19.女官長と俺
【登場人物】
クロウ・アカツキ 猫型獣人の衛士。昼休みは惰眠をむさぼる。
侍女ラナ エリザベートに仕える。クロウを抹殺したい。
エリザベート ロシュ公爵令嬢。獲物はまっすぐに狙うタイプ。
エリス女官長 ロックガルド城の生き字引。いろいろと悩ましい。
エリザベートは恥ずかしそうに、持ってきたノートを俺に渡す。なにげなくパラパラとめくると、俺の目に数字の羅列が飛びこんできた。
「うげっ⁉」
「あのっ、公爵領からお茶会の準備で運びこむ、品目の一覧です。数量も記載してあります」
自慢じゃないが、帳簿とか金の計算は俺の超苦手分野だ。エリザベートに必死な目で見つめられて、ようやく俺はうなずいてノートを返す。
「すごい量だな」
ざっと見ただけじゃ、どのぐらいすごいのかよくわかんねぇ!
「お恥ずかしいですわ。父が私のために婚礼品を、何年もかけて作らせていたみたいで……」
公爵家の威信がかかっているのね。あるとこにはあるんだろうなぁ。
「そっか……愛されてる証拠じゃねぇ?」
「はい!このノートはメモ書きなので、のちほどきちんと清書したものを、衛士の詰め所に運ばせますわ」
「ああ、そうしてくれ」
そんなん、隊長が眺めればじゅうぶんだ。もう二度と俺はその数字を見ないかんな!
もう昼寝する気分にはなれなくて、ポリポリと頭をかけば、俺のエレガントな尻尾が揺れる。エリザベートはハッと息をのみ、大きな青い瞳を潤ませてそれを見つめた。
いや、あの……なんかじーっと見られると、俺も居心地悪いんだが。つい背中が丸まって猫背になる。
「尻尾なんか揺らして……なんてあざといのかしら……」
ラナがブツブツ言ってるけど、わざとじゃないからな!
「あの、それでモツ煮込みのことなのですけど……ク、クロくんと城下町デートしたいです。お願いします!」
待てええぇい!
無駄になった婚礼品の品目数量を、びっちり記載したノートを差しだして、俺に言うセリフじゃねぇだろぉ!
「いけません、お嬢様!」
「ラナは黙ってて!」
「ですが……」
ラナも宿舎で俺の部屋を荒らしたときぐらい、もっと気合入れてお嬢様を止めような。
エリス女官長がコホン、と咳払いした。さっすが王城きっての常識派!
「エリザベート様、お茶会を成功させたらクロウ・アカツキとの城下町デート、これでよろしいのですね?」
「ちょっと待ったあぁ!」
何、決めてんだ女官長!
「はいっ!」
エリザベートも力いっぱいうなずくな!
「クロウ・アカツキ、衛士隊には私から話しておきましょう。ロシュ公爵令嬢が城下を視察されるのに同行しなさい」
厳格な女官長に俺は聞き返す。
「モツ煮込み屋に?」
「ええ、モツ煮込み屋です」
女官長はにこりともせず、重々しくうなずいた。
あれか?
女官長も城で働いているから、モツが何なのか知らないのか?
「モツって内臓っすよ。独特の臭いがするし、とても公爵令嬢に食べさせられるようなもんじゃ……」
ずいっと女官長は俺につめ寄る。
「クロウ・アカツキ、要人警護は衛士の任務です。費用はこちら持ちで手当も出しましょう。代休の取得も認めます」
「お任せください!」
俺はキリリと返事をした。こないだ飲みすぎたのがチャラになるなら大歓迎。まぁ、エリザベートにモツ食わせるだけだしな。
それに代休!わっほい!俺のベマ戦記がぐいぐい進むぜ!
「か、金が目当てなんて……お嬢様と同じ空気を吸うだけでも腹立たしいのに!」
ラナがブツブツ言ってるけど、それはしょうがないだろ。俺だって生きてるんだよ!呼吸しなきゃ死ぬの!
それに俺には代休を読書に充てるという、崇高な目的もあるんだぜ。待ってろよ、俺のベマ戦記ぃ!
俺はビシッとエリザベスに告げた。ほら、あれだ。お嬢様を守るボディーガードってのは、どの本読んでも渋くてカッコいいもんな。
「ただし条件がある。そのまんまじゃ目立ってしょうがない。メガネちゃんのときみたいに変装してくれ」
「は、はいっ!」
「エリザベート様、あくまでお茶会を成功させたらです。でなければ彼を貸すわけにはいきませんよ」
女官長が釘を刺せば、エリザベートは氷のように表情を消し、背筋をスッと伸ばした。
「わかっています。かならずやモツ煮込みのために、この会を成功させてみせます!」
国家予算並みの金をかけるわりに、目標がみみっちいぞ!
