18.お茶会の準備
【登場人物】
クロウ・アカツキ 猫型獣人の衛士。好きな料理はモツ煮込み。
侍女ラナ エリザベートに仕える。ザウトを崇拝している。
エリザベート ロシュ公爵令嬢。モツ煮込みが気になる。
エリス女官長 ロックガルド城の生き字引。
「ロックガルドがエリザベートのような王妃を迎えていたら、安泰でありましたものを」
王妃は残念がったが、時すでに遅し。
バカ息子が王太子だったのは一日だけで、家系図からも消されてラウルなんて王子は存在しなかったことになっている。
あっちはあっちで、平民になったラウル君には来年の春には子どもが生まれるらしい。早っ!
ミアのお腹に子どもがいるため、婚約破棄を急いだのだろう。で、このミアが案外たくましく、街角で可憐な瞳に涙をためて『愛の歌』を歌い、ラウル君が楽器を弾いて寸劇のようなものをやり、生計を立てているそうだ。
寸劇では許されない恋をしたふたりが、最後手を取り合って去っていく。
『愛する人のためならば、私は王位など捨てる!』
ラウルは舞台で毎晩そう叫んでいるそうだが、本番でもそれやればよかったのに。わかりやすい寸劇は人気があり、それはそれで拍手喝采らしい。エリザベートっぽい悪役令嬢もちゃんと出ている。
エリス女官長と話し合ったあとの、エリザベートの働きは凄まじかった。
ロシュ公爵家のエリザベートがお茶会を開く。ただし公爵邸では行わず、会場は王城を借りる。
すぐにそれを王家に承諾させると、彼女は毎日エリス女官長の元へ通った。
『水を得た魚』とはまさにこのことで、女官長とタッグを組んでお茶会の準備を進めていく。ラナも控えて必死にメモを取り、侍女のノートがどんどん埋まっていった。
これまでお妃教育を担当した教官全員が、舌を巻くほどの記憶力と順応性が発揮される。
執務室で待ちかまえていたエリス女官長に、登城したエリザベートはうなずく。
「まずは招待客選びね」
「カーミス男爵令嬢とつながりのある貴族は省いておきました」
あいかわらずニコリともしないエリス女官長から、差しだされたリストに、エリザベートは目を輝かせた。
「助かるわ。これまでの感謝をお伝えする会だから、先生方もお招きしたいのだけど」
「スケジュールを確認いたします」
公爵令嬢は侍女のラナに合図を送り、持参のリストを机に並べた。
「あとこちらが公爵家でピックアップした、王都近郊の貴族や騎士、王都滞在中の貴族のリスト、そちらは商人たちのリストね」
「商人たちまで招くのですか?」
まず貴族のリストを手にした女官長が、意外そうに眉をあげた。
「ええ。そのかわりお茶会の準備に協力してもらうの。茶葉やお菓子、参加者にお配りするお土産まで……彼らにも商談のチャンスになるわ」
「前例がございません。王都在住の貴族家の令嬢令息だけを招待した、これまでのお茶会とはわけが違います」
顔をしかめて女官長が首を横に振っても、エリザベートは軽くいなした。
「私は婚活がしたいわけじゃないもの。前例など、今から作ればいいわ」
「席決めがややこしくなります」
「あら。主催は王家でもロシュ公爵家でもなく、私が個人でするのよ。会場が王城なだけで、格式ばったものにするつもりはないの」
「……というと?」
エリザベートはリストを指して、エリス女官長に説明した。
「地方は中央より情報が伝わるのが遅いわ。王都に住む貴族以外も招くのは、婚約破棄のニュースとともに『ロシュ公爵家はこの程度では揺らがず、王家との仲は変わらず良好』という情報を持って帰ってもらうの」
噂や憶測が広がる前に、全員を一堂に集めてその目で確めさせればいい。いわば情報の上書きだ。それなら公爵家にダメージは少なくなり、お茶会の出来次第でエリザベートの評価も上がる。
「それなら商人も話を広めるのを助けてくれましょうが……人数がとんでもないことになります」
「会場は大広間をお借りして、庭園に続く扉はすべて開放し、風を入れられるようにしましょう。それと彫刻師の手配を。中央に大きな氷の像を飾るわ」
「季節は初夏でございますが?」
氷室にある氷もたかがし知れている。その点を指摘すると公爵令嬢はこともなげに言う。
