表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

12.ラナのノート

「だいたい俺の人となりが知りたいんだったら、わざわざ出かけなくても宿舎の連中に聞けばいいだろ」


「それはもうやったわ」


 ラナはぴらっと貴族が使うような箔押しされた、装飾が美しい表紙のノートを俺に見せた。ていうかすでにけっこう書きこみがしてあるぞ⁉


「やったのかよ」


 俺が内心思いっきり引いていると、ラナも不本意そうに顔をゆがめた。


「ええ。おかげであんたの下着は三枚で、それを洗濯しながらローテーションで履いてる……って、そんなどうでもいい情報まで集まったわ」


 先輩いぃ!!


 俺のプライバシーいぃ!!


 いや、それよりも。


「ちょっ、おまっ。先輩たちから色仕掛けで情報を引きだしたのか⁉」


 どうりで宿舎の熱気が凄い。ラナはギッと俺をにらみつける。


「失礼ね。色仕掛けなんかするわけないでしょ。二、三回まばたきしただけで、みんなベラベラしゃべってくれたもの」


 先輩いぃ!!


 わかる。ラナがまつ毛をパチパチっとしただけで、なんでもしゃべりたくなるよな!


 こんな美女が熱心にメモを取りながら、話を聞いてくれるんだもんな!


 だけどだけど!俺のプライバシーいぃ!!


「色仕掛けなんて使うのは、相手を無防備にして()る時だけよ」


「公爵家ではどういう教育してんだ?」


 表情ひとつ変えないラナは、冗談を言っている雰囲気じゃない。怖っ。


「それに私が知りたいのは、そういう情報じゃないのよ」


「俺だってパンツの枚数なんて知られたくねぇ」


 ラナはバカにしたように、フンっと鼻を鳴らした。


「三枚なんて少なすぎじゃない?」


「汗かくから毎日洗濯するし。臭いまんま置いときたくないだろ。夜洗って翌日乾かして……一枚は予備だな。宿舎は狭いから、数があってもしまう場所がない」


 俺は説明したけれど、ラナはお気に召さなかったらしい。


「チッ、所持品が着替えと本だけなんて。もっとこう……女癖の悪さや金使いの荒さが証明できる品とか、出所のアヤシイ薬とか置いときなさいよ!」


「寝に帰るだけの宿舎に、あんた何を期待してんだ」


 不満タラタラで愚痴をこぼす侍女に、俺はエリザベートみたいに表情を消してツッコミを入れる。


「あのな、ほっとくと凄い臭いになるんだぞ。ちょっとズボラな先輩の部屋なんか、男臭くて入れたもんじゃないからな!」


「だから私が知りたいのは、そういう情報じゃないのよ!」


 やり取りを聞いていた同僚のハルトが、割って入って俺のフォローをしてくれた。


「ラナさん……でしたっけ。俺はクロウの同僚でハルトって言います。こいつの仕事ぶりは真面目だし、宿舎の部屋もきちんと掃除してる。人となりは保証しますよ」


「「「「あ、ハルトいつの間に!」」」」


 先輩たち、うるさい。ラナは長身のハルトを見上げ、まつ毛をパチパチっとさせた。


「ハルトさんとおっしゃるの。同僚なら彼の仕事ぶりもご存知?」


 みるみるハルトは耳まで赤くなる。


「はっ、おっ、俺でよければ何でも聞いて下さい!」


 ちょっと待てハルト、俺のプライバシーいぃ!!


「うれしいわ」


 ラナがにっこりと微笑むと、ハルトはキリッとさわやかな表情を作る。


「ラナさんのためなら、いくらでも時間作ります!」


 俺はハルトが墜ちる瞬間をナマで見た。だから俺のプライバシーは……。いやまぁ、宿舎暮らしじゃプライバシーもへったくれもないからイイけどさ。


「「「「ハルト、抜け駆けすんなぁ!」」」」


 外野がうるさいが、もうほっとこう。部屋で俺を待ってるベマ戦記を思い、俺は盛大にため息をつく。俺がゆっくり読書をするには、マジでロシュ領に行かないと無理かもしれない。


