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10.エミリア王女

【登場人物】

クロウ・アカツキ ロックガルド城のモブ衛士

エミリア王女 クロウを可愛がっている(?)王女

エリザベート クロウが助けた公爵令嬢

 城に乗りこんできてからの、ロシュ公爵の行動力たるや凄まじかった。


 俺たちの職場だった衛士の詰め所には測量が入り、もう建て替え工事が始まっている。訓練場には簡易的な砦が築かれ、一時的に仮の詰め所になった。


 測量ついでに公爵の測量士たちは、城のあちこちを計測し、一瞬でロックガルド城を丸裸にしてしまったのは言うまでもない。


 マジで政争ってヤツは怖いね。


 今頃ロシュ公爵は城の隠し通路まで描かれた、詳細な地図を手に高笑いしているだろう。


 俺は故郷に帰るから関係ねぇけどさ。あの公爵だけは敵に回したくないね。いつも連れてる侍従も目つきが鋭いもん!


 今日の俺は城門警備の仕事をサクサクと片づけて、あとは衛士の詰め所にいって報告書を書きあげたら終わり。


(同僚からの飲みの誘いはうまいことかわして、宿舎に帰ったらベマ戦記を読むぞ!)


「待ちなさい、クロウ!」


 俺は仕事とまったく関係ないことを、ちっこい頭で考えていたとは知られないよう、クルっとふり向いてサッと敬礼をした。


 ロックガルドの城で俺を呼び捨てにするのは、上司の衛士長か同僚である衛士連中に決まっているが、それ以外にもひとりいる。


 くるくると縦巻きロールにした輝く金髪に赤いリボンを結び、ふわりと広がった豪華なドレスは、裏地に外国産のシルクが使われている。


 ラウル殿下の妹、今年十一歳になったばかりのエミリア王女殿下が、両手を自分の腰にあて仁王立ちしていた。


 プリンセス・エミリアは護衛騎士を引き連れて、回廊からでっかい声で俺を呼びとめたのだ。


 俺はビシッと敬礼したまま、モブの衛士らしく声を張りあげた。距離があるから、こっちもデカい声ださないと届きそうにない。


「ごきげんうるわしゅう存じます、エミリア王女殿下!」


 エミリア王女はフンと鼻を鳴らし、自分の縦巻きロールを手で肩から払った。


 なにげないしぐさだが、王女様はいつも鏡の前で、威厳たっぷりかつ優雅に手で髪をペイッとできるよう、日々練習を重ねているという。


 よくわからないがそっくりそのまま、王妃の真似をすると怒られるらしい。


(上品に偉そうなしぐさをするって大変なんだな)


 あれほどイライラした感情を上品に表現するしぐさはないと思うが、たぶん王様は王妃の『ペイッ』が苦手なんだろう。


 エミリア王女はパッチリした目をつりあげて、俺をにらみつけている。


「ホント鈍くさいのね、あたくしから声をかけさせるなんて。いいことクロウ、あたくしの姿を見かけたら、すぐ駆けつけること!」


「は!」


(いや、俺はべつに王女係じゃねぇし……)


 チラッと思ったが、言い返したっていい事はない。俺はビシッとした敬礼を崩さず、短く応えた。


 このエミリア王女、ラウル殿下を見て育ったせいか、ワガママでめんどくさい。


 なんだかプリプリ怒ってるが、うまいことやり過ごして早く詰め所に戻りたい。


「では、詰め所にて報告することがありますので!」


「待ちなさいよ!あたくしがお前を呼びとめたのよ。それにまだ用事が終わってないわ!」


「は!そうでありました!」


(えええ、まだなんかあるのかよぉ……)


 ええと、これはなんかの嫌がらせだろうか。


(図書館で借りたベマ戦記を返すのが遅れるじゃねぇか、次の休みに続きを借りる予定なのに!)


 軍師リューンがどうやって窮地を脱したか、早く続きが知りたい。起死回生の一手を、『うおおぉ、そう来たかぁ!』とうなりながら読み進め、ベマの地で戦った戦士たちの活躍に盃を傾けたい。


 いいや、報告書はササッと書いて適当にあげちまおう。何て書くかな……今日は城門で故障した馬車は三台、その騒ぎで気分が悪くなった乗客のおばあさんを救護室に運んだ。


(お、いいね。それ書いときゃ完璧!)


「ちょっとクロウ、聞いているの?」


「は!」


 (……ちっとも聞いてなかった!)


