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14.クランベリージュースで乾杯

【登場人物】

クロウ・アカツキ 黒ヒョウを守護獣にもつ猫型獣人。

衛士ハルト ミルクティー色の髪で背が高い。クロウの同僚で人間。

ラナ エリザベートの侍女。戦闘力が高い。

 俺ががっついていると、ラナは力いっぱい首を横に振る。


「無理よ。そんなの絶対無理!」


「らいりょーぶらって。ほんにゃの、りゃなにゃららくひょう……」


 口に肉を突っこんだまましゃべる俺を、ラナは嫌そうに注意した。


「食べるかしゃべるか、どっちかにしてよ」


 おっと悪い、鳥の煮込みがうまいもんで。このやわらかさとジューシィな味わい、玉ねぎの甘味とコク、そしてキノコのうま味がギュギュっと濃縮されて香りもいい。んんん~うんまあぁ!


「食べるだけにしろなんて言ってないわよ!」


 味わっていたら、ラナがイライラしたように叫ぶ。もぐもぐもぐもぐ……。そう言われても俺の口はいっぱいなんだ。


「あのラナさん、飲み物頼みましたから。クランベリージュース、おいしいですよ。ほらクロウも!」


 気を利かせたハルトが頼んでくれたらしい。ハルトいい奴。もぐもぐもぐもぐ……ごっくん。ぐびぐびぐび……。


「ぷっはー、ありがとハルト。疲れた時はサッパリした酸味がうまいんだよなぁ」


 俺はクランベリージュースを一気飲みして、満足した腹をさすった。


「で、どこまで話したっけ」


「お嬢様の主催で、お茶会を開けって話よ」


 半目になったラナは吐き捨てるように言い、クランベリージュースのカップをあおる。


 彼女が口の端に残ったクランベリージュースをペロリと舌で舐めると、真っ赤なジュースだから生き血をすすっているみたいだ。酒じゃなくてよかった。ハルトはうっとりとそんな彼女に見惚れている。


「あのな、王城でのマナーってのは、できない奴、知らない奴を指さして笑うためにあるんだ。エミリア王女だってワガママだけど、お茶会の作法には厳しいぜ。ヘタすりゃ集中攻撃だ」


「それぐらいわかってるわよ。そんなのお嬢様にさせられないわ。私だってちゃんとできないもの」


「何言ってんですか。ラナさんは立派な侍女ですよ。自信持ってください!」


「でも……」


 高位の令嬢に注がれる視線は、心地いいものばかりじゃない。隙を見せたら負けで、欠点を探してあざ笑う輩だっている。


 きっと招かれたのも王子の取り巻きや、男爵令嬢と仲のいい奴らばかりだったろう。


 婚約者から冷遇される公爵令嬢……エリザベートの置かれた環境では、ラナもやりづらかったに違いない。


(どうすっかな、俺があんま関わるのも……)


 俺はただのモブ衛士だ。それにラナが言うように、エリザベートがやる気をださないと、どうしようもない。


「クロウ、お前が言うなら何か作戦でもあるのか?」


「まぁな。けどラナだけじゃなく、エリザベート嬢がその気にならないと難しいだろ?」


 どちらにしろ公爵令嬢がロシュ領に帰れば、いずれ人々は話題にもしなくなる。


 公爵領には港町ミュゼや鉱山の街ゴルドなど、王都並みに発展した街がいくつもあるし、そこでなら彼女はあいかわらずプリンセスとして、のんびり暮らせるはずだ。するとハルトが身を乗りだした。