「北の氷河から公爵家の者が、氷を切り出して運びます。細かい氷はお酒や飲み物に入れたり、果汁を使いシャーベットにしたりすればいいわ」
「!……厨房に連絡しておきます」
「ええ、お願い。シャーベットはカラフルにしてお花のような形にヘラで盛りつけるの。クランベリーシャーベットも入れてね!」
「かしこまりました」
うやうやしく頭を下げた女官長に、エリザベートはうれしそうな顔をする。けれどそれも一瞬のことで、すぐに『氷の令嬢』らしく冷ややかな無表情に戻った。
「それから庭園のあちこちに、音が混ざり合わないように楽師を配置して。音を頼りに小径をたどれば、パッと視界が開けた時に、美しい花園が広がり、素晴らしい音楽に浸れるように」
「反響の魔石などを用意する必要がございますね」
「ええ。あとで庭師とも相談して候補の場所を選び、必要な個数を割り出してちょうだい」
女官長はため息をついた。おそらく予算は無限大だ。ロシュ公爵は愛娘のために、とほうもない金額を散財するつもりだ。それでも公爵が払うはずだった、エリザベートの持参金より安いはず。
(つくづくエリザベート様を失ったのは、王家にとって大きな損失だわ……)
女官長は気を取り直して、お茶会の準備を続けることにした。
「それとお茶会で使う食器でございますが……」
「今回は王城にあるものは使わず、すべてロシュ公爵領にあるブール窯で焼かれた皿を用いるつもりです。荷馬車を仕立てて窯元から運ばせるわ」
ブール窯の近くには良質の粘土が採れる山があり、そこで作られる器は高く評価されている。
ロッグガルドの輸出品としてもロシュ公爵が力を入れている窯元だ。白地に『ロシュ・ブルー』と呼ばれる青い絵付けは、公爵家の人間が持つ瞳の青によく似ている。
そこでエリザベートは、ふふっと小さくおかしそうに笑う。濃く青い瞳にプラチナブランド……冷たく見える横顔だが、ふと笑みをこぼすと大輪の花が咲く。
「お父様が『エリザベートの婚礼品にするつもりで数年かけて作らせたものだ。ちょうどよい』ですって」
「さようでございますか……」
エリス女官長は遠い目をした。
(王家にとってはとんでもない損失だけど、これでよかったのかも。ラウル殿下の元では、エリザベート様は本来の力を、半分も発揮できなかったでしょう)
「あっ、衛士隊にも荷馬車の到着を知らせておかなくては」
「それならば今から一緒に参りますか?」
エリザベートはぱちくりと目をまたたく。エリス女官長は立ち上がると書棚から本を一冊手に取った。
「ちょうど昼休みの時間です。読者好きの衛士が図書館にいるかもしれません」
パァッとエリザベートの青い瞳が、大粒のサファイアがきらめくように輝いた。
「クロくん!」
「うわっ⁉」
いつも通り図書館で、日当たりのいい指定席に座り、気持ちよくウトウトしていた俺は、いきなり呼びかけられて飛び起きた。
口元から垂れるよだれを拭きながら慌てて顔をあげると、プラチナプロンドに大きな青い瞳の公爵令嬢エリザベートが、侍女のラナとエリス女官長を連れてニコニコと立っている。
ラナがにらんでいるけど、俺だって今は昼休みなんだよ!
「私、クロくんに言われた通り、がんばってます」
「みたいだな」
俺がニカッと笑うと、エリザベートはもじもじと手の指を合わせてこねる。
「それでですね、お願いがあるのですが……私がちゃんとお茶会を開催できたら、クロくんの好きな『モツ煮込み』……食べてみたいです」
「へ?」
……モツ煮込み?
「公爵邸のシェフに相談したら顔を真っ青にして、首をブンブン横に振るばかりで作ってはもらえなくて……」
「そりゃそうだろうな」
モツ煮込みはくさい。エリザベートがふだんつけている、シトラスとフリージアの香りがだいなしだ。
俺はラナを見たが、凄い目つきでギロリとにらむだけで黙っている。困ってエリス女官長を見ると、彼女はコホンと咳払いしてエリザベートを注意した。
「エリザベート様、ブール窯から送られる荷馬車の話をしにいらしたのでは?」
「あっ、そうでした!」
お茶会に行けませんでした(汗