 エミリア王女はぷくっとほっぺをふくらませて、俺に近づいてくる。


 子どもっぽいと言えば子どもっぽいが、フリフリドレスも着てるし、お人形さんみたいで可愛いっちゃ可愛い。


 喜怒哀楽がハッキリしていて扱いやすい王女だが、ラウル殿下の悪い影響か、城の者が自分のために働くのは、当然だと思っているふしがある。


「エリザベートお姉様を助けたことで、クロウはロシュ公爵に気にいられたのですってね。ずるいわ、クロウとお茶を飲むのは、あたくしだけの特権なのに!」


「は……」


 ええと俺、王女とは一滴も茶を飲んだことはないんだが。


(もしかしていつも警備と称して駆りだされる、エミリア王女のお茶会だろうか)


 猫型獣人の俺は頭の上にツンと立った耳とか、歩くと揺れる尻尾とかがなぜか王女に気に入られている。


 壁際につっ立った俺が、なにか話しかけられて『は!』と返事をすれば、いつも王女は満足げにお茶を飲む。


「クロウってホントに可愛いわ」


 いや、俺これでも一応、成人男子なんだけど。


(……ただひたすら時間が過ぎるのを待つ、アレのことか?)


 俺が内心首をひねっていると、王女についていた護衛騎士が、見かねて彼女をたしなめた。


「エミリア殿下、その衛士は詰め所に向かう途中です。用もないのに呼びとめてはなりません。それに公女を『お姉様』と呼ぶのは……」


 お、まっとうなこと言ってるね。ロックガルドは人材が豊富だ。俺の中で護衛騎士への好感度が右肩上がりした。


 けれどエミリア王女は護衛騎士へ、偉そうに言い返す。ま、あんたは確かに偉いけどよ。だって王女だもん。


「何言ってるの。用があるから呼びとめたに決まってるでしょう。エリザベートお姉様のことはラウルお兄様と婚約する前から、あたくし『お姉様』とお呼びしているもの。婚約破棄なんて関係ないわ!」


 どうやら先日の一件で、ロシュ公爵自ら衛士の詰め所に出向き、俺を公爵領に招いた件が王女にもバレているらしい。


 公爵が派遣した設計士が城にやってきて、あちこちで測量を終えると、新しい詰め所の設計図をサクッと作りあげ、もう解体工事が始まっている。


 その騒ぎは当然、王女の耳にも入ったんだろう。


 ていうか、それもあった。公爵領へ出発する日はもうすぐそこだ。ちょっと誤解は解いておかないといけない。


「エミリア王女、返答をお許しいただけますでしょうか」


 エミリア王女は意外そうに目を丸くした。


「あら……いつも『は!』しか言わないお前が、話をするなんて。いいわよ、聞いてあげる。だってあたくし寛大ですもの」


 喜怒哀楽がハッキリしている王女は、わかりやすいと言えばわかりやすい。まぁ、それでもめんどくさいけどな!


 俺はなるべくキリリとした顔を作った。


「私がロシュ公爵領に向かうのは、あくまで業務です。衛士隊へ公爵領へ〝剣術指南役〟の派遣が要請され、独身の私に白羽の矢が立ちました。公爵令嬢とは関係ありません」


 たぶんきっと。そう願いたい。俺の説明は効いたのか、エミリア王女の顔がパアッと明るくなる。


「剣術指南役……じゃあ、クロウはちゃんと戻ってくるのね!」


 うん、たぶん。首と胴がくっついてて、脚がちゃんと体から生えていれば。ちょっと不安になりながらも、俺は短くいつものように「は!」と応えた。


 エミリア王女は満足したのか、いっきに機嫌がよくなった。


「ならいいわ。公爵家の〝剣術指南役〟を務めたとなれば、騎士にだってなれるわよね。そうしたらあたくしようやく、クロウを護衛騎士にできるわ!」


(……へ?)


 いや、俺はモブに過ぎない衛士の仕事が、自分でもすんごい気にいってんだけど⁉


 王女はニコニコして、満面の笑みで俺に告げた。


「光栄に思いなさい。ロックガルドの第一王女である、あたくし専属の護衛騎士にしてあげる!」


 待てよ、おい!


 姫さんの護衛騎士が顔を引きつらせて、すっごい目つきで俺をにらんでるんだけど⁉


 そして俺は絶対に城に帰ってきちゃ、いけないような気がする!


 俺は報告書だけでなく、戻ってきた後に書く辞表の文面まで考えるハメになった。

エミリア王女は初登場

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