12.ラナのノート
「だいたい俺の人となりが知りたいんだったら、わざわざ出かけなくても宿舎の連中に聞けばいいだろ」
「それはもうやったわ」
ラナはぴらっと貴族が使うような箔押しされた、装飾が美しい表紙のノートを俺に見せた。ていうかすでにけっこう書きこみがしてあるぞ⁉
「やったのかよ」
俺が内心思いっきり引いていると、ラナも不本意そうに顔をゆがめた。
「ええ。おかげであんたの下着は三枚で、それを洗濯しながらローテーションで履いてる……って、そんなどうでもいい情報まで集まったわ」
先輩いぃ!!
俺のプライバシーいぃ!!
いや、それよりも。
「ちょっ、おまっ。先輩たちから色仕掛けで情報を引きだしたのか⁉」
どうりで宿舎の熱気が凄い。ラナはギッと俺をにらみつける。
「失礼ね。色仕掛けなんかするわけないでしょ。二、三回まばたきしただけで、みんなベラベラしゃべってくれたもの」
先輩いぃ!!
わかる。ラナがまつ毛をパチパチっとしただけで、なんでもしゃべりたくなるよな!
こんな美女が熱心にメモを取りながら、話を聞いてくれるんだもんな!
だけどだけど!俺のプライバシーいぃ!!
「色仕掛けなんて使うのは、相手を無防備にして殺る時だけよ」
「公爵家ではどういう教育してんだ?」
表情ひとつ変えないラナは、冗談を言っている雰囲気じゃない。怖っ。
「それに私が知りたいのは、そういう情報じゃないのよ」
「俺だってパンツの枚数なんて知られたくねぇ」
ラナはバカにしたように、フンっと鼻を鳴らした。
「三枚なんて少なすぎじゃない?」
「汗かくから毎日洗濯するし。臭いまんま置いときたくないだろ。夜洗って翌日乾かして……一枚は予備だな。宿舎は狭いから、数があってもしまう場所がない」
俺は説明したけれど、ラナはお気に召さなかったらしい。
「チッ、所持品が着替えと本だけなんて。もっとこう……女癖の悪さや金使いの荒さが証明できる品とか、出所のアヤシイ薬とか置いときなさいよ!」
「寝に帰るだけの宿舎に、あんた何を期待してんだ」
不満タラタラで愚痴をこぼす侍女に、俺はエリザベートみたいに表情を消してツッコミを入れる。
「あのな、ほっとくと凄い臭いになるんだぞ。ちょっとズボラな先輩の部屋なんか、男臭くて入れたもんじゃないからな!」
「だから私が知りたいのは、そういう情報じゃないのよ!」
やり取りを聞いていた同僚のハルトが、割って入って俺のフォローをしてくれた。
「ラナさん……でしたっけ。俺はクロウの同僚でハルトって言います。こいつの仕事ぶりは真面目だし、宿舎の部屋もきちんと掃除してる。人となりは保証しますよ」
「「「「あ、ハルトいつの間に!」」」」
先輩たち、うるさい。ラナは長身のハルトを見上げ、まつ毛をパチパチっとさせた。
「ハルトさんとおっしゃるの。同僚なら彼の仕事ぶりもご存知?」
みるみるハルトは耳まで赤くなる。
「はっ、おっ、俺でよければ何でも聞いて下さい!」
ちょっと待てハルト、俺のプライバシーいぃ!!
