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9.最後の一枚

【登場人物】

ロシュ公爵

ザウト 侍従

エリザベ-ト 公爵令嬢

ラナ 侍女

「あ、いやそうではなく……」


 公爵は言いかけて口をつぐんだ。ラナはエリザベートに心酔している。仕事ぶりは真面目で公爵家の人間には忠実だが、王家の人間に対してはどうだったのか。ふと不安になった彼は、ラナにたずねた。


「ちょっと聞くが……ラナはラウル殿下と過ごす、エリザベートにもついていたろう」


「はい」


「その時ラナはどうしていた?」


 侍女たるもの常に側にいて、主の力にならなければいけない。ラナが公女の侍女になれたのは、ザウトが課した厳しい訓練に耐え抜いたからだ。いわばその根性が買われた。


 ザウトにも心酔していたラナは、公爵と彼の関係をそっくり真似しようとした。


「もちろんエリザベート様に、あのスケベがちょっかいを出さないよう、きちんと見張っておりました」


「あのスケベ」


 目が点になった公爵に、ラナは力説する。


「公爵閣下のように枯れてしまえばともかく、十代の男なんて猿と同じです。純粋無垢で可憐なお嬢様とふたりにして、万が一何かあってはいけないと、殺気をみなぎらせて見守っておりました」


「枯れ……いや、私のことはいいから。それに王子殿下を猿扱いはどうかと……」


 とはいえ大広間で愛を叫んだ王子は、やっぱり猿だろうか……と公爵もぼんやり考える。


 チラリと侍従を見れば、彼も顔をしかめて指でこめかみを押さえている。


「申し訳ありません。女性の戦闘員には男に関して注意事項が多くて……必要以上にラナへ男性への警戒心を植えつけてしまったようです」


「ああ、そうか。まぁラナはザウトが、育てたようなものだからな」


 公爵は納得した。それはもうザウトは、ラナを厳しくしつけたのだろう。


 そしてラナが殺気をみなぎらせていたら、ふたりの仲が進展しないのも道理で……公爵はあらためて自分の責任を悟り、反省したのだった。





 しばらくしてエリザベートの部屋に戻ってきたラナを、彼女の主人は弾んだ声で迎えた。


「ラナ、どうだった?」


「申し訳ございません、お嬢様。あの黒猫を侮っておりました」


 ラナは悲痛な顔でうなだれる。手に持っていた封筒は暖炉か、調理場にあるかまどに放りこんで燃やしてしまいたいが、エリザベートはそれを楽しみに待っていたのだ。彼女はおずおずとそれを主へ差しだした。


 主からお願いされたことを完璧に遂行し、『すばらしいわ、ラナ!』と言ってもらえるのがラナの喜びなのに。


(それもこれもあの黒猫のせいよ!)


 クロウにしてみればいい迷惑の、八つ当たりめいた感情がラナの胸に湧く。本当にあの男が現れてから、ラナは調子が悪い。エリザベートが楽しそうにしているところを見るたびに、胸に刺さったままの棘がチクリと痛むのだ。


「え、それじゃあ……」


 そんな侍女の気持ちを知らない公爵令嬢は、心配そうに顔を曇らせた。これ以上主のがっかりする顔を見たくなくて、ラナは正直に白状する。


「隠し撮りはできませんでした、こそりとフォトを向けても撮る瞬間、かならず気づかれてしまうのです」


「まぁ……」


 そう言ってラナが見せたフォトはすべてブレブレで、なんだかわからない黒い影がぼやっと写っている。エリザベートは落ちこむ侍女をなぐさめた。


「しかたないわ、きちんと『撮らせてください』とお願いすべきだったのよ。ラナに隠し撮りなんて、はしたない真似をさせてしまって……私の勇気がないばかりに、ごめんなさい」