「どうしよう、お嬢様の街歩き……絶対可愛い。尊死する。くっ、モツ煮込みなんて……あああ、でも何であろうと、お嬢様なら優雅に召し上がられるわ!モツ煮込みを食されるお嬢様……確かにレアだけれど……」
ラナは真剣な顔で本棚に向かってブツブツとつぶやき、お嬢様愛を炸裂させている。これさえなきゃあ、美人なのにな。
「ラナはついてきちゃダメよ。これはクロくんとふたりだけの城下町デートなんだから。だってふたりじゃないと、デートにならないもの」
エリザベートの言葉に、ラナは衝撃を受けたように固まった。
「ふ、ふたりだけ……」
「侍女殿、クロウ・アカツキは訓練を受けた衛士です。公爵令嬢の安全は保障いたします」
女官長までエリザベートに助太刀すな!
ラナも俺を殺したそうな目で見るの、やめようか!
「どうしましょう……いっそ事に及ぶ前に、この世から消してしまったほうが……」
ブツブツ言ってるラナの目がマジだ。俺……今夜にも消されるんじゃね?
「さぁ、昼休憩もそろそろ終わります。ロシュ公爵令嬢は会場となる中庭にご案内しましょう。クロウ・アカツキはあとで私のところにいらっしゃい」
「はっ!」
名残り惜しそうなエリザベートを連れて女官長は立ち去り、俺がいつも惰眠をむさぼっていた昼休憩はあっけなく終わった。
午後の任務を終えた俺が、詰め所で報告書を作成していると、女官長からも衛士隊に話があったらしい。
隊長室からでてきた隊長が、詰め所の予定表に『クロウ・アカツキ、ロシュ公爵令嬢の護衛任務』と書き入れた。
「マジっすか……」
先輩たちがザワザワしているが、宿舎にラナを入れたの先輩たちだかんね。
「クロウ、女官長からの呼びだしだ。行ってこい」
「へいへい」
もうエリザベートたちは帰ったらしく、エリス女官長は眼鏡をかけて、ひとりで書類を読んでいた。さすが女官長ともなると、マネジメント業務も大変だよな。
「きましたね、クロウ・アカツキ。そこに座りなさい」
「はっ!」
エリス女官長は眼鏡を外すと立ち上がり、備えつけのティーセットでお茶の用意を始める。えっ、お客様待遇って……何かあるのか?
「さぁ、どうぞ」
「いただきます」
香り高い紅茶はさすが、女官長だけのことはある。けど俺、猫舌なんだよ!
どんなに香りがよくとも、冷めるのを待つしかない。
エリス女官長もティーセットを挟んで俺の向かいに座り、紅茶のカップを手にすると、じろりと俺の顔をにらむ。
「クロウ・アカツキ……私の情報を売りましたね」
「俺は図書館で本を薦めただけです」
女官長はため息をついた。
「私としたことが……まぁ、いいでしょう。王家と公爵家の結束を見せるためにも、お茶会は成功させなければ。公爵令嬢の希望はできるだけ叶えて差し上げて。これが手当の内容です」
すっと差しだされた書類に記された金額に、俺はビシッと敬礼をする。
「はっ!謹んで任務を遂行させて頂きます!」
マジ、破格じゃねぇ?
ラッキー……なのかな。衛士隊の年間予算を知っている身としては、逆に不安が募る。だってたかがモツ煮込み屋に行くだけだぜ?
しかも女官長はにこりともしない。
「紅茶は嫌いですか?」
そうじゃなくて、俺は猫舌なんだよ!
ていうか、何で女官長が俺を茶でもてなすんだ?
「あの、他に何かあるのでしょうか?」
ちゃんと丁寧語で聞けた俺、偉い。
女官長は俺の手元を真剣に、じーっと観察している。真顔怖いから!
「茶会のマナーがちゃんとしているか、気になったのです」
「茶会?」
行くのはモツ煮込み屋だろ。ところが女官長は悩ましげに、深いため息をついた。
「エミリア王女のご指名です。『クロウ・アカツキを茶会に随行したい』と。ふさわしい衣装も仕立てねばなりません。はぁ……この国で最も高貴な姫君方が、なぜよりによって猫型獣人を取り合うのか……」
そんなん、俺が聞きたいわ!
そろそろお茶会に行けるかな……。