「うれしいわ」
ラナがにっこりと微笑むと、ハルトはキリッとさわやかな表情を作る。
「ラナさんのためなら、いくらでも時間作ります!」
俺はハルトが墜ちる瞬間をナマで見た。だから俺のプライバシーは……。いやまぁ、宿舎暮らしじゃプライバシーもへったくれもないからイイけどさ。
「「「「ハルト、抜け駆けすんなぁ!」」」」
外野がうるさいが、もうほっとこう。部屋で俺を待ってるベマ戦記を思い、俺は盛大にため息をつく。俺がゆっくり読書をするには、マジでロシュ領に行かないと無理かもしれない。
「あーもぅ、場所変えよう。で、街に行くんだっけ。ハルト、お前も来い」
「えっ、俺も?」
そわそわとミルクティー色の髪をなでつけるハルト。行く気満々じゃねぇか。
「何かあったらハルトが証人になれ。あと俺の話はお前がしろ。違うなって思ったら言うから」
「お、おう……」
「……まぁ、いいでしょう」
こうして俺はハルトを巻きこむことで、ラナとふたりきりで出かけるのを回避したのだった。
仕事終わりなので、俺とハルトがラナを連れて向かったのは、酒も出す料理屋だ。家族連れも食事をしに来る市場近くの店なので、そんなにいかがわしい感じはない。
ラナは珍しそうに店内を見回して、キョロキョロしている。
市場に近いこともあって、野菜料理がうまくて女性受けもいい店だ。酒は頼まず煮込みや揚げ物を注文してから、俺は腕組みをしてラナをにらみつけた。
「で、俺のどんなことが知りたいんだよ」
「これよ。宿舎でも聞きこみをしたけど、本人にもちゃんと確認したくて」
ラナがパッと広げて見せたノートには、エリザベートと思われる字でこう書いてある。
『ラナに調べてほしいこと』
・クロくんの好きな食べ物やお菓子
・クロくんの好きな飲み物
・クロくんの好きな色
・クロくんが好きな花
・クロくんが寝る時のパジャマの色
・クロくんが起きる時間やご飯を食べる時間
・クロくんが好きなゲーム
・クロくんが喜びそうなこと、なんでも!
お、おう……。張り切って書いたらしい、エリザベートがなんとなく思い浮かぶ。
「え、なんだこれ」
「好きなのはモツ煮込み。お菓子はシナモンと砂糖をまぶした揚げ菓子。それで合ってる?」
「ああ、まぁ」
予想より平和な内容に面食らっていると、侍女のラナはジロリと俺をにらむ。
「あんたの部屋、パジャマなんてないじゃない」
「だってそりゃ……寝て起きてバッと衛士服羽織って出勤だから、パジャマなんて着替えがめんどくせぇじゃん」
ただの衛士である俺たちは、騎士みたいに従者が武器の手入れをしてくれたり、着替えを用意してくれたりとかないからな。
「ていうか宿舎は女人禁制だぞ。女を連れこんだら風紀が乱れるからって、先輩がルールを決めて、それはもう厳しく……」
「あんたの部屋見たいって言ったら、すんなり見せてくれたわよ?」
先輩たちいぃ!!
ラナが美人だからって、あっさりルール変えやがった……。
ハルトがノートを見ながら言う。
「クロウが好きなのはカードゲームだな。あとは駒と盤を使ったチェス。宿舎だけでなく、当直でもよくやる」
「教えて下さって、ありがとう」
ラナはハルトにニコッと微笑み、ノートに『カードゲーム』『チェス』と書いていく。
「起床は六の鐘だな。衛士の交代が八の鐘だから、それまでに訓練と朝食を済ませてから職務に就く。当直じゃない時はわりと早く寝る」
「このへんはどの衛士も似たようなもんだろ。それより先輩たちへの聞き取り調査と、質問の趣旨が違くないか?」
「あれは私があんたのあら探しをしてただけ」
「そんなもん探すなよ!」
ラナは肩をすくめて、はあぁ~と深いため息をつく。
「公爵閣下が剣術指南でやって来るあんたを、ロシュ領でもてなすようお嬢様に命じたの。だから張りきってらっしゃるのよ。当然私も手伝うことになるわ。やんなっちゃう」
「それでわざわざ俺のところに来たのかよ。気が進まないなら断ればいいのに」
公爵家のおもてなしなんて、モブの俺には怖すぎる。するとノートをパタリと閉じて、ラナは唇をとがらせた。
「私だってお嬢様にほめてもらいたいもの。お嬢様が『ラナ、ありがとう』と言って下さる時は、パッと青い瞳を輝かせて、ふわりと笑われるの。本当に光り輝く女神のようなんだから」
「ラナさんのお気持ち、お嬢様に通じるといいですね!」
ハルトがデレデレしながら言い、それから俺を振り向いて真顔で忠告してきた。
「クロウ、ロシュ領に行く時はちゃんと、新しい下着買っておけよ」
うっせえぇ!
クロウのプライバシーが筒抜けに。









