15.ラナの報告
【登場人物】
侍女ラナ エリザベートに仕える。ザウトを崇拝している。
ロシュ公爵 ロックガルドの北方地域を支配する公爵。二男一女の父。
侍従ザウト 公爵に仕える。元は灼熱の地、カーゴの戦士。
調査を終えてロシュ公爵邸に戻ったラナは、そのまま公爵の執務室に出向き、ノートをザウトに渡すと公爵への報告を済ませた。プラチナブロンドに濃い青の瞳、美形だが年相応の老獪さも持ち合わせた公爵は、彼女の話を聞くと目を丸くした。
「『エリス女官長を落とせ』……クロウくんが本当にそんなことを言ったのかね?」
「はい」
「ふむ。どう思うね、ザウト」
「興味深いですね。貴族たちへの対応に頭を悩ませていた我々からすると、とてもいいアドバイスだと思います」
王城に部屋を与えられた貴族たちは、それぞれ自分の世話をする侍女を連れているし、王族たちにも専属の者がついている。対して王城のあちこちで働く女官たちは、城全体の運営を任されていた。
女官たちを束ねるのがエリス女官長で、王妃への報告義務はあるが、細かなことは彼女の裁量に任されている。
季節ごとの催事で使う食器の種類や数、饗宴に出される食事のメニュー、家臣にふるまわれる引き出物の内容……すべては女官長の頭に入っており、彼女の指示はいつも的確だった。
当然情報を得ようと近づく者は多いが、彼女の口から何かが漏れたことはない。
「エリス女官長は私も知っているが、ニコリともしない厳格なご婦人だよ。彼女を落とせるだろうか?」
ラナはごくりと唾を飲んでから答える。
「その前にエリザベート様がお茶会を主催されるよう、説得しなければなりません。女官長のことも、お嬢様に相談してみませんと……」
「やるならば公爵家の威信にかけて、成功させなければならない。エリザベートを説得できるかね?」
静かにラナへたずねる公爵の青い瞳がキラリと光った。『できない』とも『わかりません』とも、答えることは許されない。少し目線を下げたラナは、スカートをつまんで腰を落とし、ハッキリとした声で返事をする。
「……お任せください」
「よかろう」
公爵がうなずき、それですべてが決まった。ザウトがノートをパタリと閉じて、公爵に差しだす。
「ご覧になりますか?」
「いや、いい。ザウトが重要だと思ったことだけ、後で教えてくれ。ノートはラナが持って行って、エリザベートに見せてやるといい。君が出かけていたから、今日は元気がなかった。部屋でずっと読書をしていたようだ」
「かしこまりました」
「ですがノートを見るかぎり、彼はふつうの青年ですね。寝て起きて仕事に行って、たまに同僚たちとバカ騒ぎをする。酒癖は悪くないようですが、取り立てて他の衛士と違いはありません。ところでラナ……彼が『好きだ』と言う白酒とは?」
ザウトがノートをざっと読んだ感想を口にして、最後にラナへ質問した。
「アカツキの酒だそうです。米を原料にした酒で麹の香りがする、どろっと濁った白い酒だとか」
ラナの答えに公爵がピクリと反応する。
「東酒の一種か。ウチにはない酒だな。ミュゼの港なら手に入るか?」
「当たってみます」
うなずいたザウトに、ラナがおそるおそる教えた。
「入手は難しいかと思われます。蒸留酒ではなく輸送の間も発酵が進むため、ロックガルドに持って来られたとしても、風味が変わってしまうと。あの黒猫が言っていました」
それを耳にした公爵がゆったりと椅子に座りなおし、両手の指を組むと面白そうに右の眉を持ち上げた。
「ほぅ……貿易船が寄港する港町ミュゼを所有する、この私でも入手が難しい酒だと?」
「あ、いえ……そんなことは」
公爵の瞳に宿る危険な光に、ラナは慌ててふるふると首を横に振る。
「ザウト、これは挑発かな?」
公爵の性格をよく知っているザウトは、ため息をついた。あの衛士の青年は、主を挑発したつもりなどないだろう。
「あまり本気にされませんよう。まともに入手しようと思ったら、商隊を組織しなければなりません」
「そう言われるとますます飲んでみたいじゃないか」
濃く青い瞳をキラキラと輝かせるロシュ公爵は、無邪気な子どものようで、なおさら始末に負えない。単純に自分が知らない酒への好奇心で、『飲んでみたい』と口にしているようだ。
(朝一番でミュゼの港に、使いをやらないといけないな……)
もういっそアカツキから、原料の米と酒造りの職人を、呼び寄せたほうが早い気もする。ザウトは少しだけ遠い目をして話題を変えた。
「ラナから見たクロウ・アカツキの印象はどうだった?」
「…………」
質問された黒髪の侍女はすぐに答えず、少しだけ眉を寄せて考えこんでいる。
「ラナ?」
「直感的なものでもよろしいですか?」
「かまわない」
ザウトの返事に、ラナは言葉を選ぶようにして話しだす。
「獣人だからでしょうか。舌の感覚が鋭いと感じました」
「舌の感覚?」
「公爵様に拾われるまで、私は食事も満足にできない生活を送っておりました。食事は空腹を満たせればそれでよく、味など二の次でした。けれどあの黒猫は嗅覚もですが味覚も繊細で、よく味わって食べているようでした」
「ほう。それは料理長にも伝えておかねばなるまい」
公爵の言葉にザウトは黙ってうなずく。
「あとは……とても警戒心が強く、用心深いと感じました。油断のならない相手です」
「それはエリザベートが彼に好意を持っているから、そう感じるのではないか?」
公爵がラナの言葉に首をかしげると、彼女も自信がなさそうに目を泳がせる。
「あくまで直感的に感じただけです。どうしてそう思ったかは、私にもよくわかりません」
「わかった。ラナ、ノートを持ってお嬢様のところへ行きなさい」
「はい」
「ラナ」
ノートを渡されたラナが、ぺこりと一礼して立ち去ろうとすると、公爵が呼びとめた。
「心からあの子を気にかけてくれて、ありがとう。エリザベートの侍女を務められる者は、君をおいて他にいないと私は思っている。どうか茶会でもあの子を助けてやってほしい」
「は、はい!もちろんです!」
思いもかけない言葉に、ラナが頬を上気させて執務室を出ていくと、後には公爵と侍従のザウトだけが残された。
「さて困ったな。これでは満足するどころか、クロウ・アカツキにますます興味が湧いてきた」
どこか楽しそうな公爵に、側に控える侍従はあからさまに顔をしかめた。
(この方が興味を持たれたら、やっかいなことになる……)
カーゴで戦士だったザウトに興味を持った時の彼も、たしかこんな感じで目を輝かせていた。
「閣下、彼はただの衛士です」
「そうだねザウト、君がただの侍従であるように。それにしても意外だったよ。君がラナを侍女にして手放したのが。ずっと手元に置いておくのだと思っていた」
今は侍従らしく上品なスーツに身を包んだザウトは、緩く首を振ってそれに答える。
「……あの子には、私とは違う人生を歩んでほしい。主のために命を賭けるのではなく、自分自身の人生を生きてもらいたいのです」
「おや、今の境遇は不満かね?」
「いいえ。とても満足していますよ、公爵。でも彼女は私とは違いますから」
褐色の肌に赤い瞳をしたカーゴの元戦士は、そう言って口の端にやわらかな微笑みを浮かべた。
白酒が気になる公爵。
次回はエリザベートとラナ。