「クロウ、ラナさんを助けてやってくれ。頼む!」


「ハルトさん……」


 ラナはびっくりしたようだった。初対面でメシを食っただけで、自分のために真剣に頼んでくれる奴がいるなんて思いもしなかったんだろう。


「これだけ主の心配をしている彼女は、真面目ないい侍女だと思う。俺たちで助けになれるなら手を貸したい」


「そうは言ってもなぁ。ラナは何が得意なんだ?」


「主に戦闘ね。その気になれば指一本で()れるわ」


 いや、殺るのはまずいだろ。侍女に必須のスキルでもないし。


「ちょっと聞くけど……婚約破棄の日、もしエリザベート嬢についていたら、ラナはどうしていた?」


 ラナは目をキラリと光らせ、手に持っていたナイフをサッと横に動かし、肉をスッと切り裂く。


「当然血祭りよ。大広間に首がふたつ転がっていたわ」


 あ~うん、当日ラナが公爵から呼び戻された理由がわかった気がする……。やっぱやべぇ、この女。


「そんなに手練れな侍女がいるなんて、エリザベート嬢も頼もしいでしょうねぇ」


 ハルトはニコニコとあいづちを打つ。俺たち城の衛士だからな、王太子の殺害予告をニコニコ聞いちゃダメだぞ。そこ忘れないようにしような。


「ロシュ領に帰る前に、公爵と親しい貴族だけでいい。公爵令嬢の主催で茶会を開け」


「簡単に言うけど、まずお嬢様を説得するのが難しいわ。それに……本当に私、苦手なの。お茶を淹れるぐらいなら、ちゃんとできるわ。でも貴族的な言い回しが難しくて、貴婦人たちが何を言いたいのか、さっぱりわからない」


「エリザベート嬢だって、まだそんなに社交の経験がないから、それだと大変な思いをしたろう」


 ラナはうつむいて、きゅっと唇をかむ。


「私……ザウト様にも叱られたの。エリザベート様のお役に立ってないって。このままだと侍女失格だわ」


 侍女はメイドじゃない。主に代わり手紙の返事を書くこともあるし、王城で働くなら、政治的な駆け引きもする。


 お茶会ひとつ開くにしろ、茶菓子や参加者を楽しませる催しの準備など、主に恥をかかせないために、あれこれと気を使う。


「ラナがエリザベート嬢を説得できるなら、お茶会だって成功させられるさ」


「うん、俺も彼女が王広間から退出する姿を見ていたけど、堂々としていて見事だった」


 ハルトにほめられても、ラナはまだ不安そうだ。


「でも……どうやって?」


「それはラナが考えてくれ。俺がアドバイスできるのはたったひとつだ。うまくいくか心配なら、俺も会場に行ってやる」


 そう言うとラナは変な顔をする。


「あんたがお茶会に?招待状を送れっての?」


「そんなのいらねぇ。俺モブの衛士だもん。まぁ何とかするから心配すんな」


 モブ中のモブだからこそ逆に、衛士ひとり会場に潜り込んでも不自然じゃない。


「俺がロックガルドの城で働いてるのはさ、衛士隊の連中がイイ奴らばかりだってのもある」


「そうね」


 そこはラナも素直にこくりとうなずき、ハルトがうれしそうに笑う。


「へへっ」


「で、王城ってのはでっかいし、出入りする人間も多いけど。それを動かしているのは結局、俺たちみたいな奴らだってこと。つまりお茶会を成功させたかったら……」


「つまり?」


 貴族連中の思惑などどうでもいい。どうせあいつらは待っているだけの連中で、用意された物に対してキャッキャウフフしているに過ぎない。


 肝心なのはお茶会の采配を振るう人間だ。俺は声を潜めてラナにささやいた。


「招待客を選び、その席順を決め、会場の雰囲気からテーブルで交わされる話題まで、すべてをコントロールできる手腕を持つ人材が要る。エリス女官長を落とせ」


「エリス女官長を?」


 ラナが驚いたように目を見開く。エリス女官長は先代の国王時代から城に勤める重鎮、生き字引と言ってもいい。王城のことならそれこそ隅から隅まで何でも知っている。


「お茶会は白い戦いだ。血が流れないだけで、裏ではバチバチ火花が散ってる。ラナは戦闘力が高い侍女なんだろう?」


 俺がニカッと笑うと、ラナは目をぱちくりと瞬いた。

クランベリーは「ツルコケモモ」とも呼ばれます。

冷涼な湿地帯で育つ北米原産の植物ですが、ラトビアやトルコなどでも栽培されています。

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