「あーもぅ、場所変えよう。で、街に行くんだっけ。ハルト、お前も来い」


「えっ、俺も?」


 そわそわとミルクティー色の髪をなでつけるハルト。行く気満々じゃねぇか。


「何かあったらハルトが証人になれ。あと俺の話はお前がしろ。違うなって思ったら言うから」


「お、おう……」


「……まぁ、いいでしょう」


 こうして俺はハルトを巻きこむことで、ラナとふたりきりで出かけるのを回避したのだった。





 仕事終わりなので、俺とハルトがラナを連れて向かったのは、酒も出す料理屋だ。家族連れも食事をしに来る市場近くの店なので、そんなにいかがわしい感じはない。


 ラナは珍しそうに店内を見回して、キョロキョロしている。


 市場に近いこともあって、野菜料理がうまくて女性受けもいい店だ。酒は頼まず煮込みや揚げ物を注文してから、俺は腕組みをしてラナをにらみつけた。


「で、俺のどんなことが知りたいんだよ」


「これよ。宿舎でも聞きこみをしたけど、本人にもちゃんと確認したくて」


 ラナがパッと広げて見せたノートには、エリザベートと思われる字でこう書いてある。


『ラナに調べてほしいこと』


・クロくんの好きな食べ物やお菓子

・クロくんの好きな飲み物

・クロくんの好きな色

・クロくんが好きな花

・クロくんが寝る時のパジャマの色

・クロくんが起きる時間やご飯を食べる時間

・クロくんが好きなゲーム

・クロくんが喜びそうなこと、なんでも!


 お、おう……。張り切って書いたらしい、エリザベートがなんとなく思い浮かぶ。


「え、なんだこれ」


「好きなのはモツ煮込み。お菓子はシナモンと砂糖をまぶした揚げ菓子。それで合ってる?」


「ああ、まぁ」


 予想より平和な内容に面食らっていると、侍女のラナはジロリと俺をにらむ。


「あんたの部屋、パジャマなんてないじゃない」


「だってそりゃ……寝て起きてバッと衛士服羽織って出勤だから、パジャマなんて着替えがめんどくせぇじゃん」


 ただの衛士である俺たちは、騎士みたいに従者が武器の手入れをしてくれたり、着替えを用意してくれたりとかないからな。


「ていうか宿舎は女人禁制だぞ。女を連れこんだら風紀が乱れるからって、先輩がルールを決めて、それはもう厳しく……」


「あんたの部屋見たいって言ったら、すんなり見せてくれたわよ?」


 先輩たちいぃ!!


 ラナが美人だからって、あっさりルール変えやがった……。


 ハルトがノートを見ながら言う。


「クロウが好きなのはカードゲームだな。あとは駒と盤を使ったチェス。宿舎だけでなく、当直でもよくやる」


「教えて下さって、ありがとう」


 ラナはハルトにニコッと微笑み、ノートに『カードゲーム』『チェス』と書いていく。


「起床は六の鐘だな。衛士の交代が八の鐘だから、それまでに訓練と朝食を済ませてから職務に就く。当直じゃない時はわりと早く寝る」


「このへんはどの衛士も似たようなもんだろ。それより先輩たちへの聞き取り調査と、質問の趣旨が違くないか?」


「あれは私があんたのあら探しをしてただけ」


「そんなもん探すなよ!」


 ラナは肩をすくめて、はあぁ~と深いため息をつく。


「公爵閣下が剣術指南でやって来るあんたを、ロシュ領でもてなすようお嬢様に命じたの。だから張りきってらっしゃるのよ。当然私も手伝うことになるわ。やんなっちゃう」


「それでわざわざ俺のところに来たのかよ。気が進まないなら断ればいいのに」


 公爵家のおもてなしなんて、モブの俺には怖すぎる。するとノートをパタリと閉じて、ラナは唇をとがらせた。


「私だってお嬢様にほめてもらいたいもの。お嬢様が『ラナ、ありがとう』と言って下さる時は、パッと青い瞳を輝かせて、ふわりと笑われるの。本当に光り輝く女神のようなんだから」


「ラナさんのお気持ち、お嬢様に通じるといいですね!」


 ハルトがデレデレしながら言い、それから俺を振り向いて真顔で忠告してきた。


「クロウ、ロシュ領に行く時はちゃんと、新しい下着買っておけよ」


 うっせえぇ!

クロウのプライバシーが筒抜けに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

小説版公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