「とんでもございません。お嬢様はロシュ領に帰るから、記念にフォトがほしいと願われたのですもの」


「いいえ、それでもダメ。ラナに迷惑をかけてしまったわ。クロくんにも謝らなくちゃ。あら、でもこれって……」


 エリザベートの目が最後の一枚でとまった。ラナはそれが悔しくてしかたがない。


「あざとい、あざといですわあの黒猫!」


 あの獣人はおとなしく本を読むと見せかけて気まぐれに動き、まともなフォトをラナに全然撮らせなかった。


 それなのに最後の一枚だけ、こちらがドキリとするような笑みをフォトへ向けた。


「まともな画ひとつ撮らせないくせに、最後の最後で気まぐれに笑うなど。しかもフォトで狙う被写体として最高ですわ、腹立つ!」


 ラナは怒りに拳を震わせた。フォトに写っている男は輝く金の瞳にイタズラっぽい笑みを浮かべ、その後ろではしっぽがゆらりと揺れている。黒い毛並みに日差しがあたり、金色にのツヤがでている。


「なんてステキなの……」


「フォト越しに侍女へ向かい笑いかける余裕があるなら、お嬢様に甘い言葉のひとつでもかければいいものを……」


 態度は気安いくせに、最後まで黒猫は淡々とそっけなかった。エリザベートにすり寄るなら叩きのめしたけれど、逆にまったく相手にされないのも、ラナは自分のことのように腹が立つ。


 とにかくラナはお嬢様ひと筋だった。


「そんなことない。すばらしいわ、まるで私に向かって微笑んでいるみたい。

 ありがとうラナ、これ私の宝物にするわ!」


 本当にうれしそうに笑い、エリザベートは大切そうにフォトをそっと胸に押しあてる。ラナはそんな彼女のようすに眉を下げた。


「お嬢様……」


 もうお嬢様が可愛すぎて、それだけでラナには眼福である。


「いつも姿をお見かけするだけでよかったの、ホントよ。今日はお話できて夢みたいだったの。それにちゃんと私に笑いかけてくれたわ」


 エリザベートは図書館での会話を思いだし、くすりと笑った。彼のことを考えるだけで笑顔になれる。思いだすだけで気が滅入るラウル殿下とは大違いだ。


「最初からフォトのことはご存知だったのね。それなのに私たちのイタズラに怒らないで、つき合って下さったのだわ。やっぱり優しい方なのね……」


 窓辺で真剣に本を読むクロウは少し猫背で、本当に黒猫が丸まってるみたいで、愛らしいとしか言いようがない。


 目が合ったのは時々しかないし、合ったとしても恥ずかしくて、『メガネちゃん』のエリザベートは、すぐに視線をそらしてしまっていた。


(いつか……この写真みたいに。まっすぐにお互いを見ることができるしら……)


 それにはまだ、たくさんの勇気をかき集めなければならない。


 心の中で『クロちゃん』と呼んでいただけで、彼の名前すらちゃんと知らなかった。


 それがエリザベートとして名乗り、彼も自分のことを『メガネちゃん』とこっそり呼んでいたことを知った。


 豪華だけど居心地の悪い王城で、唯一の避難場所だった大好きな図書館で、ようやくお互いに言葉を交わせた。


 婚約破棄してもお釣りがくるぐらい、エリザベートには素敵な出来事で、今はそれで十分だった。


「これでお城ともサヨナラね、いい思い出ができたわ。ありがとう、ラナ」


 エリザベートは公爵に連れられて領地に戻る予定だ。もう城に用はないし、新しい縁談など持ちこまれても、すぐには考える気にもなれない。


 いきさつがいきさつだけに、しばらくは公爵もそっとしておいてくれるだろう。


「そのことでございますが」


 領地でのんびりするつもりのエリザベートに、ラナがためらいがちに口をひらく。


(本当にこれがお嬢様のためになるのかしら?)


「旦那様が剣術指南役としてクロウ・アカツキを領へ招かれました。ひと月のあいだ彼はロシュ公爵邸本館に滞在するそうです」


 クロウの写真を抱きしめたまま、深く水の澄んだ湖のような、エリザベートの青く濃い目がまんまるになる。


(やっぱりお嬢様はお美しいわ)


 素がちゃんと出せるようになったエリザベートは、憂いのある表情も、ホッとしたように見せる笑顔も、なにもかもが美しい。


 ラナはクロウに腹を立てていたことなどすっかり忘れ、うっかりポーッと見惚れてしまった。

次回、出発前のクロちゃんです。

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