11.美女の訪問
衛士ハルト ミルクティー色の髪で背が高い。クロウの同僚で人間。
俺が訓練場に造られた仮の詰め所での報告を終え、てくてく歩いて宿舎に戻ろうとすると、同僚のハルトが大きく手を振りながら飛びだしてきた。
「おい、クロウ。凄い美女が宿舎でお前を待ち伏せしてんぞ。お前なんかやらかしたのか?」
「はぁ⁉」
自慢じゃないが、凄い美女とやらに猫型獣人の俺はあまり縁がない。そりゃあ、俺だって人間の女に懐かれることはある。
「クロウくん、かわいい!」
黒い毛並みに金の瞳、猫背で小柄な俺はどうやらかわいく見えるらしい。
キタコレーー!!
オス扱いされてないヤツ!!
尻尾や耳をさわったり、頭をなでたがったり、アゴの下をコチョコチョして、ゴロゴロ言わせたがる。
だーかーらー、俺は猫じゃねえぇ!!
そんな状況で、宿舎にまでやってくる女の存在……思い当たるとしたらコレしかない。
(借金の取り立て……でもツケの支払にしては早くないか?)
持ち合わせがなくとも城下町の飲み屋なら、衛士はツケが効くのはありがたいが、城で働く衛士の給料日なんて決まっている。
「ともかくあんな美女がこれまで、宿舎に出入りするのなんて見てねぇし。しかも目当てはクロウだってんで、先輩たちが落ち着かないんだよ」
「えええ?」
これは尋問コース確定である。その美女が俺を訪ねたのが何かの間違いだったとしても、独身歴の長い男たちの追及は容赦ない。
もし俺の関係者だったとして、次は「彼女にお姉さんか妹はいるか?」と目を血走らせて聞かれるに違いない。
「俺の知り合い……?」
とりあえずヤバそうだったらダッシュで逃げるつもりで、大柄なハルトの後ろに隠れるようにして、コソコソと宿舎に近づくと、たしかに見覚えのある黒髪の女が立っている。
俺は拍子抜けして、自分の頭をポリポリとかいた。美女は美女だが、なーんだ感が凄い。
「ラナじゃねぇか」
「お前に気安く名前を呼ばれる筋合いはないわ!」
公爵家の侍女を務めているラナは、黙って立っていればスタイルのいいすらりとした美女だった。
(この殺気さえなけりゃなぁ……)
ラナは俺だけでなく、エリザベートに近づくすべてを、いつだって射殺しそうな目つきでにらんでやがる。俺は頭の中で納得したが、念のため注意した。
「いつ会っても殺気立ってんなぁ。王城へ武器の持ちこみは禁止だからな。なにか仕込んでないだろうな?」
ギクッとしたように体を揺らし、ラナの顔色が変わった。
「え、図星?」
「お嬢様の身を守らないと……」
サッと目をそらしてラナはゴニョニョ言う。
「あのな、王城警備は俺たちの仕事なわけ。当然ラナのだいじなエリザベートも、城にいる間は俺たちが守る。ラナの仕事は侍女だろ?」
「ぐっ、わかってるわよ!」
「わかってねぇ。ホラ、出せ。さもなけりゃ、身体検査すっぞ」
俺は左手を出して待ちかまえた。右手は万が一のために空けておく。こうまで殺気をむきだしにする相手には、あらゆる可能性を想定しておかねぇとな。
ラナはギリッと歯を食いしばって俺をにらみつけると、ボソっと低い声で毒づく。
「あんたやっぱり油断ならないわ」
「俺だって野性的な勘で今まで生き延びてんだ。ホレ、出せ」
挑発するように左手首をクイクイと動かせば、ラナは履いていたスカートをバッとたくし上げた。長くてすらりとした白い脚があらわになる。
「ど……」
俺がなにか言う前に、衛士の宿舎から地鳴りのような唸り声と叫び声が上がる。
「「「「うおおおおおぉ⁉」」」」
先輩たち、寝てろよ。さては窓からのぞいてんな。
ラナは気にせず、太ももにつけていた皮のベルトから、細身のよく研いだナイフを三本抜きとった。
「失くしたら叱られるから、後で返してくれる?」
「だから最初から持ってくんなよ。そっちの袋もな」
「ただの匂い袋よ」
「それは調べてみねぇと」
俺はナイフのそばにぶら下がる、刺繍がされた小さな袋が気になった。
貴婦人たちがドレスに合わせて、細工物を持ち歩くのはよくあることで、小さなペンダントがメモ帳とペンに変わったりする。
するとチッと舌打ちして、ラナは袋を寄越す。
「あんたってホント嫌なやつ」
「衛士の仕事なめんな」
そしてまったく香りのしない袋の中身は、どうやらナイフに塗る毒らしい。しびれる程度か、殺傷能力があるのかまではわからないが……。
「これはさすがに公爵へ厳重注意か?」
それを聞いたラナはギョッとした顔をする。
「やめてよ、お仕置きされるじゃない!」
「お仕置き?だれに?」
ラナはぷいっと横を向く。それだけで宿舎のほうから、誰かの野太い声がする。
「「「「横顔も美しいぃ~」」」」
先輩たち……何見てんの?危険人物だかんね、この女。
「エリザベート……じゃないよな。おい、こういったのも侍女の仕事に入っているのか?」
俺は押収したナイフと袋を慎重に布で包みながら、ラナへたずねる。
「……入ってない。私の癖みたいなものよ」
「俺を殺しにきたのか?」
「違うわ!」
ラナは噛みつくように言い返すけど、ナイフと毒があって殺意がないとは証明しづらい。それにロシュ公爵も俺を殺すつもりなら、わざわざ公爵邸に招いたりしないだろう。
「殺しにきたってわけじゃないなら、何でここに?」
ラナはもじもじと指をこねる。
「ええと言いにくいんだけど……公爵からお前の人となりを探ってくるよう命じられたの。だから……」
キッと顔を上げてラナは真顔で俺につめ寄った。
「私と街へ出かけてくれないかしら?」
自分の太ももにナイフと毒を仕込んで会いにくるような女と、いっしょに出かけろとか……アリなのか⁉
いったい何の冗談だよ!
宿舎の部屋で俺を待っている、ページをめくられるのを今かと今かと待っている……俺のベマ戦記ぃ!!
俺はもちろん即答する。ハイ、喜んでぇ……なわけがない!
「断っていいか?」
「私も気は進まないの。でも報告できることがないと困るのよ!」
そしてラナもめちゃくちゃ真剣な表情で、俺に訴えてきた。
公爵ーー!!気軽に人にものを頼むんじゃねぇ!!
お互いに気の進まないデート??









