表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

15.ラナの報告

【登場人物】

侍女ラナ エリザベートに仕える。ザウトを崇拝している。

ロシュ公爵 ロックガルドの北方地域を支配する公爵。二男一女の父。

侍従ザウト 公爵に仕える。元は灼熱の地、カーゴの戦士。

 調査を終えてロシュ公爵邸に戻ったラナは、そのまま公爵の執務室に出向き、ノートをザウトに渡すと公爵への報告を済ませた。プラチナブロンドに濃い青の瞳、美形だが年相応の老獪さも持ち合わせた公爵は、彼女の話を聞くと目を丸くした。


「『エリス女官長を落とせ』……クロウくんが本当にそんなことを言ったのかね?」


「はい」


「ふむ。どう思うね、ザウト」


「興味深いですね。貴族たちへの対応に頭を悩ませていた我々からすると、とてもいいアドバイスだと思います」


 王城に部屋を与えられた貴族たちは、それぞれ自分の世話をする侍女を連れているし、王族たちにも専属の者がついている。対して王城のあちこちで働く女官たちは、城全体の運営を任されていた。


 女官たちを束ねるのがエリス女官長で、王妃への報告義務はあるが、細かなことは彼女の裁量に任されている。


 季節ごとの催事で使う食器の種類や数、饗宴に出される食事のメニュー、家臣にふるまわれる引き出物の内容……すべては女官長の頭に入っており、彼女の指示はいつも的確だった。


 当然情報を得ようと近づく者は多いが、彼女の口から何かが漏れたことはない。


「エリス女官長は私も知っているが、ニコリともしない厳格なご婦人だよ。彼女を落とせるだろうか?」


 ラナはごくりと唾を飲んでから答える。


「その前にエリザベート様がお茶会を主催されるよう、説得しなければなりません。女官長のことも、お嬢様に相談してみませんと……」


「やるならば公爵家の威信にかけて、成功させなければならない。エリザベートを説得できるかね?」


 静かにラナへたずねる公爵の青い瞳がキラリと光った。『できない』とも『わかりません』とも、答えることは許されない。少し目線を下げたラナは、スカートをつまんで腰を落とし、ハッキリとした声で返事をする。


「……お任せください」


「よかろう」


 公爵がうなずき、それですべてが決まった。ザウトがノートをパタリと閉じて、公爵に差しだす。


「ご覧になりますか?」


「いや、いい。ザウトが重要だと思ったことだけ、後で教えてくれ。ノートはラナが持って行って、エリザベートに見せてやるといい。君が出かけていたから、今日は元気がなかった。部屋でずっと読書をしていたようだ」


「かしこまりました」


「ですがノートを見るかぎり、彼はふつうの青年ですね。寝て起きて仕事に行って、たまに同僚たちとバカ騒ぎをする。酒癖は悪くないようですが、取り立てて他の衛士と違いはありません。ところでラナ……彼が『好きだ』と言う白酒(しろざけ)とは?」


 ザウトがノートをざっと読んだ感想を口にして、最後にラナへ質問した。


「アカツキの酒だそうです。米を原料にした酒で麹の香りがする、どろっと濁った白い酒だとか」


 ラナの答えに公爵がピクリと反応する。


東酒(あずまざけ)の一種か。ウチにはない酒だな。ミュゼの港なら手に入るか?」


「当たってみます」


 うなずいたザウトに、ラナがおそるおそる教えた。


「入手は難しいかと思われます。蒸留酒ではなく輸送の間も発酵が進むため、ロックガルドに持って来られたとしても、風味が変わってしまうと。あの黒猫が言っていました」


 それを耳にした公爵がゆったりと椅子に座りなおし、両手の指を組むと面白そうに右の眉を持ち上げた。


「ほぅ……貿易船が寄港する港町ミュゼを所有する、この私でも入手が難しい酒だと?」


「あ、いえ……そんなことは」


 公爵の瞳に宿る危険な光に、ラナは慌ててふるふると首を横に振る。


「ザウト、これは挑発かな?」


 公爵の性格をよく知っているザウトは、ため息をついた。あの衛士の青年は、主を挑発したつもりなどないだろう。


「あまり本気にされませんよう。まともに入手しようと思ったら、商隊を組織しなければなりません」


「そう言われるとますます飲んでみたいじゃないか」


 濃く青い瞳をキラキラと輝かせるロシュ公爵は、無邪気な子どものようで、なおさら始末に負えない。単純に自分が知らない酒への好奇心で、『飲んでみたい』と口にしているようだ。


(朝一番でミュゼの港に、使いをやらないといけないな……)


 もういっそアカツキから、原料の米と酒造りの職人を、呼び寄せたほうが早い気もする。ザウトは少しだけ遠い目をして話題を変えた。


「ラナから見たクロウ・アカツキの印象はどうだった?」


「…………」


 質問された黒髪の侍女はすぐに答えず、少しだけ眉を寄せて考えこんでいる。


「ラナ?」


「直感的なものでもよろしいですか?」


「かまわない」


 ザウトの返事に、ラナは言葉を選ぶようにして話しだす。


「獣人だからでしょうか。舌の感覚が鋭いと感じました」


「舌の感覚?」


「公爵様に拾われるまで、私は食事も満足にできない生活を送っておりました。食事は空腹を満たせればそれでよく、味など二の次でした。けれどあの黒猫は嗅覚もですが味覚も繊細で、よく味わって食べているようでした」


「ほう。それは料理長にも伝えておかねばなるまい」


 公爵の言葉にザウトは黙ってうなずく。


「あとは……とても警戒心が強く、用心深いと感じました。油断のならない相手です」


「それはエリザベートが彼に好意を持っているから、そう感じるのではないか?」


 公爵がラナの言葉に首をかしげると、彼女も自信がなさそうに目を泳がせる。


「あくまで直感的に感じただけです。どうしてそう思ったかは、私にもよくわかりません」


「わかった。ラナ、ノートを持ってお嬢様のところへ行きなさい」


「はい」


「ラナ」


 ノートを渡されたラナが、ぺこりと一礼して立ち去ろうとすると、公爵が呼びとめた。


「心からあの子を気にかけてくれて、ありがとう。エリザベートの侍女を務められる者は、君をおいて他にいないと私は思っている。どうか茶会でもあの子を助けてやってほしい」


「は、はい!もちろんです!」


 思いもかけない言葉に、ラナが頬を上気させて執務室を出ていくと、後には公爵と侍従のザウトだけが残された。


「さて困ったな。これでは満足するどころか、クロウ・アカツキにますます興味が湧いてきた」


 どこか楽しそうな公爵に、側に控える侍従はあからさまに顔をしかめた。


(この方が興味を持たれたら、やっかいなことになる……)


 カーゴで戦士だったザウトに興味を持った時の彼も、たしかこんな感じで目を輝かせていた。


「閣下、彼はただの衛士です」


「そうだねザウト、君がただの侍従であるように。それにしても意外だったよ。君がラナを侍女にして手放したのが。ずっと手元に置いておくのだと思っていた」


 今は侍従らしく上品なスーツに身を包んだザウトは、緩く首を振ってそれに答える。


「……あの子には、私とは違う人生を歩んでほしい。主のために命を賭けるのではなく、自分自身の人生を生きてもらいたいのです」


「おや、今の境遇は不満かね?」


「いいえ。とても満足していますよ、公爵。でも彼女は私とは違いますから」


 褐色の肌に赤い瞳をしたカーゴの元戦士は、そう言って口の端にやわらかな微笑みを浮かべた。

白酒が気になる公爵。

次回はエリザベートとラナ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

小説版公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