
おそらく、ヴェルテのダガーで頬を薄皮一枚切ったのだろう。あの時は、危機一髪の場面に肝を冷やし痛みに気づかなかったが……思ってた以上にギリギリだったみたいだ。
理性の一部では勝負を諦めたくないと感じてたんだろう。それが逃げ遅れるに至った要因だ。
まったく、ヴェルテちゃんは……勝負に負けたくないからって顔面目掛けてナイフを投げつけてくるとはな。
後で叱りつけてやらないと……。
それと、今後ヴェルテと行動する時は【魔技『影の蝶』】を常に起動しておこう。次こそ、背中を刺されてしまうかもしれないからさ。
「……ん? ウィル、どうしたの?」
「いや……誰かさんが投げつけたダガーのせいで軽く頬を切ったみたいだ。血が出てる」
「あ〜〜本当だ。赤くなってる」
「…………」
クソ、やっぱりヴェルテには皮肉は通用しない。ケロッとした表情で僕の顔を覗き込んで観察してやがる。
今一度、追求こそしないけど……少しは悪びれて欲しいな。まったく!
と、僕の眉間の皺が一層濃くなった。ヴェルテの顔を視界から外す。
その時——
「——ぺろん♪」
「——んッッッ!!??」
突然、頬に温かく湿った感触が……こ、これは——!?
「——い、い、いきなり、何するんだ?! ゔぇ、ヴェルテ!」
「……? にゃにって……??」
僕は飛び跳ねてヴェルテと距離を取った。すると、僕の瞳には舌をペロッと出したヴェルテの姿が映り込む。
今……ヴェルテは……
「……い、今……な、舐めた?!」
「……ふみゃ〜? うん。舐めた!」
何をケロッとして、しゃあしゃあと言ってるんだ? コイツは!?
僕は再び頬の傷を触る。しかしそこは、血液とは別にサラッとした液体で濡れていた。
ヴェルテは今、不意に僕に顔を近づけると、ペロッと僕の頬の傷を舐めやがったんだ!!
「……何で、そ、そんなことを——!?」
「だってぇ〜〜こういう傷って舐めてれば早く治るんでしょう? 父様に聞いたことあるんだ♪」
「だからって! 急に他人のを舐めるヤツがあるかぁああ!!」
「——ッ?! えぇ〜〜え??」
では、何か? 獣人は他人の傷をペロペロ舐め合う文化でもあるのか?
何だそれ!? 気持ち悪い!?
もう、ヴェルテには終始、ドキドキされっぱなしだ。心臓に悪い。
「うぅ……よく、分からな〜い!」
「『分からな〜い』って——僕もヴェルテがよく分からないよ!!」
今の彼女は舌を“チョロン♪”と出したまま、首を“コテン♪”と傾げる仕草は非常に可愛らしくはあるんだが——
ヴェルテちゃんには……こう……何て言うか……ッッッ〜〜脱帽なんだよなぁ〜〜……。
天然魔性の女の子、ヴェルテ……恐ろしい子……!!
「あぁ〜〜いや〜〜青春だね〜〜」
「「……ッ!?」」
すると、その時—— とある人物が近づいてきた。
何かと思って視線を声の出所に向けると、そこにはニヤけたクルトンの姿がある。
「——あん?! 何ですか?! 覗きですか? いいご趣味ですね?」
僕は、不機嫌 and 気が動転してるからね。荒々しい歓迎で彼を迎える。
「いやいや、他意はないんだ。他の受験者がまだ見当たらなくてさ。暇してるんだ。どう? 少し話しでもしないかい?」
「……ハン! クルトンと話すことなんて何もないわ!」
「クルトン? あ、いや、僕の名前は“クルト”だよ。ウィリア君?」
僕は別にコイツ(クルト)と話すことなんて何もない。このあとはボォ〜っとでもして、残りの時間を満喫していようかとも思っていたのに、わざわざ邪魔しにきたようだな。
てか、クルト? クルトンみたいなサクサクとした名前じゃなかったっけか? ま、どっちでもいいか。明日には忘れる名だ。
「ねぇ、君たち2人……バイトする気はない?」
「——はあ?! バイトだ?」
「……うにゃ? 何それ?」
だが、僕の不機嫌オーラを断ち切るかのようにクルトは話を続ける。