13.ラナの悩み
ブクマ&評価ありがとうございます!
「で、私にとってはどうでもいいんだけど、あんたの好きな色って黒?」
「前置きいらねぇし。黒でもないし」
俺が否定すると、ハルトが思いだしたようにつけ加えた。
「あ、先輩が『クロだから黒じゃね?』って」
先輩たちいぃ!
「ちがうのね。じゃあ好きな飲み物は?それと好きな色と花は?」
メモしていた『好きな色→黒』にシャッと斜線を引き、ラナはさらに質問してくる。
「そうだな……」
すんなり教えてもいいが、ラナの態度がなんかしゃくにさわる。
……俺が好きなのは故郷アカツキの朱色だ。赤い朱塗りの柱に囲まれた内宮を歩くと床が鳴る。侵入者避けに造られた仕掛けは職人芸で、細部までこだわった欄間の細工も見事だった。
好きな花は白百合で、清廉な花がすっくと伸びる茎に、堂々と咲くところが美しいと感じる。
(そういやエリザベートもそんな雰囲気だよな……王城にいるくせに、変に貴族めいたところもなくて)
アカツキの緑深い山の中で、ひっそりと首を伸ばすようにして咲く花。濃く深い緑の中で、なにものにも染まらないところは、清々しいまでに孤高のたたずまいを感じさせる女に似ている。
「好きな飲み物は白酒だ。米を原料にした酒で麹の香りがする。こっちでも手に入る東酒は、透き通った清酒が多いけど、どろっと濁った白い酒だ」
「そんな酒知らないぞ」
ハウルが言えば、ラナも首をかしげる。
「東酒……公爵邸にいくつかあるけど、どろっと濁った酒なんて見たことないわ」
食料になる米をわざわざ酒にするから、産地のアカツキでも高価で、祝いの席でしか飲めない酒だ。
大陸の東端から酒を運ぼうとしたら、陸路だろうが海路だろうが、輸送費がとんでもないことになる。
「運べないんだよ。蒸留酒と違って麹が生きてるから、輸送の間も発酵が進んじまう。なんとかロックガルドに持ってこれたとしても、きっと飲めたもんじゃない」
「幻の酒って感じだなぁ」
ハルトがちょっと飲みたそうな顔をした。
「アカツキに来れば飲ませてやるぜ」
俺もアカツキを出たのは子どもの頃だから、実は一度も飲んだことはない。ただ親父が雪を見ながら酒を満たした盃を、静かに傾けるところを見ていただけだ。あの後ろ姿は今でも俺の脳裏にハッキリと焼きついている。
そこへ頼んでいた煮込みと揚げ物がやってきた。炒めた玉ねぎにキノコと鶏肉を入れてしっかり煮込んだヤツは、肉もやわらかくて玉ねぎの甘味も合わさり絶品だ。
酒がほしくなるし、ハルトはさっきから飲みたそうだけど、俺はまだラナを信用していなかった。
この侍女は運ばれてきた料理になかなか手をつけない。じっとラナを見ていると、彼女は半目になって俺に毒づいた。
「あんたって油断ならないわね。本当にただの衛士?」
「モブなりに処世術があんの。トカゲのしっぽ切りで切られるのは、下っ端の俺たちだからな」
「さぁさぁ、ラナさん食べましょう。クロウの勧める店はどこもうまいですよ」
「ありがとう、ハルトさん」
「ハルト、でいいですよ。あ、いや馴れ馴れしすぎるかな」
気を利かせたハルトがラナの分を小皿によそえば、彼女は礼を言っておそるおそる口をつけた。もぐもぐと慎重にかんで、いきなりパッと彼女の目が輝く。
「おいしい!あんた意外と舌が肥えてるのね」
そう。その反応を待っていた!ここの煮込みうまいんだよな!
「ま、野生の勘ってやつかな。どうせ食うならうまい方がいい」
アカツキを出てからずっと、放浪しながらロックガルドにたどり着いた。初めての街でメシを食うのは、いつだって賭けだ。
料理の味もだけど、俺は店の雰囲気や店員たちの接客だって大事にする。お気に入りの店は限られるけど、そのほうが変なトラブルに巻き込まれにくい。ヤバいトコだと店で目をつけられて、後をつけられたりするからな。
「揚げ物もうまいっすよ」
「いただくわ!」
根菜を薄くスライスして、カリッと油で揚げてパッと塩を振ったやつは、シンプルだけど食感がよくて、いくらでもパクパクと食べられる。
俺も腹が減っていたから、しばらく全員で黙々と食事をしていると、ラナがハッとしたようにナイフとフォークを置き、あわててナプキンで口をぬぐった。
「まだ答えてない質問があるわよ」
つまりラナも料理に夢中だったわけね。公爵家の侍女さんのお口に合ったようでなにより。
「あとは色とか花だっけ。そういうのはロシュ領に行ってから、本人に聞かれたら言うよ。ラナはべつに知りたくないだろ?」
まともに答えるのはちょっと照れる。素直に教えない俺を、ラナはにらみつけた。
「やっぱ生意気ね。人を食ったような態度が、本当にクロちゃんそっくり」
「猫といっしょにすんなよ」
ラナが視線を落として自分の手元を見つめる。
「私はクロちゃん……黒猫といっしょに公爵家に拾われたの。だからお嬢様の気持ちがわかるわ」
「拾われた?」
「そう。奥様が亡くなられたばかりだった。お嬢様はクロちゃんの世話に夢中になったわ。立ち直るキッカケになったんだと思う。でもあんたは獣人とはいえ人間だもの」
「そうだな。猫とは違う」
俺はいつでも好きな時に可愛いがられる愛玩動物じゃない。ラナは心配そうに眉をきゅっと寄せた。
「お嬢様がね、表面上はそうでもないけど、ときどき物思いに沈まれるの。だから考えこませるより、忙しくしていたほうがいいだろうって旦那様が」
「けど俺、なんにもできねぇぜ?」
図書館で見かけていた俺に対する、エリザベートの好感度は高そうだけど、それはラウル殿下が酷かったから、相対的に俺がイイ奴に見えただけって気がする。だいたい俺には公爵令嬢とつき合えるような財力はない。
「私もそう思うわ。けれどあんたのこと話すと、お嬢様も笑顔になるし……なんていうか心のリハビリっていうの?」
「思ったより心の傷は深いってことか……しばらく目が離せねぇな」
事件があった翌日、図書館にやってきた彼女は、いつも以上にはしゃいでいた。本を読みはじめたらボロボロ鼻を真っ赤にして泣いていたし、まだふつうの精神状態じゃないんだろう。
そう考えるとロシュ公爵が、俺を強引にロシュ領へ誘ったのもうなずける。期間はひと月……エリザベートの傷を癒すのに、それぐらい必要だってことだ。ラナはこくりとうなずいた。
「お城でやるお妃教育が、けっこうハードだったの。解放されたのは喜んでいいはずなのに、びっちり埋まっていたスケジュールが、ぽっかり空いて真っ白なのもなんだか……」
「堂々とでかけりゃいいじゃねぇか」
ロシュ公爵が事態を収拾し、王太子と男爵令嬢もざまぁされた。エリザベートには何の落ち度もないし、人の噂なんて払拭しておいたほうがいい。
「だけど私からそれを言うのは……」
「それが侍女の仕事だろ」
「えっ」
思いもしなかったようで、ラナは驚いて顔を上げる。
「だってラナは公爵令嬢つきの侍女だろ。あのまま妃殿下になっていたら、公務に追われる彼女のかわりに、社交の采配をふるうのはラナの役目だったはずだ」
「あ……私は貴族の令嬢とかじゃないから、そういうのは苦手で。侍女になるつもりもなかったし……」
「はぁ⁉」
公爵家で働く侍女はたいてい貴族、最低でも子爵か伯爵令嬢、または夫人あたりだ。ラナはぐっと言葉に詰まり、しぶしぶ俺に説明する。
「私は護衛としてつくお嬢様に予定だったの。でも側にいるなら侍女の方が自然だからと。ザウト様は『侍女なら貴族に見染められる可能性もある。ラナにもいい話だ』と勧めて下さったけど……正直、向いてないわ。ガラじゃないもの」
「じゃあ例えばお茶会で紅茶の銘柄を決めたり、テーブルの花を選んだりとかは……」
「お嬢様がやって下さったわ。私は侍女としてのふるまいは最低限学んだけど……他の貴族たちとの面識もないし、ずっと後ろに控えていたの」
「だからあの子は図書館で、教養書の棚らへんをウロウロしてたのか。彼女が孤立したのは、ラナにも原因があるな」
「わ、私のせいだっていうの?」
顔色が変わったラナに俺は告げる。
「ロシュ領に帰る前に、公爵令嬢の主催でお茶会を開け。ラナが中心になって動くんだ」
「なっ、そんなのできるわけないじゃない!」
「できるさ」
俺は言い切って、肉の煮込みにかぶりついた。うんまあぁ!
エリザベートを元気づけたいラナ









